(22)思春期の気苦労
「私がこの姿の時、『おばば様』と呼ぶように言い聞かせていたのを守ったのは褒めてあげるわ。入って来て開口一番『姉さん』とか口走ったら、問答無用で叩き出すところだったわよ。命拾いしたわね」
テーブルに着いた二人にお茶を出しながら、ソニアは皮肉たっぷりに告げた。それを聞いたリンダが、ふてくされながら言い返す。
「実の妹に、なんて言い草よ……。ところで、もう防御壁は完璧よね? いい加減、元の姿に戻してくれない? いつまでもおばば様が生きているみたいで、落ち着かないのよ」
「はいはい」
おざなりに答えながら椅子に座ったソニアは、自らにかけていた幻視魔法を解除した。それでリンダとライルの目には、彼女の白髪が淡く輝く銀髪に、顔が皺深い老婆の顔から本来の若い女性の顔になる。
「これで満足?」
そう問われたリンダは、カップに手を伸ばしながら呆れ気味に応じた。
「本当に、相も変わらず美人よね。それで男も作らずに引き籠もりとか、色々間違っているわよ。おばば様が亡くなって何年だっけ?」
「そろそろ四年になるかしらね。付近の人達に、怪しまれてはいないわ」
「代替わりは完璧か。まあ、姉さんだしね」
そこでソニアは、肩を竦めてお茶を飲み始めた妹から、その隣の弟に視線を移した。
「ところでライル、父さんと母さんは今どこにいるの? 少し前から全然連絡がつかなくて、困っていたのよ」
「ええと……、二ヶ月くらい前から、金払いの良い雇い主から仕事を依頼されて、ガルストに行ってるんだ。だから連絡が取れなかったと思う」
「流石に国境を越えていたら、容易に連絡がつかないわね……。しかも、ちょうど私から連絡しようとした時期の直前とか、なんて間の悪い……。あら? ちょっと待って?」
ここである矛盾点に気がついた彼女は、不思議そうにライルに問いを重ねた。
「二人がガルストに行ってるなら、どうしてあなたがここに来たの? 一緒にいるなら、二人も帰国しているの?」
それを聞いたライルが僅かに顔を歪め、何故かリンダが口を挟んでくる。
「そうじゃないのよ……、姉さん。私、父さん達とガルストでばったり出くわしたんだけど、そこでライルをここに送り届けるよう頼まれたの」
「どういうこと?」
「姉様。ここに当面、居候させて欲しいんだ。生活費は自力で稼ぐから」
「え? ちょっと待って。ここに居候って、どうして?」
唐突な懇願に、ソニアの困惑が深まった。するとライルが、憤然として訴え始める。
「いい加減、我慢の限界なんだよ、あの恥知らず夫婦。もういい年なのに、所構わずベタベタイチャイチャ。あれは視界の暴力だから」
「私も十五まではスルーして過ごしたけど……、ちょっとライルの気苦労が色々と溜まっていたみたいで……」
「僕が周囲の独身男性からの、苦情受け付け担当みたいになってるんだよ。否応なしに」
「年を取ったら落ち着くかと思いきや、今でも年の離れた弟や妹の一人や二人、ポロッと生まれそうよね……」
「万が一生まれたら、僕が育てるから。あの二人に子育てさせたら駄目だ」
きっぱりと断言した弟を見て、ソニアはがっくりと肩を落とした。
「ライル……、これまでの自分の人生を丸ごと否定するような発言は止めなさい。それにしても、相変わらずみたいね。そういう事なら、いつまででも良いわよ。好きなだけ住みなさい」
「ありがとう、姉様。そのうち、仕事も見つけるから」
「見つけるからって……、あなた、まだ十二歳なのに……」
「姉さんだって魔力が強かったから、城を離れた機会に本格的に修行するって、十歳でおばば様に弟子入りしちゃったじゃない。ライルだったらどうにでもなるわよ。これまでの放浪生活で、引き籠もりの姉さんより余程生活力はあるわよ?」
「だから、引き籠もりとかじゃないと言ってるのに……」
相変わらずしっかりしすぎている弟と豪放磊落な妹に、ソニアは思わず溜め息を吐いた。すると今度は、二人からの追及を受ける。
「ところで姉さん、どうしてあの二人を引き入れてるのよ?」
「……引き入れているとか、人聞きが悪い。茶飲み話をしに来ているだけよ」
妹から胡散臭そうな目を向けられたソニアは、気分を害しながら言葉を返した。そんな彼女に、ライルが不思議そうに尋ねてくる。
「そもそも、どうして大公とその補佐官なんかと知り合いになったわけ?」
「……向こうが押しかけて来たのよ」
それを聞いた二人は、揃って納得しかねる顔つきになった。
「押しかけて来たって、この森は見知らぬ人間は迷わせるようにできているでしょう? 姉さん、魔術の腕が落ちたの? 幾ら何でも、耄碌するのは早いと思うんだけど」
「失礼な事を言わないで! 仕方がないでしょう! 初対面じゃなかったみたいだから!」
「初対面じゃなかった? だけど、『みたい』って何なの?」
「だから! 子どもの頃に面識があったみたいだけど、私は全然記憶にないのよ! どう考えても母さんが絡んでいる気がするから確かめようとしても、全然連絡が取れなくて! もう本当に、どういう事なのよ!?」
そこで悲鳴じみた叫びを上げた姉を目の当たりにした二人は一瞬呆気に取られ、次の瞬間、目を見交わしてから冷静に彼女に声をかけた。
「取りあえず、姉さん。少し落ち着いて頂戴」
「順を追って、話を聞かせてくれる?」
「そうね……。殿下が惚れ薬を探しに来たことが、そもそもの発端なのだけど……」
真っ先に惚れ薬などという言葉が出てきたことで、リンダとライルは嫌な予感を覚えたが、話が進むにつれて本気で頭を抱える羽目になった。




