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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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(33)新たな火種

 ライルが旧王家の生き残りかもしれないとの噂が城内を駆け巡り、長年城で勤務している者達に纏わり付かれながら彼が自室から持参した鏡から、ソニアの姿がゆっくりと消え去る。その鏡が元通り室内を映し始めたのを確認したエリアスは、この間、自分達を囲んで様子を窺っていた者達に声をかけた。


「とんだ騒ぎになってしまったが、皆もこれで気が済んだだろう。速やかに各自の持ち場に戻りたまえ」

「畏まりました」

「失礼します」

 当初は緊張の面持ちだった彼らも、ダグラスとソニアのやり取りを目の当たりにして、幾分すっきりとした顔つきで城内に散っていった。その様子を眺めながら安堵の溜め息を吐いたライルに、エリアスが微笑しながら声をかける。


「ライル、仕事の途中に引っ張り出して悪かった」

「いえ、大丈夫です。お気遣いなく」

(本当は、全然大丈夫じゃないけど。さっきから気になっていたんだけど、絶対殿下も気付いているよな?)

 愛想笑いをしながら、ライルは一枚の肖像画について考えを巡らせた。すると予想通り、エリアスがそれを指差しながらダグラスに確認を入れる。


「それにしても……、この並びだと、これはジェイコブ陛下の父王一家の肖像画だろうな」

 その問いに、ダグラスが恭しく説明を加える。


「はい。その通りでございます。それでこちらの最年少のお子様が、ジェイコブ陛下になります」

「するとケイオン殿の紫色の瞳は、ジェイコブ陛下の母君、つまり祖母に当たる方から受け継いだらしいな」

「……さようでございますね」

 ケイオンの名前が出た途端、ダグラスは如何にも不愉快そうに眉根を寄せた。そしてライルは、溜め息を吐きたくなるのを堪える。


(やっぱり……。しかもお祖母様って、瞳の色だけじゃなくて顔立ちも何となく姉様と似ているし……。そうじゃなくて、順序からいくと姉様の方がお祖母様似なのか)

 姉と祖母の血の繋がりを如実に感じてしまったライルは、ここで立ち去ることもできず、ヒヤヒヤしながら事の成り行きを見守ることしかできなかった。すると、問題の肖像画から隣に視線を移したエリアスが、心底忌々しそうに口にする。 


「このジェイコブ陛下一家の肖像画では、妙にこの紫色の瞳が癇に障るのでな。祖母君が麗しい美女なだけに、残念極まりない」

 彼が少年姿のケイオンを睨み付けると、ダグラスも深く頷きながら応じる。


「私も全く同意見でございます。あんな奴と瞳の色が同じなどと思われて、アリアーナ王妃陛下も不愉快でございましょう」

「どうせ即位後も顔を隠して肖像画を描かせていなかったのだから、後の世でこいつの瞳が何色だったのか知りようが無いし、この際この絵の両目をえぐってしまっても良いのではないか?」

「それもそうでございますね」

 ろくでもないことで意気投合している主従を見て、本来部外者であるライルは内心で焦った。


(ちょっとあんた達!? 真顔でなんて乱暴なことを言ってるんだよ!? そりゃあ、生きている人間の目をえぐる云々の話をしているわけじゃないけど、えぐられた肖像画が他の人の目に触れたりしたら、人間性を疑われかねないぞ?)

 真っ当な感性を持っていたライルは、それはさすがにどうなのかと、思わず口を挟んでしまった。


「あ、あの……、差し出がましい事を口にするようですが、一言言わせて貰ってもよろしいでしょうか?」

「うん? ライル、どうかしたのか?」

「この絵画は歴代のリベルス王家を描いた物なので、殿下が破損させたとなったら、旧王家を蔑ろにしたと領民達から隔意を持たれるかもしれないです。できればそのような事態は、回避した方が良いと思います。ですから絵を傷つけるような真似はしないで、瞳を他の色で塗りつぶしたらどうでしょうか?」

 控え目にライルが提案した内容を聞いたエリアスは、一瞬考えて納得したように頷く。


「……なるほど、それもそうだな。いっその事、毒々しい赤にでもするか」

「それがよろしゅうございます。早速絵師を呼びましょう」

「それについては任せた。ライル、ご苦労だったな。補佐官室に戻って良いぞ。アレクシス、お前達も戻れ」

「分かりました」

「失礼します」

 そこでエリアスは、ライルに加え、まだ室内に残っていた補佐官達に戻るように促す。それを受けて、補佐官達は「大変だったな」などとライルに声をかけながら、ぞろぞろと職場に戻って行った。


(どうなんだろう……。殿下はあの絵を見て、姉様と結びつけて考えていないかな? 確か一回、近くの街中で、素顔で遭遇したとか言ってたんだけど……。僕ほど酷似しているわけじゃないから、大丈夫かな?)

 完全に不安が払拭したわけではないが、これ以上ここに留まる理由がないライルは、大人しく引き上げた。エリアスと二人きりになった室内で、ライルを見送ったダグラスが、感心したように告げる。


「あのライルと言う者、あの年でなかなか目端が利くようですね」

「ああ。若くとも補佐官室で、既に立派な戦力だからな」

「素晴らしいですな。全く……、あれとは比べものになりませんよ」

 渋面になりながら言及する相手が誰かなど、聞かなくとも分かっていたエリアスは、それには触れずに話題を変えた。


「ところで侍従長。ジェイコブ陛下の側妃や、その方がお生みになった王女や王子の肖像画は残っていないと以前聞いたが、それは間違いないのだな?」

「はい。こちらの部屋には元々ございませんし、もしかしたら側妃が描かせていたかもしれませんが、例の不審火の際に暮らしていた棟が丸ごと焼け落ちてしまいましたので。私物も一切残っておりません」

「ところで、側妃腹のサーフィア王女は、アリアーナ王妃陛下に良く似た顔立ちの方だったのか?」

 そう問われたダグラスは、本気で当惑した顔つきになる。


「は? サーフィア王女ですか? さあ……、どうだったでしょうな。分を弁えて陰に控えていて、滅多に目にすることがなかったもので。まあ、あの側妃の産んだ娘ですから、他の娘と比べて酷く見劣りのする娘ではなかったとは思いますが。別にどんな顔かなど気に留めておりませんでしたので、覚えておりませんな」

 言葉の端々に、側妃及び彼女が産んだ子ども達を軽んじる気配を明確に感じ取ったエリアスは、僅かに両目を細めたものの何事も無かったように告げた。


「ほう? そうか……。それでは、もう行って良いぞ」

「はい。御前、失礼いたします」

 今のやり取りで主君の機嫌を損ねてしまったなど夢にも思っていないダグラスは、恭しく一礼して引き下がった。そして一人残ったエリアスは、たった今ダグラスが閉めていったドアを凝視しながら、忌々しげに呟く。


「不愉快極まりないな奴だ。そろそろ引退させるか……」

 そして再度壁面に向き直ったエリアスは、黒髪に紫色の瞳のアリアーナ王妃が描かれた肖像画を眺める。


「それにしても、ずっと放置しないで、もう少し早くこちらの室内を精査するべきだったな」

 無念そうに呟いてから溜め息を吐いたエリアスは、そのまま少しの間肖像画を凝視してから、踵を返して執務室に戻って行った。



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