(26)騎士団へのスカウト
「おばば様、薪割り終わりました。ところでライルったら、この金額で雇って貰えるの? 上手いことやったわね」
地面に書かれた数字を見下ろしながら、リンダが茶化すように言ってきた。それを聞いたライルが、うんざりしながら言葉を返す。
「姉さん……、騙したように言わないでくれるかな? ちゃんと仕事をしに行くんだから」
「リンダ殿も城勤めに興味があるなら、騎士として働かないか?」
「え?」
「は?」
「はい?」
唐突に誘いをかけてきたアレクシスに、リンダ本人は勿論、ソニアとライルも呆気に取られながら視線を向けた。彼はそのまま、真顔で話を続ける。
「女性騎士は絶対数が少ないが、女性の警護をする場合、ある程度の人数は必要になる。今現在、殿下が独身だから必要性は低いけど、来賓が奥方同伴だと色々気を使う事もあるからね」
「ああ、なるほど……」
「それにこれから殿下が結婚したら、奥様の護衛要員を確保する必要が生じるんだ。騎士団の団長も同意見だと思うし、君だったら実戦経験は十分だし、即採用だと思うな」
「いきなりそういう事を言われても……」
さすがにリンダは困惑顔で首を傾げる。しかしアレクシスは再び地面にあった小枝を拾い上げ、彼女の足下に数字を書き込みながら話し続ける。
「因みに、騎士の採用直後の俸給はこれくらいだったはず。配置部署や役職、その他諸々の条件を考慮して、加算が」
「やるわ」
「何で即答!? 姉さん、正気!?」
アレクシスの説明を遮り、リンダが了承した。それを聞いた瞬間、ライルが悲鳴交じりの声を上げる。弟の反応を目の当たりにしたリンダは、いかにも面白くなさそうに問い返した。
「何よ? 何か文句でもあるの? 良い儲け話なのに、乗らない手はないでしょう?」
「だってお城勤めの騎士だよ!? どう考えても、姉さんには無理だから!」
必死の面持ちで言い募るライルに対し、リンダは憮然としながら言葉を返した。
「あんたね……、あたしがそこら辺のひょろっひょろの騎士なんかに、後れを取るとでも思ってるわけ?」
「そうだったら、反対なんかするもんか! 問答無用でボッコボコにして騎士団の規律を乱しまくって、崩壊させかねないから心配なんだよ!」
「ちょっと、ライル。幾らなんでも、金をくれる相手にそこまで傍若無人なことはしていないわよ? 今までちゃんと仕事をこなしてきたじゃない」
「だから! これまで遠慮してたのは、雇い主に対してだけだろ!? この場合、雇い主である殿下に対しては命令に従うし遠慮もするだろうけど、他の大勢の騎士達と、足並み揃えて色々やっていけるのかと言っているんだよ!!」
そこで難しい顔になって黙考したリンダは、少ししてぼそりと呟く。
「……ちょっと面倒くさそうね」
「そうだよね! そういうわけですから、申し訳ありませんけど姉さんの話はなかったことにしてください!」
姉の反応に救われたような表情になったライルは、笑顔でアレクシスに申し出た。それにアレクシスが言葉を返す前に、エリアスが冷静に提案してくる。
「取りあえず、試用期間を設けてみれば良いのではないか? ライルだってそうするのだし、リンダ殿もやってみないと分からないだろう。これまでと勝手が違うのは当然だし、どうしても自分に合わないと思ったら止めて貰って構わない。その間の俸給は、私の個人予算から支払う。それならどうだろうか?」
それを聞いたリンダは、再び即断即決した。
「あ、じゃあそれで。殿下に対しては失礼な事とか無茶な事とか乱暴な事はしないから、そこの所は信用して」
「分かった。できれば他の騎士達にも、可能な限り配慮してくれたらありがたい」
「努力はするけど、顔だけとか武器だけとか血筋だけとかの騎士とかいないわよね?」
大真面目に問われたエリアスは、少しだけ考え込む素振りを見せてから、思わせぶりに笑う。
「そんなふざけた者はいないはずだが……。万が一いたとしたら、そんな者は叩きのめして構わない。君にやられたのを理由に技量不足でクビにするから、それに関して遠慮は無用だ」
「話が分かるじゃない! 任せておいて!」
「ちょっと姉さん! 殿下も、何を唆しているんですか!?」
嬉々として胸を叩いて請け負ったリンダを見て、ライルは顔色を変えてエリアスに対して非難の声を上げた。しかし彼は苦笑を深めながら、満足げに頷く。
「実は、そろそろ騎士団の風通しを良くしようと思っていたところでな。ちょうど良かった」
「それじゃあ腕によりをかけて引っかき回してあげるから、安心して黙って見てて!」
「ああ、よろしく頼む」
「姉さん! 殿下!」
「リンダさん! 城勤めになったら、顔を合わせる機会が増えますね!」
「殿下。これは騎士じゃないから、これ以上ウザくなったら叩きのめして構わないかしら?」
「できれば頭と腕は無傷にして貰えるか? 仕事にならなくなるからな」
「了解。やっぱりこの人、頭と腕だけの男なのね」
「殿下! さり気なく酷いことを公言しないで貰えますか!? しかも怪我をしても働かせる気満々なんて、鬼畜の所業ですよ!?」
各人が好き勝手に喋っている混沌とした状況に、ソニアは激しい頭痛を覚える。しかしどう考えても、二人の採用を回避できない状況なのは理解していた。
(ちょっと待って……、何がどうしてリンダとライルが、揃って城勤めなんて事態になるのよ)
そこでソニアはひとまず全員を家に入れ、お茶を飲みながら細かい勤務状況などの確認を済ませる。その上で、実際に勤務を始めるまで数日の猶予期間をおくのを確認して、エリアスとアレクシスは引き上げていった。
※※※
「アレクシス様。わざわざここまで迎えに来ていただいて、ありがとうございます」
「とんでもありません。お気になさらず」
城まで徒歩では時間がかかるし荷物もあるだろうからと、城から馬車に乗ってきたアレクシスは、馬車を森の入り口で待たせて奥の家まで迎えに来た。約束の日時に合わせて荷物を纏めていた二人と共に、ソニアは森の入り口まで出向いてから、改めて妹達に向き直る。
「リンダ、ライル。分かっているわね? くれぐれも、周りの皆さんのご迷惑とか失礼にならないように」
「分かっています。おばば様」
「心配しないでください。定期的に連絡を入れますし、しっかり姉さんのフォローをしますので」
どうにも不安を拭えないソニアだったが、ここで漸く気持ちを切り替えて声をかける。
「それじゃあ、気をつけていってらっしゃい」
「はい」
「行ってきます」
「それじゃあ、行こうか。魔女殿、失礼します」
「よろしくお願いします」
三人の話が終わったのを見て取ったアレクシスが、控え目に声をかける。それにソニアは深々と頭を下げ、妹達が乗り込んだ馬車が街道を走り去るのを見送ってから家に戻った。




