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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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(27)経過報告

 妹と弟が城での勤務を始めて以降、ソニアはやきもきしながら日々を過ごしていた。すると十日後、休暇を貰った二人は、リンダが借りた馬にライルも同乗して森に戻って来る。


「それで? 城ではどんな感じなの?」

 テーブルを囲んで三人でお茶を飲み始めると、ソニアは早速心配そうに尋ねた。二人は、それに揃って事もなげに答える。


「どんなと言われても、特に問題なく過ごしているわよ?」

「姉さんは少々いざこざがあったけど、まあ何とかやっているようだよ。僕の方は特に問題ないし」

「具体的に、聞かせて貰えるのでしょうね?」

 何となくトラブルの気配を察したソニアは、僅かに両目を細めながら続きを促した。するとリンダが、姉から微妙に視線を逸らしながら答える。


「うん、まあ、一応騎士団に入るための試験を受けたけど、問題なく勝ったわよ?」

「砂で目潰しして、足払いをかけて、鞘を投げつけて怯んだところを剣で殴り倒したけどね」

 すかさずライルが付け加えた内容を聞いたソニアは、片手で額を押さえながら項垂れた。


「リンダ……。私の記憶では、剣というのは斬るための物だったと思うのだけど……」

 それにリンダは、半ばふてくされながら弁解する。


「だって、寸止めなんてできないもの。そんな事、これまでする必要はなかったし、教わってもいないし。それなのに殺さずに勝たないといけないから、工夫しただけじゃない。固いこと言わないでよ」

「それで、良く採用されたわね」

「勿論、ギャイギャイ言うアホはいたわよ? でも殿下が『賊がいつも礼儀正しく、型にはまった襲い方しかしないのか? お前達は賊に、正々堂々と立ち会えと主張するわけか?』と、皮肉たっぷりに言ったら黙ったわ。目の敵にはされているけど、ただそれだけよ」

 そこでライルが、冷静に付け加える。


「僕も見学させて貰ったんだけど、その人達、再編成リストに載ったと思う。近々城を出されて、大公領内の警備隊配属とかになるんじゃないかな?」

「状況は分かったわ。とにかく、あまり暴れたり目立たないようにしなさいね?」

「はぁ~い」

「……本当に分かっているの?」

 もう溜め息しか出ないソニアだったが、今度はライルが自分の状況説明を始めた。


「僕の方は、契約通りアレクシスさんの秘書官扱いで、仕事を手伝いながら諸々を教えて貰っているところ。でも一ヶ月の試用期間を前倒しして、正式に補佐官として任命したいと言われているんだよね」

「そうなの? それは良かったけど、忙しそうで心配なのだけど。まさか殿下って、人使いが荒い方なの?」

 話を聞いたソニアは、別の意味で心配になってきた。彼女の表情を見たライルは、ちょっと困った顔つきになって話を続ける。


「う~ん、そうじゃなくて、僕が見るところ、忙しいのには大きく二つの理由があるんだ」

「どんな理由?」

「まず一つ目は、城内の行政官にアルテリア出身の人が多いんだよ。侵攻から十二年経過して、この間、治世に大きな問題はなかった。前大公、現大公への反発も殆ど無くなったけど、『やっぱり余所者の下で働きたくない、周囲から裏切り者と思われたくない』と、特に年配者にそういう傾向が多いみたいだね」

 それを聞いたソニアは、難しい顔になりながら告げる。


「つまり、国内で行政官を募集しても積極的に応じる人間が少ない、国内貴族に紹介を求めても芳しい成果を得られない、そういう事かしら?」

「うん。だから、国内出身の人はあまりそういう事に拘らない、若い人が多いんだ。僕の他にも、十代で勤務している人がいるよ」

「そうなの。それはなかなか難しいところね」

 ソニアは納得しながら頷いてみせた。ライルは更に、自分の思うところを述べる。


「それに加えて、殿下の求める行政官のレベルが高いんだよ。ついていけない人間は、容赦なく斬り捨てる感じだね。だから文字通りの少数精鋭。それで、体調不良とか家庭の事情とか、どうしようもない事情で一人欠員が出ると、その穴埋めに年中繁忙期のような状態に陥るというわけ」

 そこまで話を聞いたソニアは、半ば呆れ、半ば感心しながら感想を口にする。


「無駄な人員を抱えないのは理想的ではあるけど、それはそれで余裕がなさ過ぎるわよね」

「同感。それで、教えて貰いながら色々な申請書類の精査や、税収の計算や、外交文書の翻訳とかこなしていたら、『この年で、こんなにそつなく仕事をこなしてくれるなんて! 殿下! もう正式に補佐官に任命して、もっと重要書類を彼に任せてください!』と、周りの人達がこぞって泣き叫んでた」

 真顔で語る弟を見て、ソニアはそれが真実だと悟った。次の瞬間、思ったことをそのまま告げる。


「……どんな働き方をさせられるか分からないから、やっぱり正式採用になる前に辞めた方が良いんじゃない?」

 そんな忠告を受けたライルは、一転して笑顔になって姉を宥めた。


「でも仕事の内容は結構面白いし皆さん良い人だし、そもそもできる人達だから、年下の子どもを妬んで足を引っ張るような真似はしないよ。これも縁だし、本格的に働いてみたいな」

「ライルがそう言うなら、私に止める権利はないけど……」

 憂い顔で呟いたソニアを、リンダが明るく笑い飛ばした。


「姉さん、大丈夫だって! そんなに心配しないでよ。いざとなったら、私がフォローするから」

「何を言っているの。ライルがあなたのフォローまでする羽目になりそうで、余計に心配なのよ。少しは自覚しなさい」

「ちょっと! 姉さん、酷くない!?」

「それはともかく、二人に用意しておいた物があるの。持ってくるから待っていて」

 ここで話を中断させたソニアは、奥の部屋に引っ込んだ。二人がお茶を飲みながら待っていると、すぐに彼女が戻って来る。


「まず、ライルにはこれよ」

 目の前に差し出された物を眺めながら、ライルが呟いた。


「鏡……、これって通信鏡?」

「正解。あなたの魔力は少ないけど、これを起動させるのは可能な筈よ。そうすれば私の魔力を込めてある、あの鏡と繋がるように調整してあるから」

「じゃあ、ちょっと試してみる」

 その鏡に右手を触れながら、ライルは自身の魔力をゆっくりと流し込んだ。すると僅かに鏡面が淡く輝いた次の瞬間、そこに見慣れた室内の様子が映し出される。それは壁に掛けてある鏡に映った光景の左右反転された情景であり、ライルは安堵したように頷いた。


「ああ、大丈夫だね。城までの距離も、姉様の魔力なら問題ないよね? 国境付近にある家の鏡と、問題なく繋げていたし」

「ええ。それは心配していないけど、本当にあの人達、未だに戻って来ていないとか……。本当に、どこをフラフラしているのよ……」

 途端に、未だに消息不明の両親を思い出したソニアは、恨みがましい口調で呟く。それに危険な雰囲気を察したライルは、慌てて話題を変えた。


「ええと、姉様。これで定期的に連絡を入れるし、緊急事態の時に一報を入れるよ」

「そうして頂戴。念のため、これを起動している時には、私の魔力で繋いであると周囲には説明しなさい」

「分かった。下手に魔力持ちだと勘ぐられたくないしね」

 そこでソニアは、妹に視線を向けた。


「それからリンダ。あなたにはこれよ」

「何、これ? ペンダント?」

 テーブル上で差し出された物をつまみ上げたリンダは、怪訝な顔になった。そんな妹に、ソニアが確認を入れる。


「あなた、身体強化の魔術を使っているんでしょう? それで、それを公言していないわよね?」

「勿論よ。手の内を晒してどうするのよ?」

「あなたの魔力は、身体強化魔術に特化しているものね……。だから余程の事がなければ露見しないとは思うけど、万が一の時は、私がこれに込めた魔力で身体強化の魔術が展開されていたという事にしなさい」

「どうして?」

「魔力持ちは珍しいし、それに加えてある程度の魔術を使える人間となると、そうはいないわ。魔術師と思われて周囲から忌避されたりしたくないでしょうし、私との血縁関係を勘ぐられたりもしたくないのよ。母さんの子どもが娘二人に息子一人で、生存していれば何歳になっているかという記録は残っている筈だしね」

 説明を聞いたリンダは、納得しかねる顔つきになる。


「そこまで神経質にならなくても良いんじゃない? 本来、七代目魔女にになるはずだった母さんが城に入って以降も、魔術師だとは周囲に全く悟らせないで生活してたから、私達が揃って魔力持ちだって知ってる人は皆無だし。そもそも姉さんの本名がサーフィアだって、現時点では疑われてもいないのよね?」

「それでもよ。分かったわね?」

「分かりました。貰っておきます」

 怖い顔で念を押してきた姉に辟易しながらも、リンダは頷いてその場でペンダントを首につけて服の中に入れた。

 それからも城内での生活についての問答は続き、一通り聞き終えて何とか不安を払拭したソニアは、再び馬に乗って城に戻っていく二人を以前よりは安堵して見送ったのだった。






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