(19)ソニアの観察
臣下達に矢継ぎ早に指示を出し終えてから、エリアスはソニアに歩み寄って丁重に申し出た。
「ソニア殿。予想以上に早く片付いたので、お礼も兼ねて昼食をご馳走したいのだが」
それにソニアは、恐縮気味に答える。
「ありがたいお申し出ですが、普段一日二食で過ごしておりますので」
「そうか。それでは茶を一杯でも。その後に馬車でお送りしよう」
「分かりました。ご馳走になります」
「それでは行こうか」
どうやらアレクシスは事後処理を任されたらしく、この時にはその場を離れていた。侍従に先導されたソニアは、エリアスと共に謁見室を出て廊下を進み始める。
(この辺りは滅多に立ち入らなかったから、構造は全然覚えていないわね)
政務や公務を執り行うエリアは、流石に子どもに解放されていない場所であり、ソニアはそれほど気にも留めずに大人しく後に続いた。そのうちにプライベートなエリアに入ったのを認識した彼女は、さり気なく周囲を見回しながら記憶を探る。
(ああ、この辺りからは、何となく覚えがあるかしらね。でもあまりうろうろしていると、王妃周辺の人間に見咎められて、ろくな事にはならなかったけど)
懐かしさと苦々しさを覚えながら、ソニアは感慨にふけった。すると横を歩くエリアスが、さり気なく声をかけてくる。
「魔女殿、何か気になることでも?」
「ああ、いえ……」
(うっかりしていたわ。懐かしそうに見ていると思われたら、不審がられるかも)
一瞬ヒヤリとしながらも、ソニアは落ち着き払って答えた。
「大したことではないのですが、アルテリアが侵攻後、城内の装飾や構造を変えた所があるのかと思いまして」
「意識的に変えた所は皆無だな。先代大公の叔父上も『充分使える物を無理に壊したり直したりする必要はない』との立場だったから」
それを聞いた彼女は、意外に思いながら問いを重ねる。
「そうなのですか? 今更の話になりますが、リベルス大公家の紋章はどうなっているのでしょう? まさかリベルス王家のそれを、そのまま使ってはいませんよね? 新たに制定したのなら、最低限それを付けている武具や家具は作り直したと思いますが」
「新しく制定などせずに、そのまま使っている。旧王家のラルグ子爵家には別の紋章を与えたので、特に支障はない」
淡々と告げられた内容に、ソニアは本気で驚いた。
「そうなのですか!?」
「ああ。ご存じなかったのか?」
そこで前を歩く侍従が振り返り、控え目に述べる。
「大公様。城に出入りする者や貴族でもなければ、知らなくても当然かと思われます」
「それもそうか」
(確かに有効活用は好ましい事かもしれないけど、それで本当に良いの!? 先代大公もそうだけど、そういう事をしているから未だに旧王家に付き従っている連中に、微妙になめられているんじゃないかしら?)
納得したように頷くエリアスを横目で見ながら、ソニアは妙に大らかすぎる君主に対して頭痛を覚えた。
「どうぞごゆっくり」
綺麗に整えられた中庭の一角を眺められる部屋に通されたソニアは、小さなテーブルにエリアスと向かい合って座った。目の前に手早く茶器と菓子皿が並べられ、侍女が一礼して引き下がっていく。
「それくらいの菓子なら、食べるのに支障はないだろうか?」
予め考えていたらしく、ケーキではなく柔らかそうな焼き菓子が準備されており、持て余すような量でもなかった。内容に文句の付けようがなかったため、ソニアは微笑みながら会釈する。
「はい。それでは遠慮なく頂きます。ですが、殿下は昼食を食べなくてもよろしいのですか?」
「ソニア殿を送り出したら、昼食を食べながら政務を再開するので気にしないでくれ」
それはそれで問題ではないだろうかと思いながら、ソニアは溜め息交じりに告げた。
「お忙しそうですね。こんな年寄りにお付き合いしなくてもよろしいのに」
「そう言われるとは思ったが、こちらの気が済まないのでな。それにソニア殿と顔を合わせていると不思議に気持ちが落ち着くので、休憩に付き合ってくれたらありがたい」
「そう言われたら、お付き合いしないわけにはいきませんね」
(以前から感じていたけど、結構人たらしの素質があるのではないかしら? アレクシス様が散々文句を言いながらも、アルテリアから付き従って来るくらいですからね)
どうにも憎めない感じの笑顔で要請されたソニアは、苦笑しながらカップを持ち上げてお茶を飲み始めた。その合間に焼き菓子をつまんで口に運びながら、気になった事を口にしてみる。
「ところで、今回の始末はどうつけるおつもりですか? 殿下はラルグ子爵家に対して色々と思うところがありそうですが、あまり甘い顔をするのはどうかと思います」
まさか運命の相手と信じ込んでいる自分の異母兄だから手心を加えているのだとしたら、筋違いで見当違いの程が過ぎるとソニアは苦々しく思いながら苦言を呈した。しかしエリアスは、どこか楽しげに言葉を返した。
「ソニア殿が誤解するのも無理はないが、この際、徹底的に排除することにする。というか、ラルグ子爵自身に家を潰して貰うつもりだからな」
ソニアはそれを聞いて安堵したものの、今度は困惑が深まる。
「え? ご本人に、ですか? それはどう考えても無理なのでは……。因みに、どのように潰すのですか?」
「そうだな。母親とディアーナ嬢は、縁談破棄の責任を取って修道院行きだ。その後子爵は、自身に賠償金の支払い能力がないことを恥じ入り、私に謝罪する文言と、爵位と領地を返上する旨の公文書を提出後、失踪する。子爵は未だ独身だし、隠し子など認める必要もない。当主も継承者もいないラルグ子爵家は当然取り潰しだ。大公家に返上された領地を管理する者は新たにこちらで任命するから、ラルグ子爵の下で働いていた無能どもは纏めて解雇だな」
流れるような口調での説明を聞いた彼女は、本気で呆気に取られた。
「あの……、殿下? いくらなんでも、それは無理かと」
「確かに、少し前までのラルグ子爵だったら、間違ってもそのような殊勝な行動に出ないだろうな。だが、アルテリア国から帰国後の彼だったらどうかな? 対外的には変わらないかも知れないが、内面的にはかなりの変化があったのかもしれないぞ?」
「……大公様?」
含み笑いでおかしそうに告げてくるエリアスに、ソニアはここで若干寒気を覚える。
(何かしら、この不気味な笑みは……。魔術で、あの人の意識を変えたということ? いえ、それだけ手練れの魔術師がいたら、今回私が協力を要請される筈がないわね。そう言えばこの前、ラルグ子爵家に対して仕込みをしているとか言っていたけど……)
色々頭の中で可能性を列挙しては潰していたソニアだったが、その一つを慎重に口にしてみた。
「そうですか……、アルテリアから帰国後、心境に変化がおありだと……。確かラルグ子爵は過去に大火傷を負い、それ以降顔を包帯で覆っているとか。それなら声が似て言動に変化がなければ、中身がすり替わっていても周囲が気づかないかもしれませんね……」
「ソニア殿、何のことを言っているのか分からないが?」
「独り言です。お聞き流しください」
「そうか。ところでラルグ子爵家と言えば、アルテリア国に同行した侍従の一人が、帰国する途中で行方不明になったそうだ」
微妙に話題を変えたエリアスだったが、その中に含まれた内容に気付かないソニアではなかった。彼女は僅かに顔色を変えたものの、すぐに神妙な口調で応じる。
「まあ、それは大変。子爵様から酷い扱いを受けて、発作的に失踪したのでしょうか?」
「そうかもしれんな。仕えた期間が短かったらしいが、子爵の言動が粗暴であるのは知れ渡っているし」
「側に仕えているのであれば、短期間でもそれは熟知しておられるでしょうね」
「新天地で新たな主君を得て、励んでいそうだな」
そこですまし顔でカップを口に運んだエリアスを眺めながら、ソニアは密かに冷や汗を流していた。
(手心を加えているどころか、虎視眈々と嵌めるタイミングを狙っていたとは恐れ入ったわ。確かに人が良いだけでは、一国を治めることはできないでしょうしね。本当に、あの父さんやあのろくでなしと比べたら、この人や先代大公に統治して貰った方が遙かに良かったかも)
そんなことを考えて微妙な心境に陥りながらも、ソニアはしっかりお茶と焼き菓子を堪能しながら、エリアスとしばし談笑した。その後、森へ戻って行く頃には、ラルグ子爵家の行く末などは綺麗さっぱり忘れ去っていた。




