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しるすにあたわず ー家帰ったら紫式部おったんやがー  作者: 木枯翔陽


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10/10

第10話「ゲー無みたいな漫画描いてるアマチュアな私はいったいどうすりゃいいですか?」

 刑部葵と清水なこは水と油。交じり合わない黒と黒。当然だけども仕事の方向性は相性最悪です。

ネゴシエーションは騙しのテクニックだと語るなこ。まぁ、気持ちはわかるし、実際インフルエンサーなのだから、説得力もダンチ。それに引き換え、私は苦労重ねるアナログ人間。

 世渡り上手なのは正直羨ましい。渡る世間は詐欺ばかりともいうしね。

 なこと向き合うたび増えていく酒とエナドリの量。おまけに式部さんは私の黒歴史をネットに投下するというさらなる嵐を巻き起こす。どうなっちまうだよ。私は。


 私は目のクマをこすりながら、小さなメモ紙で『最終プレゼンまであと7日』という紙が貼られたデスクトップパソコンと終わらない睨めっこをしていた。


 時刻は23時。こんな時間まで、さすがに社畜をする人間はおらず、『平安商事』のオフィスはすっかり暗闇に。外の同じ社畜たちもこの時間まで攻めているやつはおらず、外のビルたちの電気も一つ、また一つと消えていき、あれだけ明るい名古屋駅の真ん前も、眠りに着こうとしていました。


 ただ、私。この刑部葵は寝ることを許されませんでした。


 人気がまったくない暗闇のオフィスで、一か所だけ灯されたLEDの蛍光灯の洗礼を浴びながら、私と同じくらい寝る暇も惜しんで、フルドライブしているパソコンと対話している。

 というのも、あとあと報告会から清水なこのプレゼンスタイルを分析すると、あの女、画面に表示された資料を、ただ抑揚をつけて話しているだけだった。課長をなんと、あざとい素振りと綺麗に着飾った顔面偏差値だけでだまし切ったのだ。インフルエンサー怖すぎぃ。


 正直、成功体験を得た清水なこを言葉で説得するのは不可能。承認欲求を満たされたインフルエンサーは無敵の存在だ。水を得た魚。メタルキングの剣を装備した経験値に飢える勇者。雛子に鉄パイプ。正面から勝てるわけがない。


 そこで社会人たちは考えたのです。どうすればこの子達を利用して、自分たちの仕事を遂行するのか。―――それは、彼らの習性を利用し、外部の情報を操作すること。

 清水なこのような人々は、実は自己を保っているように見えながら、周囲の情報にすごく敏感だ。SNSをよく見るのは、それが一因。なので、プレゼンの内容を細かくして、言って欲しい情報を書いておく。

 そうすれば、あとは彼女が表示を見て話す習性を利用すれば、とりあえず伝えたいことは全て伝わるだろう。

 ……こういうところに頭脳が回るところは、ちょっと卑しいよな。


 机の上に散乱するエナジードリンクの空缶の残骸たちよ。よくぞここまで私を守ってくれた。感謝するぞい。この代償は明日に響く。間違えない。

 そして、明日は式部さんがご褒美を用意してくれた。漫画を投稿されてサイコキネシスで心を縛り付けられながら、ハイボールの大量摂取による胃もたれによって死の淵にいた私を見かねた平安の人は。


「人間が一番、幸福を感じる時っていつか分かる? 葵。それはね、他人のお金で高い焼肉を食べに行くことらしいよ! やっぱ、そうよね! 私もあの宮中でクソみたいな環境で働けたのは、小少将と宰相の君の無際限の愛と、あのくそや……道長殿が紙と硯をくれるからだもの!」


 式部さんって道長の事、嫌いとか言いながら、結構ネタにするから本当は好きだったのかもしれない。どんな関係なんだろう。


 まぁ、それはそれとして、式部さんは漫画投稿してからは、音沙汰はない。

 『無』って言ってたけど、何だろうね。無限の無かな。見てもらった方が分かると言ってたけど。

 ―――正直、プレゼンより、漫画の方がストレス。心のどこかで、私には漫画があるから大丈夫って思ってたんかなぁ……。ワンチャン、今ならって思うけど、そうじゃなかったら本当に私も縋るものがなくなっちまう。私もなんて脆い人間なんだ……?


 子供との関係がうまく行ってない特務機関のグラサンパパみたく手を組んでうなだれていると、頬に突如として氷の息吹を感じた。

 あぁ、ついに雪女が。だが、そこには普通のOLがつまようじを噛みながら私にエナジードリンクを差し出してきた。


「おつかれっす。葵さん」


 満面の笑みで、エナジードリンクの赤牛を差し出してくれたのは、後輩の伊勢谷真美だ。私の4個下の後輩で、24歳。あどけなさが残る表情と、ハーフアップした黒い髪。平均的なスタイルで、やっと一人前になった社会人という感じだが、こう見えて別の課では売り上げトップの業績を争うエリートだ。

 屈託のない笑顔と、素直な性格で、真っ当な実力者。正直、彼女に丸投げして私はやめてもいいかなって思うほどの人材だ。ありがたいことに私には結構なついてくれてる。

 ……ただ。


「つまようじ。ばっちいって」


「いやぁ、昼に食ったラーメンの白髪ねぎが奥歯にはさかって取れないんすよぉ! めっちゃ苛々する。マジでストレス」


「えぇ……せめて、洗面所でやってこない?」



 綺麗な顔しているのに、つまようじでよく歯に挟まっている食べかすを取っている。

 美しい並びの白い歯をむき出しにして、つまようじを真顔で操る伊勢谷さん。なんだろうな。残念な行動なんだけど、すごく仕事出来そうに見えるのはなぜ?

 私は伊勢谷さんから手渡されたエナジードリンクを力強く受け取ると、一気に開けて飲んだ。


「あぁ~! カフェインとアルギニン、そしてタウリンが巡る。さんくす」


「いえいえ。こんな時間まで残業? それともお得意の雑用を押し付けられたんですか?」


「まぁね。雑用というかモンスターに襲われたというか……」


「モンスター? モンスターって? あぁ、もしかして清水奈子? あちゃあ、それはご愁傷様っすね……まあ、どんまい」


「助けて……そのモンスターってうち以外でも有名なんだね」


 救命ボートから沈みゆくタイタニックを見るような憐れみの表情の伊勢谷さん。その顔は辞めてもらえませんか。『あっ、私、死ぬんだ』ってなぞの悟りを開いてしまう。まだ舞える。まだ。

 まだ海中で足掻こうと、パソコンと向き直した私。


「大郷課長がプレゼンをもって見やすくしろってね。これ以上どうすればいいのかね」


「どれどれ」


 伊勢谷さんは横からパソコンをのぞき込む。


「はぇ~、結構な案件だ。というか、もう結構詰めてますね。流通ルートは、前の取引でお世話になった商船会社を頼れたんですね」


「北部鉄鋼の営業部の人とは以前から別の案件で交流があったから。北部鉄鋼さんも、競合相手との差別化を考えていたし、商船の人もこのルートでの利益率があんまりよくなかったからって、今回の話には前向きには動いてくれたしね」


「だから、競合相手のデータ引っ張り出してきたんですね。相変わらず切れてますね。資料としても十分じゃないすか? いやぁ、葵さんがもし室長とか出世とかに興味を持っていたらって思うとぞっとするっすよ」


「まぁ、出来ることやってるだけだしね。ここで責任ある立場になったところでそんな変わらなさそうだし……」


 むしろ綺麗に『平安商事』に最適化された歯車になって、ベットマッチしちゃって、多分私の人生がスカイフォールの惨劇に苛まれることになりますね。

 私の人格も三つに分かれる。社畜ライダー葵トリニティフォームだよ。

 背伸びをする私。大方プレゼンも片付いてきた。せっかくだし、聞いてみよう。

 別の課のエースである伊勢谷さんに。


「伊勢谷さんから見て、なこちゃんってどう見える?」


「どうって?」


「ほら、出来そうなのかとか」


「あー」


 伊勢谷さんは横の椅子に思いっきり座りこんで、しばらく沈黙する。そんなに考える?

 すると。


「どうなんすかねぇ?」


「へ?」


「いや、多分努力はすごいしてんすよね。インフルエンサーらしいし、美容も気を使ってる。愛嬌もあるし、人気者だなぁってのは感じますね。まぁ、ただ」


「ただ?」


「努力はしてんるんすけど、これといってすごいってとこも薄くないですか」


「……あー、なるほど」


 伊勢谷さん、思いっきり言い切ったな。

 努力はしているが、これと言って褒められるところもない。本人は必死に美容に気を使ったりしているが、人前に出る時は結構私も気を使う。愛嬌とかも必死に振りまいてはいるが、私としては話す分は特に困るわけでもない。インフルエンサーとしての活動も、SNSという枠が外れた世界から見れば、ちっぽけだ。

 なこが努力だと思っていることは、見方を変えると案外普通のことだったりする。

 まるで努力をしていることを免罪符にしているような。社会という荒波に溺れそうな人が必死に海面に上がろうとしているとも思えるかも。


 私はふと、目を見開いた。そうか、『無』って。


「伊勢谷さん、ありがとう」


「えっ? あぁ、いいっすよ。葵さんも誰かを気にするなんて、そんなこともあるんすね。いつもはAIかよって思うくらい冷たい印象なのに」


「……えぇ~、私、今、伊勢谷さんに焼き肉ご馳走しようと思うくらい感謝あったけど、やっぱやめとことかな」


「いやぁ! 葵さんは、人間臭くって最高です! 本当に臭い! 臭すぎる!」


「……」


 焼肉は連れて行くから、臭すぎるは勘弁してもらえませんか?


 ●


 紫式部と焼肉する人間は、多分私が初めてかもしれない。


「おっし! じゃあ、葵! 1週間お疲れというか、もうその他もろもろお疲れということで乾杯」


「カンパイ。ありがとう、式部さん」


 私と式部さんはお互いにグラスを突き合わせる。

 完全個室の焼肉屋さん『牛庵』。和室のようなノスタルジックな部屋で、炭火焼の焼き肉が楽しめるという名駅のこじんまりとした焼き肉屋だ。個室には肉が焦げる香ばしい胃に対しての効果がありすぎる刺激臭と、心地の良いちょうどいい炭火の匂いが交じり合って、病んだ心に食欲をもたらしてくれる。


 式部さんの小説が現代で収益化を果たしたらしく、せっかくならいい焼肉屋ということでここらしい。メニュー見ると、ゼロの個数が多め。いつの間にこのようなお店を……。


 春先ということで、ちょっとフリルをあしらった薄手のブラウスを着る式部さん。自―由―を卒業して、ちょっとワンランク上がったみたい。

 慣れた手つきでトングを扱う。平安人、焼肉食うってよ。これ、歴史動いてね?


「今の人はいとをかしなことを考えるものね……まさか、肉を自分で焼いて食べるなんて。牛を余すところなく、食べる術にも驚きよ。肉が火を纏い、変化する場面すら食への欲求に昇華するなんて。あぁ、業が深い食べ物ね」


「焼肉を業って……というかいいの? ここまあまあな値段するけど? てか、お金ある?」


「ありますって。収益化を祝う場よ。ぱぁーと行きましょ! ぱぁーと! ……葵は人のお金で食べられるのだから、さらなる業を背負っているわね。いやぁ、葵ってば欲張り。それだけ業が深い焼肉は、もう普通じゃないよ。死ぬほどうまいに決まってるわ」


「感謝してますって。……というか、人のお金で食べる焼肉が旨いとかいう歪んだ考えをどこで覚えたの?」


「愚痴を聞いた人が言ってたの。人の金で食う焼肉は美味しいって。なら、仕事でハイボール地獄にはまった葵には、一番美味しい焼肉を味わってほしいわ」


「なんて歪んだ認知を式部さんに……その考えは千年前に持って帰らないでよ?」


「焼肉ないから忘れるよ。……天井に消えゆく白煙。あぁ、なんか沸きそう」


「煙見て、インスピレーション沸く? 普通」


 紫式部ほどになれば、天井の排気口に消える焼肉の煙から和歌の一個でも思いつくのか。


 式部さんはトングでハラミをひっくり返していく。テーブルに敷き詰められた真紅の宝石のようなお肉は式部さんセレクトのお肉たち。目をキラキラさせて、肉を育成する式部さん。平安の天才、焼肉にご執心。焼肉にここまで楽しそうだと、不思議と私も楽しくなる。


 私はテーブルのレモンサワーを飲む。ハイボールの苦さとはまた別。全てを洗い流してくれそうな爽やかさと酸味。たまには気分を変えるのもいいね。

 そういえば。私はふと切り出した。


「そ、そういえば漫画はどうなりました?」


「えっ、あぁ、そうね。『無』って意味わかった?」


「まぁ、朧気だけどなんとなく」


「言ってみて」


 式部さんはトングを止めて、じっと見返してくる。その目はまるで教師のような、慈愛に満ちていながらどこか試している感じだった。


「私の漫画は、『人が見たいものを体裁よく見せている』だけってこと?」


「……おおよそ正解というべきかな」


 式部さんは鞄からタブレットを取り出すと、投稿サイトのデータ解析画面を見せてきた。

 そこには私の漫画が投稿されていた。そして、それを見た人数の情報も書かれていた。

 一週間でおおよそ500PVはされている。


「これはどうなの?」


「まぁ、見られているという点においてはまずまず。ただ、誰も目立った反応はしていないでしょ? それは葵の漫画に特に読み手の感情を揺さぶる部分が無かったという裏返しにもなる。まぁ、純粋にコメントをしないって人もいるから分からないけど」


「そっかぁ……」


「でも読まれるってことはちゃんと面白いのよ。ただ、読まれるなら、読者の意志に作者が迎合する必要はないと私は思うの。この時に書かれた漫画は、きっと葵が感情を隠していたから、『無』になった。この時、何を思ってた?」


「社会に出たくないから、死んでも漫画家になりたかった。それが一番かな」


「そう、それは人としての純粋な弱さ。何も憂いに思うことはない。でもこの葵の漫画にそれが映っているとは思えない。むしろそれを隠すために、必死に明るい言葉を並べている。『こういう言葉を並べれば、読者は読む』ってそう言ってるみたい」


「……うぐっ」


 私は顔を覆う。式部さん、私の心に槍をぶっ刺してくる。


「物語は読者が読みたいものを書く作業じゃない。自分が読んでほしいと、知ってほしいと思うものをいかにして面白く読んでもらえるかの芸術なのよ」


「読みたいものを書くのではなく、自分の書きたいことをいかに読んでもらうか……」


 驚いた。私はまるで暗闇の奥に小さな光を見つけたような感覚だ。

 こういう社会だからこそ、忘れがちな基礎基本。自分の書きたいものを書く。

 多くの才能との比較や、迫りくる社会への不安で、いつの間にか持っていたはずなのに、消えてしまっていた視点。どうして忘れてたんだろう。

 私は大きく一つため息をした。式部さんは続けていく。


「私の『源氏物語』は平安時代では、結構尖っているのよ? 竹取物語とかの幻想が空想を題材にした作品の主流だったから。でも、それでも平安の執着や業を書きたかった。ただ目を引くためにあの華やかさや光る君を利用した。それが『源氏物語』なの。所詮、体裁や技術なんて一言でいえば『私の感情をぶつけるための手段』でしかないの」


 聞いてるとかなり身も蓋もない話だとは思う。でも、今では空虚でどこか物足りない作品もある。不思議と私は口に出した。いえ、出たというべきかな。


「それはただしいって思う……」


「……まぁ、創作に正しいなんてないわ。だけど、一つだけ明確なものはある。作品に命を宿すのは作者自身の感情、そして思考だということ。いい作品を作るのに一番楽な道のりは感情の爆発よ。葵は書きたいもの、ある?」


「……」


「あ、葵?」


「えっ、あっ、ごめん。思いつかなくて」


 書きたいもの、ある? こんな単純な質問にすら答えられないなんて。

 現代は感情をコントロールできないのは未熟者だという考えがある。それ故に、私、現代の人間たちは感情を徹底的に押し殺して生きていた。

 でも、それは人が取るにはあまりにも危険な選択だ。なぜなら、その感情を押し殺すということ慣れ過ぎてしまい、爆発させる方法すら見失ってしまったからだ。

 将来への不安、世間体の評価、SNSに満ち溢れる他人の幸福。あまりにも感情を揺さぶられるものが多すぎて、守ることに必死だから。

 私は震える声で答えた。


「ピンとこないね……難しいや」


「そう?」


 式部さんはいい感じに焼けたハラミを自分の小皿に乗せると、美味しそうに大きな口を開けて食べた。


「はむっ! ……うんっめ! いとうめーな。この肉!」


「は、はい!? いとうめーなってこの流れで言う?」


「難しく考えすぎ。感情なんてすぐ沸くよ。このハラミ、今食ったら絶対旨いなって思うように。このハラミが旨いと感じるように。それも人間の機微ってやつだよ」


「そ、そんな単純な……」


 野生動物の思考だろ。それは。急にジャングルの王者にならないでくれ。

 唖然とする私。すると式部さんはさらにとんでもないことをかましてきた。

 あつあつのトングを私の右手に押し当ててきやがった。この平安人。右手に広がる表面が焼けるような鋭い痛みに思わず、声を荒げた。


「あっつ! 何晒すんじゃ! この平安陰険ラノベ作家がっ!」


 私は感情の赴くままに怒号を式部さんに浴びせた。個室の壁が震えあがるような大声に、余裕ぶっていた式部さんも眉をぴくぴさせて言い返す。


「一言どころか百の言葉くらい多いけど、それ、感情の爆発です」


「……あ」


「平安陰険ラノベ作家って……平安の宮中で、それなりに評価されたこの私に対して、はぁ……でもこのトングで味わった痛み、そして私に対しての怒り。そしてその排泄された汚物を葵の口に優しく流し込みたくなるような私に対しての罵詈雑言。それ、自分の思った感情、そのまま吐き出しただけでしょ? 誰の目も考えず。その吐き出された感情が、あなたにしか書けない作品を生み出すのよ」


 私は熱帯びて赤くなった右手をさすりながら、式部さんを見つめた。

 排泄された汚物を流し込まれるのは勘弁してほしいけど、でも式部さんが語ったことはきっと、漫画を描く上でとても大事なことなんだろうな。

 自分の中にある感情。今まで埋もれていた物が、見つかったような感覚だ。

 式部さんは小さな壺の中からカルビを取り出して、網に乗せていく。


「葵は蓋を開けると、まるで研いだ包丁のように鋭い悪口も言えるなんて、ますます世捨て人にしたくなったわー」


「えぇ……でも、そっか、この右手のやけどが……」


「やけどは違うからね。あとごめんね。でも、葵が本当に爆発させたい感情は別にあるかなって思うよ」


「……どういうこと? なんか含みがある言い方だなぁ」


「そうやって人の言葉の裏を読もうするなんて、もっと素直に生きるべきよ。式部さんのお金で焼肉食べれて、感謝感激雨アラモードってね」


「めっちゃどでけぇブーメラン投げてきやがって……でも、ありがとう」


「いいえ。早く食べましょ! お肉が焦げちゃうわ!」


 再びキラキラした目で焼肉と向き合う式部さん。本当にすごいのか、すごくないのか、分からない人だ。でも、このカオスぶりが、『源氏物語』を生み出したきっかけなのかも。

 そして、私が今までの『社会の部品』を辞めて、『本物の漫画』を描くために遣わした最強の家庭教師だったりして―――。


 感情の爆発。それがいつ起こるかは分からない。だけど、着実にその爆弾は膨らんでいる。


 ―――そして、7日後。

 商談成立をかけた最終プレゼンが始まる。そして、モンスターとの対峙。

 私の運命を大きく変える『爆発』が始まる。


 第11話へ続く。


式部さん豆知識


紫式部と藤原道長は深い関係であったらしい。宮中の要職を一族での独占を考えていた道長にとって、紫式部はまさにリーサルウェポン。最終兵器だった。定子サロンは華やかなで大きな影響力を持っており、天皇も釘付け。その天皇の興味を娘・章子へと向けるために、紫式部を家庭教師に据えて、圧倒的な教養をつけようとしていた。また『源氏物語』を餌にして、いろんな人の注目を集めるのも目的だったらしい。ちなみに道長も天才。唯一同じ次元で分かり合えるのが、紫式部だけだったらしいようで、『紫式部日記』では道長が紫式部をいじり倒す記録が残っている。その中で道長が紫式部を「恋愛大好き人間」と言っていたり、「化粧したら全然可愛くね?」と言ってたりしてます。というかこの辺は、この枠では書ききれないんで、どっかで小説にします。

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