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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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(30)姉弟のやりとり

 朝からの畑作業に一区切り付けたソニアは、休憩のために家に戻った。そしてお茶を淹れてのんびりと飲んでいるところで、壁に掛けてある鏡が淡い光を醸し出し始める。


「あら?」

 その光の微妙な色合いで、ライルが応答を待っている状態なのを判別したソニアは、不思議に思いながら自分の魔力を注入して調整を始める。


「こんな日中に連絡を寄越すなんて……。普通なら仕事中じゃないの? 

ライルのことだから、余程の緊急事態だと思うけど。どうしたのかしら?」

 独り言を呟きながら、ソニアは不安の色を隠せなかった。そのまま十数秒経過すると、鏡面にぼんやりと画像が浮き上がってくる。


「よし、そろそろ繋」

「《《おばば様》》! すみません! 聞こえますか?」

「え? な、何?」

 鮮明な画像が現れる前に大声で呼びかけられたソニアは、何事かと動揺した。それと同時に「姉様」ではなく「おばば様」と呼びかけられたことで、尋常ではない事態だと察する。


「《《おばば様》》! 姉さんから僕が捨て子だと聞きました! それで皆さんが、是非事情を聞きたいと仰ってますので、この際ですから詳細を聞かせて貰えませんか!?」

(おばば様と呼びかけている上に、皆さんって事は、周囲に他人がいる状態なのよね!? 一体、どんな緊急事態なのよ!?)

 第一声で、ライルはさり気なく周囲の状況を伝えてきた。それを理解した瞬間、ソニアは慌てて本来の姿から魔女の姿に変わり、念のため鏡越しでも老婆に見えているか確認を入れる。


「ライル。そう叫ばなくても聞こえますよ? 鏡同士を繋いだ筈ですが、《《私の姿》》は見えていないのですか?」

「あ、今、しっかり《《おばば様》》の姿が見えました。騒ぎ立ててしまってすみません」

「それは構いませんが、リンダから捨て子だと聞いたのですか? 一体どうして、そんな事態になったのです? それに皆さんとか言っていましたが、そこは自分の部屋ではないのですか?」

 鏡を両手で持って覗き込む体勢になっているらしく、鏡の中央にライルの顔がはっきり見えた。それと同時に、魔女の姿であるのを保証してもらったソニアは、安堵しながら話を続ける。するとここでリンダが横から割り込み、狼狽しきった声を上げた。


「すっ、すみません、おばば様! 城にある、過去の王家の肖像画に描かれた人とライルがそっくりで、王家の血を引いているんじゃないかという話になって!」

「それで『王家の血を引いているなら、返上されたラルグ子爵家の肩書きと領地を僕達に与えては』いう話になったんです。それを聞いた姉さんが、王家の血なんか微塵も入っていない自分達には恐れ多すぎると、パニックを起こして思わず口走りました」

「それで! 両親と私が王家とは無関係というのは、皆さんに納得して貰ったんだけど!」

「僕については出自が不明なままだから、僕を拾って父さんと母さんに預けたおばば様に、当時の状況を聞きたいということになったんです。おばば様、申し訳ありませんが、分かる範囲の事で良いので話して貰えませんか?」

「……大体の事情は分かりました」

 リンダは必死の面持ちで弁解し、ライルはそんな姉に若干冷めた視線を向けながら状況を説明する。そんな二人に対し、ソニアは無表情で言葉を返した。


(リンダ!! あんた、何て事をしてくれたのよっ!? 今度こっちに帰ってきたら、説教の上こき使ってあげるから覚悟しなさい!!)

 考え無しの妹を心の中で罵倒したものの、この場をどうにか誤魔化さないとまずいと判断したソニアは、まず妹に穏やかな笑みを向けた。


「リンダ。いきなり王家の血筋かもしれないと言われて、動揺してしまったのは分かります。あなたは少々考えが足りない所がありますが、基本的に正直者ですからね。万が一にも、王家と縁続きと誤解されるのは申し訳ないと思ったのでしょう。元々、然るべき時期にライルに本当の事を伝えるつもりではいました。それに、予定よりは早いですが、そろそろ教えようと思っていたのですよ」

「え?」

「一般的な成人時期よりは早いですが、大公殿下の下で正式に働き始めましたからね。きちんと働いて賃金を得ているなら、一人前と言えるでしょう。ですからライルと自分達に血の繋がりがないことを教えたことに関しては、責めるつもりはありません」

「あ、は、はぁ……」

「ですが……、いきなり心の準備も無しに聞かされた、ライルの心情を考えると、些か稚拙な行動ではあったと思うのですよ。あなたはそこの所を、どう思われますか?」

 口調と表情は穏やかに問いかけながらも、その時のソニアの眼光は鋭く、不気味な光を放つ。


(リンダ!! あんた、これ以上余計な事を言ったりやったりしたら、分かっているわよね!?)

 眼差しで、姉が激怒していると分かってしまったリンダは、より一層狼狽しながら鏡に向かって勢いよく頭を下げた。


「ははははいぃっ!! 私が考えなしでした!! すみませんっ!!」

「謝る相手が違うでしょう?」

「あ、はいっ!!」

 やんわりと促されたリンダは、慌てて鏡を持ったままのライルに向き直る。


「ライル! 驚いたわよね!? でも、本当に血が繋がっていなくても、ライルは私の弟だから!! 父さんと母さんだって、ライルを自慢の息子と思ってるからね!! 寧ろ私より頼りにしてるから!!」

「……うん、分かってるよ」

「本当に、黙っていてごめんねぇぇ――っ!!」

「もう良いから。落ち着いてくれないかな……」

 緊張が振り切れたあまり、リンダが号泣し始める。そんな姉に腕を掴まれたライルは、うんざりしながら相手を宥めつつソニアに視線を向けた。

そこでソニアは弟を安心させるように軽く頷いてから、落ち着き払って口を開く。


「それではライル。周りに他の人がいらっしゃるのよね? ご挨拶してから、問題の肖像画を見せて欲しいのだけど。今いる場所にあるの?」

「分かりました、おばば様。ご挨拶の後、肖像画をお見せします」

 ここまでのやり取りで時間を稼ぎながら腹を括ったソニアは、ライルの手によって鏡の向きが変わり、自分側の鏡面に映し出される光景がゆっくりと変化していくのを黙って見守った。





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