(13)とある推測
「当時、あの馬鹿は十五か十六。側妃殿は三十か三十一。『大人しく愛人になれば、子どもの命だけは助けてやる』と脅したというのだから恐れ入る。しかし反撃された上にシーツで全身を縛り上げられ、燃えさかる室内に放置されて焼け死ぬところだったらしいな。そのまま後腐れ無く死ねば良かったものを」
「そいつが夜這いに行ったのを把握していた部下が、突如そこが炎上したのを見て慌てて引きずり出したとか。対外的には『側妃と腹違いの弟妹を救出しようとしたが既に手遅れで、顔に酷い火傷を負った』と吹聴して、それ以降顔に包帯を巻いて隠していました」
「だからその後の戴冠式も、先王の喪中とか訳の分からん理由をつけて、極々内輪で済ませたそうだ。だが顔全体を包帯で隠している胡散臭い男など、誰が信用する?」
「いっそ本当に顔を焼くくらいの根性があれば、褒めてやっても良いのですがね。鼻が潰れて見栄えが悪くなったくらいで、顔を隠すとか。とっくに面子なんか潰れているのに、何を勘違いしているのやら」
辛辣極まりない主従の会話を聞きながら、ソニアは当時の状況を想像して溜め息を吐いた。
(もう何も言えない……。あの時、母さんが魔術で父さんを死んだように偽装してから、私達の部屋に隠れていたもの。絶対その場に居合わせて、父さんがあの馬鹿の鼻と顎を砕いたのに決まってる……。そして母さんが、自分がやったようにあいつの記憶を改竄したってことよね? あら?)
そこでソニアは、ある可能性に思い至った。
(そうなると……、私に殿下と会った記憶が皆無なのは、まさか母さんが私の記憶を改竄したとか? でも、そう考えると辻褄が合うわ。記憶が無くても、初対面ではないとの意識がなくても、結界魔術の条件に関与するのかどうかは不明だけど……)
思わず考え込んだ彼女に気がつかないまま、男二人の会話が続く。
「あの時、城内に軟禁していたあいつの所に直行して、蹴り殺せなかったのが悔やまれる。しかも厚かましくも『仕方が無いから、この国は譲ってやる。だから公爵位と領地はよこせ』とか、面と向かって言い放つ馬鹿だぞ。生かしておくなど無駄だ」
「勘弁してくださいよ。俺達四人がかりで殿下を拘束するまでに、あいつに蹴りを入れて肋骨をへし折ったじゃありませんか」
「そういう時は、黙って見て見ぬ振りをしろ。それが臣下の心得ではないのか?」
「臣下としては、無抵抗な捕虜を惨殺させるわけにはいかないんですよ。殿下が一回蹴りを入れるまでは遠慮したのですから、褒めていただきたいですね」
そのまま放置しているとどこまでも話が逸れていく気配を察したソニアは、控え目に声をかけた。
「あの……、アルテリアの侵攻後にまつわる事情は、良く分かりました。それで元国王とその周囲の者達をラルグ子爵領に押し込んだ後も、側妃やそのお子様方の行方は杳として知れなかったのですね?」
それで我に返った二人は、頷いて応じる。
「そういうことだ。本当は大々的に捜索したかったのだが、公には半年以上前に死亡したことになっている。真相を公表して探すにしても、事情が事情なので余計な憶測を呼ぶだろう。最悪、アルテリア側が旧王族の権威を失墜させるため、根も葉もない悪辣な噂を流したと判断される可能性もある。併合直後で政情が不安定でもあったので、統治を任された叔父から控えるように説得された」
「殿下がアルテリアに帰国した後も、先の大公殿下は内々に人を出して探してくれたのですが一向に消息は不明で。二年前に殿下が大公に任じられて赴任してからも、一応調べてはいたのですがね」
「そうでしたか……」
複雑に絡み合った事情を頭の中で整理したソニアは、ここで慎重に尋ねた。
「それで、殿下はどうしてサーフィア姫を探し出したいのですか?」
大真面目にそう問われたエリアスは、呆気に取られた表情になりながら答えた。
「あ、いや、どうしてって……。だから彼女は私の恩人だし、まずは改めて礼を言いたいのだが。それで、王女に戻すことは無理だが、本来の立場に相応しい立場と境遇を与え」
「果たして彼女が、それを心から望んでいるでしょうか?」
「どういう意味だ?」
話を遮られたエリアスが若干不機嫌そうに問い返したが、ソニアは真顔のまま話を続けた。
「もし生活に困窮しておられるなら元王女の身分を明らかにして、交流のあった貴族に援助を求めると思いますが。そうは思われませんか?」
「まあ……、それは確かに、そうかも知れないが……」
「これまで十年以上捜索しても全く消息が掴めないというのは、例え裕福ではなくとも、それなりに慎ましく安定した生活を送っておられるということではございませんか?」
「いや、そうは言っても」
「仮に、大公様が姫様を探し出して、元王女であるのを公にしたとします。すると一つ、看過できない問題が生じます」
「どんな問題だ?」
思わず真剣な面持ちになった彼に対し、ソニアは淡々とある事実を指摘する。
「元王女であるなら、元国王陛下と兄妹関係になるということですよね?」
「……そうだな」
この時点で、エリアスはうっすらとその問題が何かを察した。しかしソニアは容赦なく続ける。
「想像していただけますか? 下世話な言い方で誠に申し訳ありませんが、発情期の雌犬並みに男とみればとっかえひっかえしている阿婆擦れ女が、実は殿下の生き別れの姉君で、その女が『まあ、エリアス! すっかり立派になって嬉しいわ! 私のことをお姉様と呼んでくれて構わないわよ!』とか言い放ったら、殿下は素直に『お会いしたかったです、姉上!』と感動の再会を果たされるのでしょうか?」
「…………」
完全に反論を封じられたエリアスは、憮然とした表情になった。その隣でアレクシスが深い溜息を吐き、主君の代わりに答える。
「魔女殿。そんな事態になったら、感動どころか絶望しそうです……。それにサーフィア姫が厚遇されたら、絶対にあの馬鹿は『自分にもそうしろ』としゃしゃり出て、権利を主張しますよね」
「そういうことです」
今更、元王女としての厚遇など全く欲していないソニアとしては、ここでしっかりとエリアスを丸め込んで話を終わらせる気満々だった。




