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深き森の魔女は、ただ静かに暮らしたい  作者: 篠原皐月


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25/28

(25)行政補佐官へのスカウト

「何をするんですか! 邪魔しないでください!」

「五月蠅い! 良いからちょっと来い!」 

 外でリンダをひたすら口説いていたらしいアレクシスが、問答無用でエリアスに引きずられて来た。そしてテーブルまで到達した彼が、不満げな声を上げる。


「一体、何だって言うんですか?」

「黙って、これを見ろ。魔女殿とライルは、この内容を完全に理解しているそうだ」

「この内容って……、はぁ?」

 気乗りしなさそうにテーブル上に広げられた書物に視線を落としたアレクシスは、軽く目を見開いてソニアとライルを凝視した。そしてパラパラとページをめくると、今度は室内をキョロキョロと見回す。


「ええと……」

「アレクシス様、どうかされましたか? 何かお探しの物でも?」

 怪訝に思ったソニアは声をかけてみた。すると彼は、いきなりライルの腕を掴んで懇願してくる。


「紙とペン……、いや、ライル君、ちょっと外に出てくれるかな?」

「あ、はい……、構いませんけど……」

 困惑しながらも、ライルは素直に彼と一緒に外に出た。するとアレクシスは足下にあった小枝を拾い上げ、それで地面に何事かを書き始める。そして一通り書き終えた彼は、ライルに小枝を差し出しながら要請した。


「ライル君。この計算式を解いてみてくれ」

 そこで地面に書かれた計算式を眺めたライルは、大して時間を要さずに答えを導き出す。


「これですか? これは……、二百六十五ですね」

 あっさりと答えを告げられたアレクシスは、反射的に顔を強張らせた。


「え? まさか暗算したのか?」

「これくらい、暗算でできますよね?」

「…………ちょっと待ってくれ」

 真剣な面持ちでアレクシスは計算式を解き進め、ライルが先程告げた答えを導き出した。そして無言のまま、新たな計算式を地面に書き記す。


「それならこれは?」

「えっと………………、三千五百二十です」

 再び少しだけ黙考したライルが答えを告げると、アレクシスは再び計算を進め、同じ答えを導き出した。


「……正解」

「あ、良かった。確認算をしないといけないかと思った」

 半ば呆然と呟くアレクシスを眺めながら、ライルは安堵したように微笑む。するとアレクシスがライルの両肩を掴みながら、重々しく宣言した。


「採用」

「……はい?」

「殿下、構いませんよね?」

「ああ、勿論だ。彼は他にも三カ国語は読み書き会話が可能な上、測量関連の知識もあるようだ」

「本当ですか!?」

 困惑して首を傾げたライルには構わず、エリアスは情報を追加した。それを聞いたアレクシスが、驚喜しながら切々と訴えてくる。


「ライル君! 城は慢性的に人手不足なんだよ!! 是非、うちで働いてくれないかな!? 親御さんには俺が了解を取るから!!」

「アレクシス。彼は事情があって、自活するために働き口を探しているそうだ。条件次第では働いてくれると思うぞ?」

「それは願ってもない!! ライル君! 衣食住は保証する! 城内の使用人棟で個室を手配するし、十分なレベルの食事と衣服も支給するよ! 城下で住み込みの働き口を探すより、絶対条件が良いから!」

「ええと……、そう言われても、さすがに城で働くというのは……」

(確かにライルは一歳になる前に城を離れたから、今のあの子を見ても城に残っている者達に怪しまれたりはしないでしょうけど!? 冗談じゃないわよ!)

 困惑しきった視線を寄越してきた弟を見て、ソニアも流石に動揺を隠せなかった。しかし城勤めに対して恐縮しているらしいと勘違いしたアレクシスが、グイグイ押してくる。


「遠慮なんかしなくて良いから! あ、俸給だけど、最初の一ヶ月間は試用期間として、俺の個人的な秘書官の扱いになるから、一月でこれくらいの金額。足りないなら、俺が個人的に補填するから」

 そう言いながら、アレクシスは地面に具体的な金額を書いた。ライルは予想以上の金額に目を見張ったが、すぐに気を取り直して踏み留まる。


「あ、いえ、アレクシスさんにそこまでしてもらわなくても。さすがに申し訳ないですし」

「それで、試用期間が過ぎたら行政補佐官として正式採用で、最初はこの金額から始める。重要な仕事が任せられるようになったら、専門分野や業務内容によって加算があるから、これよりは増えることになる。どうかな?」

 そこで正式採用後の俸給額を目にしたライルは、微塵も躊躇わずに了承の言葉を返した。


「お世話になります」

「やった! 貴重な戦力確保!!」

「いやはや、思わぬ所で思わぬ収穫だったな」

 満面の笑みのアレクシスとエリアスを余所に、ソニアの顔は盛大に引き攣っていた。そして二人と笑顔で握手しているライルに、平常心を保ちながら声をかける。


「ライル? ちょっとこちらにいらっしゃい」

「はい、おばば様」

 ライルは神妙な顔つきで、すぐにソニアのところまでやって来た。そんな彼を、ソニアは声を潜めて叱責する。


「城で働こうだなんて、何を考えているの! 正気なの?」

「そうは言っても僕のような年の子どもが、あれ以上の好条件で働ける所なんてないよ? これも縁だし、やってみても良いんじゃない?」

「そんな呑気な事を言って!」

「でもあれだけの好条件を出されたのに、下手に断ったりしたら却って怪しまれると思うよ?」

「それはそうかもしれないけど……」

「安心してよ、姉様。姉さんならともかく、身元がばれるようなヘマはしないから」

「……仕方がないわね。信じてるわよ?」

 不承不承頷いたところで、この間少し離れた所で二人の様子を窺っていたエリアスが声をかけてくる。


「二人とも、話は済んだのか?」

「はい。さすがに両親に断りもなく、働き口を決めるのはどうかと思いましたが、私からこの子の親に連絡する事にします。それからライルには、休みの日はこちらに顔を出させます。ライル、分かりましたね?」

「はい。おばば様。定期的に報告するから、心配しないでください」

 そこでエリアスが、真摯な面持ちで申し出た。


「ソニア殿。こちらとしても年少者を過剰に働かせるつもりはないから、安心してくれ。信用して彼を預けて欲しい」

「分かりました。それではよろしくお願いします」

 ここで完全に腹を括ったソニアは、神妙な面持ちで頭を下げる。するとここで、興味津々の様子でリンダが会話に割り込んできた。



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