(12)ろくでもない事実
「その後、帰国してから父に『サーフィア姫と婚約させて欲しい』と申し出た。勿論、姫とそういう事があったのは伏せたから、単に気に入ったという話をした。父が快諾して、内々にジェイコブ王に申し入れをしたら『姫がまだ五歳なので、十歳を過ぎたら考える』との返答でな。それで後日、改めて正式に申し入れることになったのだ」
そこまで聞いたソニアは、分かりきった内容をとぼけながら尋ねた。
「そうなると……、それが殿下が十五歳におなりの年で、もしかしたら……」
「もしかしなくてもジェイコブ王が急逝され、その葬儀を終えた直後に城の一角が不審火で炎上し、そこで生活していた側妃とその子ども達が全員焼死し、その半年後、我が国がこちらに侵攻した年だ」
(ちょっと、父さん! 水面下で私にそんな縁談があったなんて、一言も聞いていないんだけど!? あの外面イケメンの脳筋親父! 私に話すのをすっかり忘れていたとか、本気でぬかしたら息の根止めるわよ!?)
水面下で進められていた縁談を初めて耳にした彼女は、心の中で怒りの声を上げた。ひとしきり父親を罵倒した彼女は、ここでなんとか気持ちを落ち着かせて根本的な疑問を口にする。
「あの……、お話の途中なのは承知していますが、先程からどうしても気になる事があるのですが……」
「何かな?」
「殿下の父君と亡きジェイコブ王は、かなり友好的なお付き合いをされていたような口ぶりでした。それならどうして王のご逝去直後に、この国に侵攻するような暴挙に及ばれたのですか?」
その問いかけに、エリアスが真顔で頷く。
「その疑問は当然だ。私も後日知ったのだが、父がジェイコブ王から『自分が亡き後、後継者が君主に相応しくないと思われたら、侵攻してこの国を治めてくれ』という内容の親書を受け取っていた。加えてこの国の三公爵家から、当時『代替わりした王は愚鈍の極み。侵攻するなら一切抵抗しないのでどうぞご随意に』という内容の申し入れまであったのだ」
それを聞いたソニアは、本気で呆気に取られた。
「何ですか、それは……」
「現に、侵攻軍の総大将である叔父上に同行して私も出陣したのだが、アルテリアとの国境から王都に至るまでの領地、ティアード公爵領、レムス伯爵領、ジグレス子爵領、ほぼ無抵抗で通過した。公爵領では、糧食や馬まで提供して貰ったぞ。当初は『毒入りかもしれん』と警戒したがな」
「それで容易に占領ができたと……」
「さすがに先王の妃の実家や、その取り巻き達が兵を出したが、大した人数ではない上に連携がまったく取れていなくてな。ことごとく蹴散らした。呆気なさすぎて拍子抜けしたくらいだ」
「そのような事情だったとは、夢にも思いませんでした……」
(確かに、当時人伝に話を聞いても、あっさり占領されすぎじゃないかと思ったけど、まさかの侵攻依頼とか。あの親父、何してくれてんのよ……)
顔が引き攣りそうになるのを、ソニアは懸命に堪えた。そんな彼女の前で、エリアスが重々しい口調で続ける。
「ジェイコブ王が王太子の素質について、余程懸念していたらしい。しかし王自身、兄王子達や他の王族が事故や流行病で悉く早世して、予想外の即位をしたものだから、王家の血筋で後継者を決めるなら自分の息子しか存在しない状況だったからな。君主としては、苦渋の決断だったと思う」
真摯な面持ちで語ったエリアスだったが、実情を知っているソニアとしては思わず遠い目をしてしまった。
(てっきり王太子だった兄が即位すると思って、若い頃好き放題過ごしていたと聞いているものね。他に資格がある人間がいないから、有力な家の娘と結婚して仕方なく王座に就いて、統率力と容姿と気迫と人望はあったけど、やる気は皆無だったもの。本当に、側近の人達は頑張ったわよ)
嫌がる父親を押さえ込み宥め賺し尻を叩いて国政を回していた当時の側近達の苦労を思い、ソニアは思わず落涙しそうになった。そしてそれをぶち壊しにしてくれた、王妃一派の考えなさに嘆息する。
(あの人達が、父さんにやる気を出させるために身元が知れない母さんを容認して城に迎え入れたのに、王妃側が散々嫌がらせした挙げ句、弟が生まれたら本気で暗殺者を送り込むような真似をするから……。あれで父さんがぶち切れて、自分を死んだことにして全員出奔するとか、馬鹿な計画を立案しちゃうし。立案してから実行するまで一ヶ月足らず……。今思い返しても、疾風怒濤の日々だったわ)
当時を思い返して無言になった彼女に、エリアスが声をかけた。
「ソニア殿、どうかしたのか?」
「その……、予想外すぎるお話に、何と言ったら良いのか見当がつかなかったもので……」
「気持ちは分かる。だが占領後、今の話以上にとんでもない話を聞いた。叔父上と共に城に入って守備兵を全員武装解除した後、文官に尋ねたのだ。『火事でお亡くなりになったと聞いている、先代側妃とそのお子様方の墓参をしたいので、墓に案内して欲しい』とな。サーフィア姫に再会できなかったのは痛恨の極みだが、せめて花を手向けようと思ったのだ。そうしたら、どうなったと思う?」
「どう、とは……、城の者に案内して貰ったのでは?」
(あら? そう言えば、私達の墓ってどうなっているのかしら? 世間的には火事で焼死したことになっているのよね? さすがに墓を作っておかないと、対外的に怪しまれると思うのだけど……)
問われたソニアは、今の今まで失念していたことを思い出した。それで素直に尋ね返したのだが、エリアスの答えは予想外すぎるものだった。
「揃いも揃って狼狽えて、要領を得ない話をするのでな。何人か締め上げたら『墓は作っていない。側妃とそのお子様方は全員行方不明。生死も不明』とか、ふざけた事をほざく。どうしてそんな事態になると、軽く身体に聞いたら『あの馬鹿王が側妃殿を手籠めにしようとして、反撃されて鼻と顎の骨を砕かれた。その上、側妃が生活していた棟に放火して、子どもを連れて逃走した』とかあっさり吐いた」
(まさかの墓なし!? それに『身体に聞いた』って、まさか拷問!? いえ、それよりも何よりも『手籠め』って、『反撃』って、『骨を砕かれた』って、冗談止めて!!)
完全に思考停止に陥ったソニアは、両肘を付いて頭を抱えた。そのまま微動だにしない彼女に、エリアスが冷静に声をかける。
「ソニア殿、どうかしたのか?」
「あの……、今のお話は」
「事実だ」
「そうでございましょうね……。申し訳ありません。そのような人物が、ほんの短期間でもこの国の国王だったという事実に、頭痛と目眩と耳鳴りが……」
「気持ちは分かります、魔女殿」
項垂れたままの彼女を見て、ここでアレクシスが心底同情するように慰めの声をかけた。




