(16)懸念
「ソニア殿も、銀髪と紫色の瞳を持つ人間は珍しいと話していただろう。確かにそれでも皆無という事にはならないだろうが、都合良く何人も現れたのが気にかかる」
エリアスは真顔で話を続けたが、ソニアは素っ気なく言葉を返した。
「偶々そうなのでは?」
「それに加えて、都合良く記憶喪失の身元不明者とは、できすぎとは思わないか?」
「それは確かに、そうかも知れませんが……」
「そのユリアという女が暮らしている場所の周囲を探らせてみたら、確かに十年ほど前に引き取られて生活していると、付近の住人が話しているらしい」
既にそこまで手を回していたのかと呆れつつも、それなら問題ない筈だがと、ソニアは不思議に思った。
「それなら、特に怪しいところはないのでは?」
「その女の居住地は、ラルグ子爵領だ」
「はい?」
「髪や瞳の色から連想してサーフィア姫を探していると推測して、同じ年頃の女性を魔術で見た目を変え、付近の住人の記憶も纏めて操作したとか考えられないか?」
予想外の地名に一瞬呆気に取られたものの、ソニアは慌てて反論した。
「いえ、あの! それこそ荒唐無稽なお話なのでは!? 第一、ラルグ子爵家に、そんな大がかりな事をしてサーフィア姫の偽者を仕立て上げる理由はございませんよね?」
「ラルグ子爵家は今現在、婚姻取り消しの慰謝料と輿入れ準備金の全額返済を迫られている。万が一、サーフィア姫が私の恩人であるなら、彼女の偽物を仕立て上げて本人と思わせ、私に恩を売りつつその縁で支払いの立て替えや減額をさせようと企んでいるのでは?」
淡々とした口調での指摘に、ソニアは難しい顔つきになって考え込んだ。そして正直な感想を述べる。
「……考えすぎ、と一蹴できませんね。お触れの内容を耳にした時には、殿下はあまり深く考えないタイプの方なのかと思いましたが」
「殿下は通常であれば、思慮深い方ですから。ただ運命を感じたと仰る方に関してだけは、初恋を拗らせて勘働きで暴走して傍迷惑な粘着質というだけです」
「おい、アレクシス」
「確かに拗らせて暴走して粘着質のようですね」
「ソニア殿……、勘弁してくれ」
二人から容赦のなさすぎる評価を受けたエリアスは、うんざりした口調で呻いた。そこでソニアは冷静になり、微妙に話題を変える。
「そのユリアという方に魔術が関係しているか判別するのは構わないのですが、ラルグ子爵家が本当に関わっていた場合、どうなさるおつもりですか?」
彼女の問いに、ここでエリアスは薄く笑って答えた。
「実は、あの兄妹がアルテリアから戻る途中で、ちょっとした仕込みを済ませている。それでラルグ子爵家の内情は、筒抜け状態になっていてな。今回のこれは、あの兄妹が関わっていないのは明確だ。指示した者がいたら、臣下の誰かだな」
「だから逆に、誰が仕組んだのか不明なのですね」
(今となっては、どうとでも料理できるというわけね。後はタイミングを図るだけだったみたいだけど、それが早まっただけか。こっちとしても、今更止めるつもりはないけどね)
ここで心を決めたソニアは、了承して頷く。
「分かりました。自分達の私利私欲のために魔術を行使して人を騙そうと企んでいるのであれば、見て見ぬ振りもできません。城に出向いてみましょう」
「申し訳ない。よろしく頼む」
それからは淡々と話し合いを進め、翌日朝早くに迎えの馬車を寄越すことまで決めてエリアス達は去って行った。
二人を見送ったソニアは溜め息を吐いて立ち上がり、しばらくの間日課になっているように、壁に掛けてある鏡に魔力を注ぎ込みながら覗き込む。しかしそれはいつもと変わらず、微塵も反応しなかった。
「全く……、相変わらずどこをほっつき歩いているのやら。外見を変える幻視系の魔術だけでも厄介なのに、記憶を操作する魔術を行使できるならそれなりの魔術師の筈だから、相談に乗って欲しかったのに……」
ブツブツと愚痴を零したソニアだったが、すぐに意識を切り替えて鏡から手を放す。
「愚痴を言っても仕方がないわ。一応、抜かりなく準備はしておきましょう」
ここで彼女は若干顔つきを険しくしながら、奥の部屋に入って翌日の準備に取りかかった。




