第9話「OL達の会議後戦争!」
前回のあらすじ
『源氏物語』は紫式部の苦難がきっかけで生まれた。
10年間、周りと比べて自分をセルフで虐めていた。しかしそんな式部さんに訪れた恋のキューピット。でも、それも3年しか、効果ないという残酷な真実。
残酷な天使に、アンチテーゼを送りたい式部さん。でも、現実は式部さんの落ち込みなんてなんのその。メンタル病んでも、時代は止まらず。
もう一度、生きていくために。自分の感情をそこに置いていくために。『源氏物語』は生まれた。きっと本物になるために必要な才能は、感情の爆発なのかもしれない。
季節は巡り、曙が段々と早くなってきた春先。
式部さんが現世にいらしてから、2か月が経とうとしていました。時がたつのは非常に速い。あっという間にお婆さんになりそ。
2か月経った今、式部さんを養ってもそれなりに不自由なく暮らせるようになった。
式部さん自身も愚痴聞きのバイトで結構人気になり、ぼろ儲け。小説もかなり見てくれる人が増えて、収益化も近いとの話だ。何よりも、愚痴聞きは聞くだけじゃなく、思いっきりぶった斬ってくれるというサービスまでしてくれるそうだ。ほんまでっか?
そういう私は、平安商事の大型案件に悪戦苦闘。いや、案件というかバディに悪戦苦闘中だ。清水なこは噂通りのモンスターだ。
プロジェクトの資料作りはあの手この手で逃げまくり、市場調査も細かいところまではやらず、SNSの反応を真に受ける。極めつけは情報共有のための個人ミーティングすら美容院だの、飲み会だので逃げやがる。
これを課長に報告したら、「そこをなんとかやる気にさせるのが、君の仕事でしょ~」の1点張り。エコひいきどこか、環境破壊推進レベルぞ? それ。
なこの面倒を見れば見るほど、私の酒の量も増えていく。あぁ、これがアルコール中毒の悪循環か。ストップ! 駄目。アルコールってポスター、どっかに張ってないかな。
私の2か月は、なこという女に振り回される2か月だった。
そして、開戦の幕がついに上がる。
案件の情報共有のために開かれている定例ミーティング。プロジェクトの進捗状況について、会社に報告する会だ。これがかなり胃に穴があく。
その、定例会が終わった会議室で、清水なこと私は後片付けをしていた。
私がパソコンとプロジェクターの配線と悪戦苦闘をしていると、清水なこは鼻歌まじりで誇らしげに見下して話しかけてくる。
「せんぱーい? 見ましたよね。今日のプレゼン。大絶賛でしょ?」
「えー、あー、そだね」
季節の変わり目を感じさせる純白のブラウスに、チェックの膝元竹のフレアスカートに身に纏う清水奈子は、綺麗に仕上がった顔で私に自慢する。
めんどくさそうに私はあしらった。定期的に煽らないと気が済まない性格らしい。
「大郷課長も、『やっぱなこちゃんは戦略的な視点だねぇ』ってべた褒めでしたよね。それにしても、葵さんはなんですか? 小難しい話で。『葵さんが何言ってるのかまるで分らない』でしたっけ? いやー、私あんなこと言われたらきついですよー」
「まぁ、定例会じゃよくあるよ。社外じゃあんま言われたことないけど」
『何を言ってるのかまるで分らない』って言葉は、聞いてる側の理解が追い付いていない時に使われる自分の立場を下げない言い訳ランキングナンバーワンだ。
中年男性。それもゴマすりがうまいタイプが良く使う。これ役立つ知識よ。
私の返しに、なこは少し面白そうに言い返した。
「社外じゃ、ないんですねぇ~。葵さんも結局は運任せですね。営業成績いいのも結局運。葵さんのいちいち小難しいデータで説明されるよりも、はっきりとうまくいくって言えばいいじゃないですか? みんなが欲しがってるのは、『責任の有無』と『誰かが言ったって言い訳』なんですから。そこさえ、あげちゃえば、みんな乗ってくれます」
出た。インフルエンサー特有の根拠のない確信。これに踊らされる人が可哀想。
だが、仕事というのは確実性が大事だ。人間の心理で動く商談は危ない。
私はパソコンを鞄にしまうと淡々となこに告げた。
「はぁ、なこちゃん。ここではうまくいってるかもしれないけど、社外に出たらこうはいかないよ。大体、あのデータは他のメーカーでの数値を基にして算出した推移って補足しなかったでしょ? もし取引先の人から詳細を突っ込まれたら、どうするの? できますって話じゃすまないよ」
私が仕事について注意をすると、清水なこはだるそうに空を仰いで子馬鹿にしたように言い返す。
「出た出た。先輩っていっつもそうですよね。あれがダメ、ここがダメ。いちいち細かいんですよ。やっぱオタクって困るわー」
「あっ?」
真顔で清水なこを見る私。舌をちょこっと出して、両手を合わせる清水なこ。
ごめんじゃねぇだろ、おい。
「こっわ。会議やプレゼンに大事なのは主導権を握ること。刑部先輩のやり方は、結局そういう場で主導権握れないから、細かい準備とかしてるんでしょ? 堂々と明るく振舞えば『説得力』が生まれるんです。詳細なこと聞かれても、適当に数字まとめて言えばうまくいくんですよ」
「そんな雑で言いわけ? なんか起きたら責任取るのはなこちゃんだけじゃないんだよ」
「起きませんって。先輩はほんと、心配性で真面目だなぁ。こっちが疲れちゃう。もっと空気読んで、楽に生きていきましょうよ」
まじでなんだこのクソガキ……私の1個下か。ホント。
いや、ここで拳をあげたら良くない。耐えろ耐えろ耐えろ。
清水なこはとにかく持ち前の愛嬌と、堂々とした態度。そして、美容系インフルエンサーとしての美の努力で、なんでもかんでも上手いことまとまってしまうのだ。
第一印象は、7割どころか9割決まる。結局、最後は見た目だと、古事記にも書いておいてほしい。
「空気を読むのも大事なのかもしれないけど、その『空気』そのものが間違った方向に向いてたら、取り返しがつかないよ? 仕事は事実を元にして進めないと、いつかどこかで必ず破綻するからね?」
「はいはい、またお説教ですかー? もう、分かってますって! それにどうせプレゼンは私がやるんですから、先輩はこれからも私も『バックアップ』よろしくお願いしますね? 先輩はどうせ人前に出ても愛想良くないんですから。目立つのは私に任せて、先輩は『日陰』でこそこそと資料作りしていてください」
清水奈子は大げさに肩を竦めて、笑い飛ばした。私も言い返す力もなかった。
しばらくして、就業のチャイムが鳴る。
すると清水なこはスマホを手早く触ると、足早と歩き出す。
「じゃ、定時なので帰りまーす。先輩、後はお願いしますね♡」
そういって、扉を勢いよく開けて、会議室を後にした。
……なんか、どっと疲れた。
私はその後、片づけと資料の補強で2時間延長戦を繰り広げた。これが社会というものか。
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「あ~! くっそー! あのクソ女! 髪の毛、全部アルデンテにしてやろうか!」
私はローテーブルに、ハイボールの缶を叩きつけて、意味不明な事を連呼していた。
我が城・ワンルームマンションに刑部葵の悲痛な叫びが響き渡る。未来への、じゃなくて、絶望の中からの咆哮だよ。
ローテーブルに散らかるポテトやするめの残骸たちとハイボールの缶の山を冷めた表情で見つめる式部さん。私のパソコンの前で鎮座するのが、最近基本姿勢になってきていた。
「またー? 葵、なかなかに疎かにしておきなさいよ。このころ、お酒の進み方、やばいよ? 天皇のお子様が生まれた時に、道長様ご一行が酒乱パーティかましてた時よりひどいわよ」
「酒乱パーティ? 道長の野郎。そんなことしてたのかよ……くっそ~、平安貴族め~」
「あら、道長殿、ゆゆしきあだ事なり……。もうー」
式部さんは椅子から飛び降りると、床に散らばったハイボールの空缶を机の上に載せていく。なんというか、本当に女子力高い。おい、少し分けてくれよ。
どこか切なそうに私を見つめる式部さん。
「葵……ここ2か月。ずっと、その清水なこなる女の愚痴ばかりよ? お酒の量も、桁飛び越え始めてるし、感情のはけ口をお酒に求めるのはよくないわ」
「うぅ……式部さぁん。だってー、私、頑張ってんのに、煽られるっておかしくなぁい?」
「えぇ、えぇ、分かるわ。葵が心の蓋、随分と開けてくれるようにはなったけど、その器の中には、いとまがまがしく濁りが溜まっていたわ。普段から我慢しているのね。いっそ、葵も私と共に、世に背いて、世捨て人にでもなるか?」
「あぁ、世捨て人ぉぉ……なりてぇ……」
半分泣きの私。なれるものならなりたい。世捨て人。
でも、それができないんすよぉ。
私は式部さんの『人間賛歌は自己犠牲の賛歌』Tシャツに涙と鼻水をこすりつけるように、彼女に抱き着いた。
「うわぁん」
「あぁ、いと……いと……うし。それに、いと見苦しい面しちゃって……」
牛ってなんだ。見苦しいとは失礼な。
「牛じゃないわよ。めんどくさいってことよ。 葵。もう心の声、口に出てるからね」
「げっ、マジか。げにーな」
「げにぃ……じゃ、ないわよ。あっ、そういえば、葵。唐突に話変わるけど」
式部さんは、机の上にある何かを手に取った。なんだ?
なんだ、どころじゃなかった。その式部さんの手に取られたものを見た時、私は酔いと全身の血が一瞬で冷めた。
「まっ、まってなんでそれ……」
「今日、掃除したら出て来た。これ、葵の漫画でしょ?」
式部さんがニヤニヤしながら持っていたのは、A3サイズの紙がすっぽり入る程度の封筒だった。そこには『刑部葵 私の彼は、狼王子様』という世に恐ろしいポエミーな名前が記されている。
うっわー、やった。式部さん、お前もか。お前も私を裏切るのか。
私は思わず取り返そうと手を伸ばした。だが、式部さんに頭を押さえられて動けない。
「それは駄目! マジでダメ! そ、そんな、中学生の書いた痛々しいものをかの御高名な紫式部様に拝謁つかませるのは、マジでたたられる! 菅原道真に祟られる!」
「やっぱりねー! ベッドの下の奥底にげにいまいましそうに、置いてあったからもしやとは思ったけど……これが葵の漫画だったのね!」
「よ、読んじゃだめ! 読むな! 頼む! ほんと! 十二単、全部洗濯してあげるから!」
「この間、自分でしたからいいよ! というか、もう読んだし」
式部さんの冷静なツッコミに、私はフリーズする。
読んだ? はっ? いや、待って、いまなんて? 読んだ? 読んだ? 読んだの、これ? いや、まさか? いや、詠んだ? じゃない読んだ? えっ、読んじゃったの?
私、いつの間にか、式部さんに丸裸読まれたってこと?
「ぐぅぅぅぅぅぅ……ああああああああああ!」
「そ、そんなに狼狽えるものなの? 私だって書き始めた時の『源氏物語』を読ませるのは恥ずかしかったけど、そこまでじゃなかったわ」
それは式部さんの気持ちが、果てに達してるからですよ! 常人は恥ずかしいの!
私は思わず頭を抱えて、下を向いて、壊れた。
「よ、読まれた……式部さんにこの世のダークマターを読まれてしまった。へへっ、へっ、これから私は尊厳破壊されるんだぁ。あの紫式部に、この漫画げにみすぼらし。よくも、かかる塵芥にも劣れる草子を、私にみせしものよ。さながら家畜のクソを水に解きて、飲ませられたる心地ぞするって言われるんだぁ~。ははっ」
また意味不明なことを言う私。式部さんは畏怖と半分驚愕の顔で告げた。
「葵。アルコールを大量に入れると凄まじい才覚を発揮するのね。めっちゃ古語使えるやん。というか私の事なんだと思ってるの? 自分で自分の尊厳は破壊しないで」
「だって、その漫画ですよぉ? 私が筆折られた事件の奴ぅ」
「そうなのね。正直に言うと、ちゃんと面白かったよ? げにうつくし。げにーわ、葵」
「げ、にぃわ? へっ?」
すごい? なぜ?
私はふと不思議そうに聞き直した。
「別にげにーくはなくない? ぼろくそ、言われた奴だし」
タイトルにあるように、『私の彼は、狼王子』という刑部葵による漫画のストーリーは至極単純。イケメンだけど変わり者って言われている王子様的な男子を、純粋で曲がったことが大嫌いな女子高生の主人公が庇護欲全開でぐいぐい行く話だ。
ただ、このぐいぐい行くのが主人公なのがダメだったのではないかと自己分析している。10打って1しかリターンのないくじ引きをやらないのと同じ。読者は10撃てば10返るのを期待している。せめて、逆ならどうだったんだろう。
式部さんは封筒から漫画を取り出すと、パラパラとみていた。
「いやー、私もひどいのかなぁと半分期待で読んでみたんだけどねー」
「……」
私は白目を剥いて俯いた。なんでそこに期待するの、酷いわ。
「いや、意外と構成はしっかりしてるから驚いた。葵の家にある漫画と比べてもそこはトントンだと感じた。葵が本当に夢を死に物狂いで叶えようとしていた……それはいと、いと胸が張り裂けそうなほど分かった。多分、素人という目で見れば、これはよくできていると思う」
「……あ、ありがとうございます。なんか式部さんのそうやって言われると自信がちょっと戻ってきたかも。というか、分かるんだ。そういうの」
「まぁ、私ほどに人生の汚濁を全身に浴びてしまえば、こういう和歌とか小説だとか漢詩だとか、大体見れば、その人がどんな心理で書いたのかくらいは分かるわよ。創作物には良くも悪くも人が出るのよ。いい部分も悪い部分も」
「はぁえ、そうなんすねぇ……」
創作物見れば、大体どんな人間か分かるって一種の異能だな。それこそ、人間を色々見てきたことと、旦那とかの人生における経験値。自分が創作をしていることが見事にかみ合っての視点なんだろうな。
ただ、人生の汚濁を全身に浴びるってのは、怖い。呪いやん、それ。
経験はお金では買えない。まさにそれ。
なら。
「その漫画に映る私は、式部さんからはどう見えるの?」
思い切って質問を投げかける。すると、式部さんは顎に手を添えて。
「無」
「へっ?」
「無、ね。ただ、この漫画はこれでもそれなりには評価される」
「ど、どういうこと?」
『無』ってまぁまぁな問題なのでは?
「言葉で説明するよりは、実際に見てもらった方が早いわね」
そういうと式部さんは私の漫画を床に並べ始めた。そして、一枚一枚のページを丁寧にタブレットで撮影をし始めた。随分と奇妙奇天烈な黒漆の板を使いこなせてきている。
だが、この行動はいったいどういう?
「何が始まるんです?」
私は式部さんに聞いた。歴戦の勇士のような余裕の笑みを浮かべて式部さんは答えた。
「分からないの? アップすんの、これ」
「……待って。何考えてんだっ! また私と戦争がしたいのか! あんたはっ!」
ニヤニヤと笑みをこぼす式部さん。怒れる瞳の、私。
始まるのは第三次世界大戦ではなく、私の公開処刑だったみたいです。
第10話に続く。
式部さん豆知識
道長様のパーティとは『産養』のことである。日本における伝統的な文化の一つで、はじまりは平安時代から。平安時代では母子ともども、生きながらえるのが高難易度だったため、赤子が爆誕してから一定の日数、なおかつ奇数日ごとに親戚などを招いて母子とも健やかなる健康を祈って、祝宴を開いていたらしい。三夜、五夜、七夜となり、七夜は現代のお七夜として今でも残っている。なお、子供が生まれるイベントとしての『お宮参り』や『お食い初め』もこの文化の流れを組むものらしい。藤原道長が主催した中原彰子の産養では、そりゃあもう式部さんがめちゃくちゃぼろくそ日記に書きなぐるほど、豪勢に行われたそうな。お酒の入った道長にダルがらみされたことまで書かんでもよくない?




