(28)予想外の発覚
リンダとライルが城で働き始めて一月近くが経過し、多少の戸惑いや軋轢はあったものの、その頃には殆ど問題なくそれぞれの職場に馴染んでいた。
その日もエリアスの執務室に隣接した、行政補佐官が集まっている補佐官室で、ライルは黙々と仕事に勤しんでいた。彼は仕事に一区切り付けたところで複数の書類を手に立ち上がり、周囲の机を回りながら声をかける。
「アレクシスさん。昨日頼まれたこちらの経費計算と、書類の精査が終わりました」
「分かった。ありがとう」
「ジェイクさん。備蓄品の補充スケジュールと見積もりを、おおまかに作ってみました」
「ありがとう。助かるよ」
「ローバンさん。アルテリア国へ送付する文書の清書が完成しましたので、確認をお願いします」
「本当に整っていて見やすいんだよな。直す所なんかないんじゃないか?」
そこで他の補佐官達も、仕事の手を止めて嬉しそうに述べる。
「本当に、ライルが来てくれて助かったよ」
「もの凄く仕事が捗って、最近は残業も減っているからな」
「若いのに、大したものだ」
「幅広い業務をこなせるし」
「皆さん、そんなに大袈裟に言っていただかなくても……」
ライルは恐縮しながら言葉を返したが、周囲は笑顔で口々に言い合う。
「いやいや、大袈裟になんか言ってないって!」
「これからも大いに頑張って欲しいからな」
「本当に頼むよ」
「はい、頑張ります」
室内にそんな和やかな空気が流れていると、ノックの音がしてから一人の初老の男性が書類を手に入室してきた。
「失礼します。以前お話がありました、城内の使用人達の処遇改善点について纏めた物を持参いたしました」
真っ直ぐアレクシスに歩み寄った彼は、持参した書類を差し出す。それを受け取ったアレクシスは、笑顔で尋ね返した。
「ダグラス侍従長、ご苦労様です。それではお預かりします。ところで、最近は人員配置で特に問題はありませんか?」
「そうですね。今のところは特に……」
「侍従長? どうかされましたか?」
何気なく室内を見回したダグラスは、ある一点で動きを止めた。そして驚愕の表情になった彼は、そのまま言葉を途切れさせる。それを不審に思ったアレクシスが怪訝な顔で問いかけたが、彼はそのままフラフラとライルの机に歩み寄った。
周囲の者は勿論、ライルもその動きを不思議そうに眺めた。するとライルの席の手前で足を止めたダグラスが、彼を見下ろしながら呆然と呟く。
「……殿下」
「はい?」
「ジョアン殿下!? そんな馬鹿な!?」
「あ、あのっ!? どうかされましたか!?」
いきなり両肩を鷲づかみされたと思ったら、血相を変えて叫びつつ揺さぶってきた相手に、ライルは動揺しながら声を上げた。さすがに放置できない状況に、周囲の席の補佐官達が慌てて侍従長を宥めながら引き剥がしにかかる。
「侍従長、どうかされましたか?」
「落ち着いてください。ライルが何かしましたか?」
「ライル様と仰るのですね!? あなた様は王家の血筋でいらしゃいますか!?」
「は、はいぃいぃ!?」
自分の顔を凝視しながら、血相を変えて追及してくるダグラスを見て、ライルは内心で激しく狼狽した。
(ちょっと待って! 何が何だか、さっぱり分からないんだけど!? 僕の姿とか、城の中に残っていない筈だよね!? 生まれたばかりで元々肖像画なんて無かったし、出奔する時に母さんが放火炎上させたおかげで、一家揃って私物は完璧に灰になった筈だし!!)
ここで騒ぎを聞きつけたエリアスが、隣室に繋がるドアから姿を見せた。
「皆、どうかしたのか? 何を騒いでいる。何か非常事態か?」
不思議そうにエリアスが尋ねると、ダグラスは勢いをそのままにライルを指差しながら問い返した。
「大公殿下! こちらの若様は、どちらの家のお方ですか!?」
「はぁ? 若様? どちらもなにも……、普通の平民だが」
「そんなはずはございません! これほどジョアン殿下に瓜二つでおられますのに!」
「侍従長、話が見えないのだが。ジョアン殿下というのは誰のことだ?」
エリアスが困惑の度合いを深めながら問いを重ねた。そこでダグラスも幾分平常心を取り戻したらしく、軽く息を整えてから語り出す。
「城奥の、君主のプライベートエリア。そこに歴代王家の肖像画が保管されている部屋があるのは、大公殿下もご存じかと思いますが」
「勿論だ。私は殆ど足を踏み入れてはいないが、きちんと清掃や管理はしてくれているだろう?」
「はい。その中に最後の国王ジェイコブ陛下の二代前、グエン陛下ご一家の肖像画が残っているのですが、グエン陛下の三男であるジョアン殿下にこの方が酷似されているのです。そのジョアン殿下は病弱で、成人する前にお亡くなりになっておられますが」
「……それは知らなかったな」
ダグラスの説明を聞いたエリアスは、驚きを隠せなかった。そのまま真剣な面持ちで、少しだけ考え込む。
「そうなると……、グエン陛下の次にジョアン殿下の兄弟が即位して、その息子がジェイコブ陛下となるだろうから、そのジョアン殿下はジェイコブ陛下の叔父に当たるわけか」
「その通りでございます」
「一つ尋ねるが、リベルス国最後の国王は、ジェイコブ陛下の息子のケイオス陛下では」
「あんな者は国王などではございません!!」
「……そうか。すまなかった」
短期間の即位ではあったが、変わらずリベルス王国の忠臣であるらしいダグラスから語気強く全否定されたケイオスを、エリアスを筆頭としたその場全員、誰も擁護しようとは思わなかった。ここまでのやり取りを聞いていたライルは、頭の中で必死に情報を纏める。
(ええと、そうなると……、僕の大叔父に当たる王子が描かれた肖像画が残っていて、それに僕が酷似していると……。そうか……、僕の顔は大叔父様似なんだ……。こんな状況下で知りたくなかったな……)
現状は認識したものの、これからどうしたものかとライルは判断に迷った。そんな彼をチラリと見やったエリアスが、落ち着き払った様子で口を開く。
「取りあえず、その肖像画を確認してみたいが」
その彼の一言で、容赦なく事態が動いた。
「そうでございますね。それではライル様もご一緒に」
「は? あの……、僕は関係ないと思いますけど?」
「いいえ! 絶対にご関係があるはずですから! さあ、行きますよ!」
「いえ、ですから、ちょっと待ってください!?」
ダグラスにいきなり腕を掴まれたライルは、問答無用で半ば引きずられるようにして歩き出した。その横で、エリアスがアレクシスに言いつける。
「そうだな。リンダ殿も呼んでくれ。色々と確認しなくてはいけないかもしれないから」
「そうですね。分かりました。彼女を呼んで、そのまま奥に向かいます」
「そうしてくれ」
(ちょっと待って! ただでさえ一杯一杯なのに、姉さんが余計な事を言ったりしたらフォローなんてできないから! 本当に勘弁してよ!?)
心の中で悲鳴を上げたライルだったが、抵抗空しくあっさりと拉致されたまま城奥へと進んだ。




