(15)予想外のお触れ
「ご無沙汰しています、魔女殿。いつも通り、こちらをお持ちしました」
「マーデルさん。今日もこんなにたくさん、ありがとうございます」
定期的に訪れている地元の男が、小さな荷馬車に乗ってソニアの家にやって来た。荷台から次々に荷物を下ろして、家の中に運び込む。
「それでは、こちらのリストにある物をお願いできますか?」
「ええ。揃えますので、座ってお待ちください」
マーデルから渡されたリストの物を保管場所から取り出すため、ソニアは彼をテーブルで待たせて奥に向かった。少しして大きめの箱に彼が希望する品物を揃えたソニアは、それを両手で抱えて戻る。
「お待たせしました。内容を確認して貰えますか?」
「分かりました」
テーブルに箱を乗せて彼女も椅子に座ると、マーデルは立ち上がり、真剣な面持ちで確認し始めた。そして満足げに再び腰を下ろす。
「はい、大丈夫です。魔女様の薬は効果抜群なので、いつも助かってます。近くの町に持って行っても、評判が良いですし」
「それは嬉しいですね」
「そう言えば……、魔女様。お若い頃は銀髪でしたか?」
唐突な問いかけに、流石にソニアは面食らった。
「……いきなり何です?」
「いえ、それが……。この前、町に行った時、大公様の名前で変なお触れが出ていたんですよ。ええと……、『銀髪に紫色の瞳の娘は、リベルス大公の恩人である。城に名乗り出れば謝礼を進呈する。娘の情報を知らせた者にも同様である』だったかな?」
「え?」
聞き覚えのある内容に、ソニアは盛大に顔を引き攣らせた。しかし彼女の内心など知る由もないマーデルが、呑気な口調で続ける。
「魔女様は珍しい紫色の目をしているし、銀髪で五十年くらい若かったら良かったな~とか」
「……マーデルさん?」
いつもより若干低めの声で、ソニアが呼びかけた。それに含まれた危険な響きを察知したマーデルは、顔色を悪くしながら勢い良く立ち上がる。
「あ、いえ、変な事を言ってしまってすみません! それでは失礼します! お邪魔しました!」
マーデルが脱兎の勢いで逃げ帰った後、ソニアは拳を握り締めてテーブルを叩きつけた。
「何なの、今の話……。あの時、きっぱり諦めたと思っていたのに! 本当にしつこいわね!?」
あれだけしつこく言い聞かせたのに、まだ納得していなかったのかと、ソニアは苛立たしげに叫んだ。その時、壁に掛けてある鏡が警戒音を発する。
「あぁ!? 今日は立て続けに誰よっ!!」
腹立ち紛れに立ち上がったソニアは、鏡を覗き込んだ途端、怒りの声を上げる。
「こんな時に、のこのこと!」
エリアスとアレクシスの姿を認めた彼女は、一瞬問答無用で追い返してやろうかと考えたものの、何とか平常心を掻き集めて座ったまま二人を待ち受けた。
「魔女殿、失礼する」
「お邪魔します」
礼儀正しく挨拶しながら入室してきた彼らに対し、ソニアは座ったまま低い声で凄んでみせた。
「大公殿下……、アレクシス様……。いい加減、お二人を出禁にしてもよろしいですか? もう、よろしいですね!?」
そんな彼女の様子を眺めたエリアスは、軽く首を傾げてからテーブルまで歩いて椅子に座った。そして怪訝そうに問いを発する。
「……何やら今日はご機嫌斜めだな、ソニア殿」
「原因に思い当たる事はないと?」
「思い当たる節がないこともない」
「すみません! 私も周りも、いい加減止めてくださいと言ったんですよ! ですが、元王女という事情を公にしなければ構わない筈だと押し切られて!」
軽く眉根を寄せたソニアを見て、アレクシスが必死の面持ちで弁解してきた。そんな臣下の努力を無駄にするように、エリアスが淡々と問いを重ねる。
「何やら怒っているようだが、出禁にするかどうか確認を入れてくるとは、ソニア殿は律儀だな」
「一応、この国の支配者は大公殿下ですので、殿下の顔を立てて差し上げただけです」
「それはかたじけない」
「申し訳ありません! 決してふざけているわけではないのです! 殿下なりに、魔女殿に敬意を示しているだけですから、誤解のないようにお願いします!」
そこで怒りが振り切れたソニアは、先程と同様に力一杯テーブルを叩きながら相手を叱責した。
「今度はどんな問題が勃発したと言うのですか!? 大方、少し前から出されている、妙なお触れとやらの関係ではないのですか!? あの時、あれほど例の姫様に関しては忘れるようにとお伝えした筈ですが!?」
「ああ、例の件は、ソニア殿の耳にも入っていたか。それなら話が早い」
「私の話を聞いていただけますか!?」
「実は大公領全域に、銀髪と紫の目の娘に礼がしたいから名乗り出るように触れを出したら、この一月弱の間に四名が名乗り出てきた」
冷静な状況説明を聞いたソニアは、思わず怒りを忘れて率直な感想を述べた。
「あらまあ……、結構いらっしゃるものですね」
するとここで、アレクシスが疲労感満載の声音で口を挟んでくる。
「魔女殿。因みに四人の年齢は十四歳、二十二歳、二十六歳、三十歳です」
「ちょっとお待ちください。三名は明らかに年齢が異なりますよね?」
ソニアは思わず突っ込みを入れた。するとエリアスが説明を加える。
「二十二、または二十三歳と明記したら、サーフィア姫と結びつけて考える者が出ないとも限らない。だから、そこの所は敢えて明らかにしなかった。その三人は、私がどんな事を恩義に感じているか尋ねてみたが、当然答えられなかった」
それを聞いたソニアは、呆れ気味に告げる。
「恩人と公表しているなら、その内容を尋ねられるのは予測できると思うのですが。その辺りを考えなかったのでしょうか? ところで、二十二歳の方についてはどうだったのですか?」
「答えられなかった。なんでも、同行してきた育ての親の説明では、大怪我をして道で倒れて気を失っているところを助けたが、意識が戻った後、記憶を失っているのが判明したそうだ」
「それはまた……、いつ頃その方に引き取られたのですか?」
「十年前だ。勿論、当時の正確な年齢は不明だが、年は十二か十三ではないかと思っていたそうだ」
そこまで話を聞いたソニアは、怪訝な顔で疑問を呈した。
「年齢的には合っていますが、良く分からない話ですね。殿下の恩人かどうか分からないのに、その育ての親が連れてきたのですか?」
「もしかしたら引き取る前に、娘が大公殿下と関わりがあったのかも知れないと思い、身元が分かるきっかけになるかもしれないと判断したそうです」
「なるほど。一応、筋は通っていますね……」
(もう、どうでも良いわ。面倒だから、その人がサーフィア姫ってことにしておけば万々歳よね)
そんな事を投げやりに考えた彼女は、さりげなく話を纏めにかかる。
「それではやはりその方が、サーフィア姫なのではありませんか?」
「違う」
「そんな風に断言される根拠は?」
「勘だ。彼女からは何も感じない」
「……そうでございますか」
(本当に面倒くさい。突風を起こして、城まで飛ばしてやろうかしら?)
相手の頑なさに本気で苛つきながら、ソニアは殆ど義務感だけで言葉を返した。するとエリアスが、真顔で申し出てくる。
「それで、ソニア殿に相談なのだが」
「この話の流れで、どのような相談なのか皆目見当がつきませんが」
「その女だが、魔術で外見を変えていないかどうか確認して貰いたい」
「どういう事ですか?」
どう考えても面倒な事態としか思えない話に、ソニアは早くも疲労感を覚え始めた。




