(29)荒唐無稽な設定
訓練場に迎えに来たアレクシスが、口説き文句も笑顔もなかったことでリンダは不審に思った。しかしおとなしく彼の後に付いて城の奥へ奥へと進んだ挙げ句、目の前に現れた代物を引き攣り気味の顔で見上げる。
「……ええと? それで訓練中だった私まで、こんな城の奥深くに急ぎで呼びつけられたわけですか?」
一枚の肖像画の前で呆然としながら簡潔な説明を聞いた彼女が呟くと、ダグラスが力強く頷く。
「その通りです。こちらは最後の国王陛下であるジェイコブ陛下の祖父に当たられるグエン陛下ご一家の肖像画なのですが、ご覧の通り、ご子息であるジョアン殿下の容貌とライル様が瓜二つでいらっしゃいます。リンダ様は、そうは思われませんか?」
語気強く迫ってくる老人に気圧されながら、リンダは思うところを正直に述べた。
「あの……、別に、私に様付けなんてして貰わなくても……。まあ、確かに髪の色を栗色から金色に、目の色を緑色から青色にすれば、本当にライルに良く似ていますよね……。ちょうど年の頃も同じですし」
「そうでございますよね!?」
(ちょっとライル! 睨まないでよ!? ここまで似ているのを無闇に否定したら、却って怪しまれるじゃないの!!)
リンダは、同意したことで嬉々として頷いたダグラスから微妙に視線を逸らした。すると冷め切った目をした弟が目に入り、リンダは心の中で力一杯弁解する。彼女のそんな心情など全く読めないダグラスは、満面の笑みで問いかける。
「この絵は五、六十年前に描かれた物であり、ジョアン殿下も成人前に早世されておられますので、直接の血縁関係はないでしょう。ですが、ここまで酷似した顔つきであれば、あなたやあなたの親にも王家の血が流れていると考えて差し支えない筈。是非、詳細な身元をお伺いしたいのですが」
「いえ、詳細な身元と言われてもですね!! 本当にうちは、両親ともに生まれながらの根っからの庶民なんですが!?」
狼狽しながら否定したリンダだったが、ここで冷静なライルの声が割り込んだ。
「ダグラスさん。今更、元々の王家に関係する人間が出て来たって、何の意味もありませんよね?」
「意味はあります!!」
「……因みに、どのような?」
急に険しい顔つきで叫んだダグラスに、言われたライルは勿論、その場に居合わせたエリアスや補佐官達、その他、主だった使用人達は目を見張った。そこで控え目にライルが尋ね返すと、ダグラスはしみじみとした口調で語り出す。
「ライル様はご存じないかとは思いますが、ジェイコブ陛下の即位前、陛下の兄王子達や近しい王族が流行病や不慮の事故などで次々にお亡くなりになった結果、即位されたのです」
「はぁ……、それがどうかしましたか?」
「つまり、ジェイコブ陛下がお亡くなりになった十二年前から、我々が長年お仕えしてきた王族は、誰一人として存在しなくなったわけです」
「あの……、ジェイコブ陛下の後に即位したケイオン陛下は、ラルグ子爵として」
「正にそれです!!」
「何でしょうか!?」
思わず口を挟んだライルだったが、ここで先程異常の迫力でダグラスが叫んだ。反射的にライルが問い返すと、ダグラスはそのままの勢いで絶叫する。
「あんなクズ野郎を王族として、ましてや最後の国王などと認めるのは、噴飯物でございます!! 代々の陛下方も、墓の下で嘆かれているのに違いございません!!」
「すみません!! 大変、失礼いたしました!!」
普段温厚な侍従長の剣幕にライルは思わず頭を下げて謝罪し、周囲の者達は呆気に取られて事の成り行きを見守る。微妙な空気の中、何とか気持ちを切り替えたダグラスは、落ち着いた口調で話を続けた。
「いえ、こちらこそ取り乱して申し訳ありません。それで、あのろくでなし以外にもリベルス王家の血を引く方がおられるかもしれないと思ったら、望外の喜びでして……」
「ああ、なるほど……。そういうことですか……」
予想外の話の流れに、ライルは思わず遠い目をしてしまった。するとダグラスは、そんな彼からエリアスに視線を移し、真摯に申し出る。
「幸いというか都合よくというか、あのゲス男は殊勝にも、最近『縁談破棄と預かり金の使い込みの責任を取る』とかの書き置きを残して失踪しましたからな。ラルグ子爵の肩書きと領地は、大公殿下に返上となるはず。もし真に王家に連なる方と判明したら、ライル様やリンダ様のご家族にラルグ子爵の肩書きと領地を与えていただけませんか?」
(ちょっと待て! どうしてそうなるんだよ!? 王家への忠誠心が強いのは分かったけど、もの凄く方向性を間違ってないか!?)
(これって、あのアホのケイオンが、忠臣達から愛想を尽かされていたのを通り越して、憎悪されていたからよね!? もう本当にろくでもないわ!!)
予想外すぎるダグラスの主張に、ライルとリンダは内心で悲鳴を上げた。しかしそれを聞いたエリアスは、真顔で考え込む。
「なるほど……。それも一理あるな。城内には、今でも旧王家を慕う者達が多い。それはケイオン陛下ではなく、ジェイコブ陛下に対する忠誠心であるのも認識していた。そう考えると、侍従長の気持ちも良く分かる」
そこでエリアスは、二人に向き直って真剣な面持ちで申し出た。
「そういうわけなので、この際ご両親に詳しい話をお伺いしたいのだが。ご両親は仕事で頻繁に国外に出て、今も国内におられないそうだが、いつかはお戻りになるだろう。戻ったら城にお呼びしたい」
「ええと……」
「いえ、それは……」
「家の場所を教えて貰えれば、そこの領主に頼んで定期的に帰宅したか確認して貰う。その後、先方に了解を取って訪問しても良いしな」
「ですが……」
「そこまでしなくても……」
「それに二人が知らなくとも、ご両親が王家に連なる証拠となる物をお持ちかも知れない。やはり一度、誰か行かせるべきか」
「ああああのですねっ!! うちに王家に連なる証拠なんか、絶対にありませんから!」
いきなり狼狽した叫びを上げたリンダに、エリアスが訝しげな視線を向ける。
「リンダ殿。どうしてそう断言できるのだ?」
「だってライルは、捨て子ですから!!」
「え?」
「は!? ちょっと姉さん、いきなり何を言い出すんだよ!?」
言われたエリアスは当惑した表情になり、ライルはいきなり荒唐無稽な事を言い出した姉を焦って制止しようとした。しかしリンダの叫びは止まらなかった。
「ごめん、今の今まで黙ってて!! あんたは生後間もない頃、森の近くでおばば様が拾ったの!! 最初は森で育てていたけど、普通の暮らしをさせた方が良いだろうって、母さんがおばば様を訪ねた時、育てるように依頼されたのよ!! 勿論、成人前にはきちんと本当の事を教えるつもりだったわ!! でも血が繋がらなくても、あんたはれっきとした私達の家族だから!! 詳しいことはおばば様に聞いて!! 緊急連絡用に通信鏡を貰ったわよね!? 殿下、そういうわけですから、家にはそんな王家に連なる証拠とかは一切無いんです!!」
ライルに向かって一気に言い切ったリンダは、ゼイゼイと息を切らしながら漸く喋るのを止めた。そんな彼女を眺めたエリアスは、ライルに向き直りながら告げる。
「なるほど……、事情は分かった。それではライル。ソニア殿に詳細を聞いて貰えるかな?」
「……はぁ」
完全に進退窮まったライルは、僅かに顔を強張らせながら応じた。
(こんの馬鹿姉ぇえぇぇぇ――っ!! 緊張のあまり平常心ぶっ飛ばして、とんでもない設定をぶち込んでくるなよっ!! その上、誤魔化そうとして、通信鏡の事までばらしてどうするんだ!? しかも衆人環視の中で姉様に連絡と取らないといけないとか、姉様に激怒されるのが確実な上、色々露見しないようにどう上手く立ち回れば良いんだよ!?)
あまりの状況に思わず泣き言を漏らしそうになったライルだったが、なんとかいつもの表情を装いつつ、必死に考えを巡らせ始めた。




