(32)丸め込み成功?
「先程からお伺いしていると、侍従長殿は旧リベルス王家の血統を重んじておられる様子。旧王家への忠誠心を未だにお持ちなのは、賞賛するべきでしょう。ですが、今現在あなた様や城内の使用人達がお仕えしているのは、そちらにおいでの大公殿下です。違いますか?」
「それは確かに、そうでございますが……」
鏡越しに面と向かって尋ねられたダグラスは、僅かにひるむ様子を見せた。そんな彼に、ソニアは穏やかな口調のまま畳みかける。
「百歩譲って、アルテリアの一部としてリベルス大公領になった後、領内の民が悪政によって虐げられたり、一方的な従属を強いられたというなら話は別ですが、森に引き籠もっている私にも、先代当代の大公殿下は公平盛大な施政を行っていると思われます。あなたはその辺りを、どう思っていらっしゃいますか?」
「はあ……、確かにお二方は、善政を行っておられます」
神妙に頷いて同意を示す彼に、ソニアは淡々と続ける。
「それであれば、いるかどうかも分からない、いてもかなり血が薄まって正当性など怪しすぎる王族の末裔など、探し出して崇拝しようなどと考えるのは意味が無いでしょう。第一、今現在この地を治めている大公殿下に失礼ですよ?」
「あ、いや、それは確かにそうかもしれませんが……」
僅かに語気を強めてソニアが指摘すると、ダグラスは言葉に詰まった。するとここで、エリアスが控え目に会話に割り込んでくる。
「ソニア殿。確かに我が国はこの地を占領したが、全住民の心の中まで支配できるとは思っていない。それだけジェイコブ陛下や歴代の国王が、民に崇拝されてきたという証なのだから、私としては旧王家を崇拝していても一向に構わないのだが」
「ライル」
「はい」
ここまで聞いたソニアは、短くライルに指示した。するとライルはすぐに理解し、鏡面をエリアスに向ける。エリアスと視線を合わせるやいなや、ソニアは僅かに眉根を寄せながら遠慮無く意見を述べた。
「私のような部外者が口を挟むのはどうかと思いますが、大公殿下は少々甘いのではありませんか?」
「そうかな? 先代大公である叔父上も、同じ事を口にしていたのだがな」
「そうでございますか……」
苦笑しながら言葉を返してきたエリアスを見て、ソニアはしみじみと考えを巡らせる。
(確かに他の国に攻め込まれるより、アルテリア国に占領して貰った方が良かったみたいね。あの馬鹿兄貴に国政を任せていたら、遅かれ早かれ傾いていたと思うし)
そんなことを考えていると、ダグラスが重々しく話し出した。
「魔女殿、大公殿下。誠に申し訳ございません。私の考えが間違っておりました」
「ダグラス殿?」
それに即座にライルは対応し、ソニアに二人が見えるように鏡面の向きを変えた。
「魔女殿が仰るように、確かにリベルス王国がなくなった時点で、この城で働く以上、使えるのは大公殿下ただお一人の筈。それをいつまでも旧王家の血統に拘り、騒ぎ立てるような愚挙に及んだことを、大公殿下に心よりお詫びいたします」
「別に、謝罪して貰う必要はないのだが」
「勿論、旧王家に対する敬愛の念が消えることはございませんが、改めて大公領の民として、大公殿下に忠誠を誓います」
「ああ、これからもよろしく頼む」
深々と頭を下げるダグラスに、エリアスは鷹揚に頷いてみせる。次いでダグラスは、鏡を持ったままのライルに向かって頭を下げた。
「ライル様。こちらの勝手な思い込みで、お騒がせして申し訳ありませんでした」
そんな彼に対し、ライルは明るく笑って応じる。
「とんでもありません。確かにこれだけ似ていたら、誰だって驚きますよ。確かに祖先にちょっと王家の血が混ざっているかもしれませんが、先程おばば様が言った通り、それは侍従長と同じ位の低い確率だと思います。だから、僕に様付けとかしないでください。今後ともよろしくお願いします」
「分かった。それではライル、こちらこそよろしく」
そんな風に場が和んだのを確認できたソニアは、鏡越しに胸を撫で下ろした。
(取りあえずライルの詳細な身元が不明で、もしかしたら少しは王家の血が入っているかもしれないという感じで、納得して貰ったのよね? あの侍従長以下、城の旧王家崇拝者達もこれで落ち着いてくれれば良いけど)
周囲の状況を確認したソニアは、ここで神妙にお伺いを立てた。
「大公殿下。ライルの出生に関してお伝えできることが無くて、誠に申し訳ございませんでした。これ以上、お話することもございませんので、そろそろ失礼させていただいてもよろしいでしょうか?」
それを聞いたエリアス達は、揃って鏡に視線を向ける。
「こちらこそ、急に時間を取って貰って申し訳なかった」
「魔女殿。お騒がせしました。心得違いを正していただきまして、ありがとうございました」
「大した事ではございません。それよりも、ライルはまだまだ若輩者ですので、くれぐれもよろしくお願いいたします」
「ああ、任せてくれ」
「それでは失礼いたします」
軽く頭を下げてから、ソニアは鏡に注ぎ込んでいた魔力を遮断した。その瞬間、鏡面には室内とソニアの顔が映し出される。それを確認した彼女は緊張から解放され、脱力して床に崩れ落ちた。
「リンダは本当に何をやってるの! 休暇で戻って来たらこき使ってあげるから!! 覚悟しなさい!!」
ソニアだけの室内に、へたり込んだままの彼女の怒りの叫びが響き渡った。




