(21)運命の出会い、再び
「あの……、来客中であれば、僕達は出直しますので」
「そっ、そうね。そういうわけだから、お邪魔様でした!」
空気を読んだライルが神妙に頭を下げ、隣でリンダも慌ててそれに続く。そのまま踵を返そうとした二人を、エリアスが席を立ちながら引き留めた。
「いや、君達の方が遠方から出向いて来たのだから、遠慮しないでくれ。私達は帰るから」
しかしここで一瞬遅れて立ち上がったアレクシスが、鋭く主君を制する。
「殿下、しばらくお待ちください」
「何だ、アレクシス。どうかしたのか?」
「そちらの女性に、少々お伺いしたい事があります」
「それは構わないが、手短にな。彼女やソニア殿にご迷惑だ」
「分かっております」
エリアスが難しい顔になりながらも了承すると、アレクシスは硬い表情のままリンダに歩み寄った。
(え? 何? リンダが何か怪しまれているの? 確かに挙動不審だったけど!?)
ソニアは何事かと、内心で狼狽する。室内の人間の視線を集めながら進んだアレクシスは、リンダの前に立つと礼儀正しく声をかけた。
「リンダ・ケルトナーさん、初めまして。先程魔女殿からご紹介いただきましたが、リベルス大公の政務補佐官を務めておりますアレクシス・ドルナーと申します。お見知りおきください」
「は、はぁ……、こちらこそ、よろしく……」
若干怖じ気づきながらもリンダが言葉を返すと、彼は冷静に問いを繰り出した。
「先程、傭兵をされているとお伺いしましたが、お仕事を始めたのは何歳からですか?」
「十五歳の時に独り立ちしました。それが何か?」
「それでは、傭兵になってから何年目ですか?」
「五年目ですけど。別に傭兵として働くのに、年齢制限なんてありませんよね?」
「そうですか……。良く分かりました。それでは十九歳でいらっしゃる。実年齢より落ち着いて見えますね。二十代半ばかと思いました」
何やら納得したように、アレクシスは深く頷いた。対するリンダは、緊張など忘れたように眼光鋭く相手を睨み付ける。
「……老けてるって言いたいわけ?」
「いえ、寧ろちょうど良いかと」
「何がですか?」
「私が二十九歳だからです」
「……はい?」
「リンダさん、あなたが私の運命の相手です。結婚してください。二人で幸せになりましょう」
「…………」
素早く彼女の右手を両手で掴んだアレクシスは、満面の笑みでいきなり求婚した。それを聞いたリンダは呆気に取られたが、次の瞬間無言のまま勢いを付けて彼の脛を蹴り飛ばす。
「どわぁっ!!」
その衝撃と激痛に、さすがにアレクシスは彼女の手から両手を放し、脛を抱えるようにして蹲った。そんな彼を冷え切った目で見下ろしてから、リンダはエリアスに苛立たしげに尋ねる。
「ちょっと大公様。この馬鹿、頭湧いてるの? それとも、あなたの部下って揃いも揃ってこんな輩なの?」
「すまない、リンダ殿。確かに先程の行為は常識外れだ。代わってお詫びする」
恐縮しきりの様子で、エリアスはリンダに頭を下げた。そして自分の部下を、呆れ果てた表情で窘める。
「アレクシス。お前、普段私がサーフィア姫のことを口にすると『運命の相手なんて有り得ないし馬鹿馬鹿しい』とか、『一目惚れなんて、気の迷いや勘違いに過ぎない』とか、散々貶しているくせに。いきなり真顔で何を言い出すんだ」
「殿下。これまでの発言の数々を、訂正して謝罪いたします。運命の女性は存在します」
「……その掌返しっぷりが、いっそ清々しいな」
顔を上げて大真面目に申し出たアレクシスを見て、エリアスは深い溜息を吐いた。そんな主君の心情などお構いなしに、アレクシスは続けてライルに視線を向ける。
「そういうわけで、ライル君。私のことは、お義兄さんと呼んでくれて構わないから」
そこで暴走しかかったアレクシスを、ライルは冷静に押しとどめた。
「あの……、アレクシスさん。何が『そういうわけで』なのか分かりませんが、姉さんはあなたと結婚しませんよ? 失礼ですけど、あなたは姉さんの好みからは著しく外れていますから」
「は?」
「そうよ。冗談じゃないわね、こんな服の上からでも分かる筋肉無し男。私より強い男でないなら、相手をするのも真っ平ごめんよ」
「…………」
上から目線のリンダが言い放った内容に、アレクシスの顔が盛大に引き攣る。ここまで面と向かって女性に拒絶された事などなかったのだろうなと、ソニアとライルは少しだけ彼に同情した。そんな微妙な空気の中、エリアスが事態の収拾を図る。
「アレクシス。取りあえず、ここは一度引くぞ。三人とも、お騒がせして申し訳なかった」
「いえ殿下、ちょっと待ってください!」
「ぐだぐだ五月蠅いわね! 本気で叩きのめされたいわけ!? お望みならやってあげるわよ!?」
「痛めつけられて喜ぶ性癖持ちではないなら、ここは引いて頭を冷やした方が良いと思いますよ? 求婚するにしても、順序ややり方があると思います」
食い下がろうとしたアレクシスだったが、リンダに怒鳴りつけられ、ライルからはすこぶる冷静に忠告された。それを聞いたエリアスが、溜め息交じりに言い聞かせる。
「ほら、年少者にここまで言われて、お前は恥ずかしくないのか?」
「僕達は当面ここに滞在しますので、次回の訪問時に仕切り直してください」
改めてライルが申し出た内容に、今度は女二人が声を荒らげた。
「当面滞在とは、どういう事ですか!?」
「ちょっとライル! あんた、何勝手に仕切ってんのよ!?」
「分かった。それでは改めて、近日中に訪問させていただこう」
「お騒がせしました」
対する男二人は、一瞬顔を見合わせてから大人しく別れを告げて立ち去った。ソニアは慎重に彼らを見送ってから玄関の扉を閉め、念には念を入れて防音魔術を家全体に展開させてから、妹達を叱りつける。
「あんた達……、どうして事を大きくした上に、変に拗らせるのよ!?」
その叱責に、リンダは八つ当たり気味に叫ぶ。
「でも半分以上は、あの頭がおかしいアホのせいよね!?」
「取りあえずお茶を飲みながら、情報交換しない? 姉様にも色々聞きたいことができたし。姉さんもそうだよね?」
「そうよね。そもそも、なんで大公がここに出入りしてるのよ?」
ライルが長姉と次姉を交互に眺めながら提案すると、リンダが気を取り直して姉に胡乱な視線を向ける。
「……座っていて。今、お茶を淹れるから」
二人からの微妙な視線を避けるように、ソニアは憮然としながら台所に向かった。




