(31)他人の空似
「大公殿下。この度はリンダが騒ぎ立ててしまったようで、申し訳ございません。それにしても、随分と人が揃っておりますね。それとここは、やはり城の中なのでしょうか?」
動きを止めた鏡がエリアスを真正面に捉えると同時に、ソニアは軽く会釈しながら鏡越しに声をかけた。すると彼が、申し訳なさそうに言葉を返してくる。
「こちらこそお騒がせして申し訳ない。事情は先程二人が粗方説明したと思うが、まずはソニア殿に問題の肖像画を見ていただこうと思う」
「そうですね。私も興味があります。ライル、お願い」
「はい。動かしますね」
(記憶にある顔が、ちらほら見えるわね)
室内をぐるりと見回すように鏡が動かされると、人垣に見覚えのある者を複数認めたソニアは、無意識に渋面になった。すると再び動きが止まり、正面に大きな肖像画が現れる。
「おばば様、こちらがジェイコブ陛下の祖父王ご一家の肖像画です。それで僕に良く似た少年が、ジェイコブ陛下の叔父にあたるジョアン殿下だそうです」
「そう……」
ライルの説明を聞きながら問題の肖像画を眺めたソニアは、思わず溜め息を吐いた。
(肖像画を飾る部屋に入ったことがなくて知らなかったけど、確かに髪と目の色が違うだけで、ライルは大叔父様に顔立ちが酷似しているのね……)
そう考えたソニアは、次いで父親に対する怒りが湧き上がってきた。
(というか、少なくても父さんはこれを見て知っている筈よね!? ライルが『自分の叔父と似ている』とか一言でも言ってくれていたら、絶対にライルを城に働きに出したりはしなかったのに!!)
しかしすぐに父親の性格を思い起こし、激しい脱力感に襲われる。
(でも、あの父さんだもの……。元々絵画とかに興味なんか無かったと思うし、絶対過去に見たのを綺麗さっぱり忘れているのに違いないわ……)
そこで何とか気を取り直したソニアは、努めて冷静に感想を述べた。
「確かに、他人の空似にしては良く似ておりますね。驚きました」
「『他人の空似』ですと!? 魔女殿!! ライル様には、明らかに王家の血が流れているのが確実ではありませんか!?」
「……どちら様ですか?」
いきなり肖像画と鏡の間に割り込み、怒声を放ってきた相手をソニアは熟知していたが、素知らぬふりで尋ねる。すると彼の肩を掴んで後ろに下がらせながら、エリアスが謝罪してきた。
「侍従長、いきなり失礼だろう。少し離れて落ち着け。ソニア殿、申し訳ない。こちらは侍従長のダグラスだ」
「そうですか。ダグラス様、初めてお目にかかります」
「……失礼いたしました」
憮然とした表情ながらも、ダグラスは取りあえず引き下がった。そんな二人に対して、ソニアは落ち着き払って話を続ける。
「それでは殿下とダグラス様にお伝えしますが、十二年前に籠に入ったライルを道端で拾った時、その籠の中に身元を明らかにする物は入っておりませんでした。着せてあった服も同様です。誕生日も推測で決めましたし、ライルという名前も私がつけましたから」
「そうか……、それでは王家の血を引いているとは断言できんな」
「ですが、引いていないとも断言できないのではありませんか?」
「え?」
エリアスの台詞に、ソニアは曖昧な言葉で返した。するとそれで力を得たように、ダグラスが嬉々として会話に割り込んでくる。
「そうでございますよね!? 魔女殿も、ライル殿が王家の血を引くと思われるのですね!?」
「ええ。それは私やあなたにも、同等に可能性はございますね」
穏やかに微笑みながらのソニアの台詞に、ダグラスが今度は当惑した表情になる。
「はい? いえ、私などは王家の血を引いてはおりませんが……」
「そうですか? ですが、考えてみていただけますか? 大公殿下が少し前に、かなり珍しいと思われる紫色の瞳を持つ若い女性を国内で募ったところ、複数人名乗り出たではありませんか。加えて名乗り出なかった女性も、存在すると思われませんか? 現に私も、同じ色をしておりますし」
「それは確かにそうですが、その話とライル様の出自に何の関係があるのでしょう?」
「それではダグラス殿にお伺いしますが、何代にも渡ってこの国を治めてきたリベルス国王、またはその親族全員が、品行方正な方々ばかりだったと思われますか? 少々下品な物言いになりますが、女性とみれば見境無く口説いたり、自分に気があるはずだと勘違い著しかったり、力ずくで手籠めにするような品性下劣な者が、ただの一人も存在しなかったと断言できますか?」
「………………」
(絶対、あのろくでなし兄貴のことを思い出しているわね。生きた実例を目の当たりにしていただけに、反論できなくなっているなんて。本当に皮肉なものだわ)
ソニアが問いを発すると、室内が不気味なほどに静まりかえった。その反応を見てソニアは笑い出したくなったが、何とか堪えながら真面目くさって話を続ける。
「そのような結果、非嫡出子や隠し子、認知すらせずに放置した子どもの一人や二人や三人や四人、それ以上の人数が市井に存在したと推測されます。そのような事が長年続けば王家の血を継ぐ子孫が増え続け、市井に百人や二百人や三百人や四百人は軽く存在するようになっていても不思議はありません。ダグラス様はそう思われませんか?」
そこで意見を求められたダグラスは、少しの間黙考してから、真剣な面持ちで口を開く。
「それでは……、魔女殿は、王家の血を引いている者は血の濃さを別にすると、国内に数多く存在していると仰るのですか?」
「はい。それを考えると、遠い祖先を同じくする子孫の中で偶々同じような顔立ちの者が生まれる可能性は、かなり低いでしょうが皆無だとは言い切れないでしょう」
「それは確かに、そうかもしれませんが……」
「それを別にして、私は侍従長殿にもの申したい事がございます」
「私にですか? 何でしょう?」
唐突に話題を変えられたダグラスは、面食らったように問い返してくる。そんな彼に対して、ソニアは淡々と苦言を呈し始めた。




