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しるすにあたわず ー家帰ったら紫式部おったんやがー  作者: 木枯翔陽


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7/11

第7話「夢と人間臭さの合間で その1」

 前回のあらすじ

 夕子との約束である飲み会に行った私と式部さん。

 なんと式部さんは結婚してました。おまけに子持ち。そんな状態でこの現代にやってくるって相当な根性。根深すぎるでしょ。

 平安の結婚事情は現代とはかなり違って、これにはリアル結婚している夕子も驚きを隠せない。でもそのアブノーマルな事情は、夕子が式部さんの正体を知るには十分すぎたよ。

 とはいえ、バレたことが意外にも式部さんをよく知るきっかけになったり?


 宴もたけなわ大団円を迎えた中、私と夕子、式部さんは夜風に当たって酔いを冷ましていた。

 冬の鋭く肌に刺さるような寒さも、周りの賑やかハイテンションな騒ぎ声と、体に広がるアルコールのあったかさで意外と感じない。

 お母さんである夕子は、早いところ帰らないとお子さんたちが泣きわめいてしまうらしい。そのため、『阿国田食堂』の一次会で撤収となりました。


 現在は名駅の桜通り口のロータリー前で、夕子のお迎えを待っている状況。旦那が迎えに来るそうだ。

 ただそこでは世にも奇妙な光景が巻き起こっていた。私はそれを見て、タモさんみたく真顔でただ眺めている。


「ありがとう! 式部ちゃん! 愚痴聞いてくれて! なんか式部ちゃんの話を聞いてたら、なんか頑張ろうって気になったわ……」


「またいつでも呼んでくれていいよ。夕子。いや、宰相の君……」


 人の目を憚らず思いっきり抱擁し合う夕子と式部さん。親友と現代に逃げて来た平安人が抱き合っている。……どういうことだ? これは。宰相の君とは誰?

 夕子と式部さんは結婚生活や子育ての話でかなり意気投合していた。最終的には夕子がどうすればうまくいくのか、かの紫式部にお伺いを立てていた。

 聞く相手違う気がするけど。夕子はそれでもなんだか聞いてくれただけ嬉しかったようだ。

 ……なんだか、疎外感。仲介したのに、初対面の人同士が盛り上がると、なんとも言えない気持ちになる。

 なんか二人で盛り上がって非常に複雑だ。いや、いいんですけど。どうせ結婚もしてないですし、平安の世からきたわけでもないし。別に寂しいだなんて思ってないんだからね。

 すると式部さん。私の邪な視線に気づいたのか、ニヤニヤと夕子に話しかける。


「見て。夕子。あそこにいる葵を。あんなに寂しそうな顔をしているわ」


「うん? あれれ。まったく仕方ないねー。葵は」


 すると2人は離れて、私に手をわしわししながら近づいていく。えっ、何? 怖い。

 私が目を泳がせていると、夕子と式部さんはサンドイッチするように抱き着いてきた。


「よしよし、葵。葵をひとりぼっちにするわけないじゃん」


「葵。いとかわゆし」


 夕子に頭を撫でられ、式部さんにはお腹を顔ですりすりされている。

 くっそ、なんだ。こいつら。人の事を弄びやがって……くっそ、ちょっと嬉しいの、認めたくない。

 私は顔を真っ赤にして、夕子と式部さんを引き剥がす。


「やめてもらっていいですか。公然わいせつ罪です」


 いたずらっぽく夕子は笑みを浮かべる。


「あーん? 本当は嬉しいんでしょう? 葵は素直じゃないね! とはいえ、まさかリアル紫式部とお酒を酌み交わす日が来るとはねぇ。人生何が起こるか分からないわー」


「信じるんだね。夕子。さすがの適応力だわ」


「まぁ、認知していないいとこと言われるよりは、『時渡り』とかいうすごい術で現代に逃げ込んできた紫式部って方が、まだしっくりくるかな……。というか葵の性格で、親族をこの場に呼ぶとは考え辛いやん?」


「ぐっ! すごいな。夕子」


 15年来のベストフレンドなだけあって、よくわかっていらっしゃる。

 夕子は腕を組んで、続けた。腕を組んでいる立ち姿は、張りのある胸部と顔のビジュアルと相まってかなり様になる。


「しかし紫式部って実際はこんななんだと思うと、人様には見せられないよねー。たっくんが読んでる『歴史の偉人』の紫式部と比べるとかなり違うね。こうなんかもっと『あぁ、今日はどんな物語がまっているのかしら』とかお姫様みたいなこと言ってるのに」


「あぁ、まぁ、確かに。ここまで欲望に忠実な感じだとね……どうなの、式部さん?」


「誰それ。多分同性の別人だよ。そんな浮雲みたいな性格してないよ、私」


「えぇ……」


 身も蓋も無いな。小学生向けなんだからしょうがないだろ。

 式部さんは呆れたように頬を掻いて答えた。


「『源氏物語』で〝人間〟を書いてるんだよ? そんな〝人間〟を書いている私達が、一番人間臭くなくてどうすんのよ? そんな崇高な気持ち掲げて書いてないって」


 身も蓋もねぇこと、パート2。ごきげんようじゃないんだから。

 でも、大事なことのような気がする。

 人間とは良くも悪くも、いろんな奴がいる。清水なこみたいなのもいれば、夕子みたいなやつもいる。その全員のタイプを書き分けるんだから、清廉潔白とはいかないか。

 私は少し驚いた。


「人間臭いか……式部さんからその言葉を聞くとは」


「綺麗な所だけが人間じゃないよ。醜さもまた人間の一部なんだから。なんなら私もどちらかと言えば、げに見すぼらしい心を忍ばせているというもの」


「……綺麗な方でいて」


 キラキラの紫式部でいて。君だけは変わらないでいてくれ。皆のためにも。

 何を思ったのか夕子は、式部さんの頭を撫でた。


「……もしかしたら紫式部は華やかな生き方をしていたわけじゃなくて、苦労人だったのかもしれないねー。葵と同じでえらいぞー。よしよししてやろう」


「おっほ、面のいい女方に頭撫でられている。平安が恋しくなるわね。夕子。あなたは本当に宰相の君に似ているわ。あのお方もこんな風に撫でてくださった」


 式部さんは心地よさそうだった。我が親友ながらあの紫式部の頭をなでるとは大した強心臓。強い母になるよ、夕子。

 すると、私達の前にミニバンがハザードを付けて止まる。どうやら夕子のお迎えが来たようだ。こういうところを見ると夫婦仲はそれほど悪くなさそう。


「あっ、来た。じゃあ、またね。葵、式部ちゃん」


「さらば、夕子。また巡り合う時を心待ちにしているわ」


「また、こっち来たら連絡してよ。夕子。今日はありがとう」


 車のドアを開けて、乗り込もうとした夕子。すると。


「葵。ちょっと安心した」


「えっ?」


「あんたが1人じゃないってことに。きっと紫式部との生活はほんの一時の奇跡なのかもしれないけど、1人のあんたはどっか消えてしまいそうな感じがずっとしていたから」


「あー」


 すごく心配してくれたのか、夕子。私は言葉を詰まらせた。

 でも、大丈夫だろう。


「まぁ、式部さんがいる内は、消えないから大丈夫だよ」


「ははっ! そっか! 葵! 早く仕事辞めて、世捨て人なってよ! あんたが夢叶えるの、楽しみしてんだから! あばよ!」


 慎吾か。夕子は車に勢いよく乗ると、手を振っていた。

 友達に世捨て人になれって。段ボール限界OLになればいいのだろうか。

 車が走り去っていくと、式部さんはふと怪訝な表情を浮かべていた。


「やはり、か」


「何が?」


 この状況で何がやはりなんだろうか。すると式部さんは私の目を見て、すっと訪ねた。


「葵、やっぱりあなた何か隠しているでしょう?」


「えっ?」


 私は思わず後ろに下がった。何を急に言い出してんだ。この人。

 隠し事など、何もしていないと思われるが、まさか。


「な、なにが? 私、隠し事してない。清廉、潔白、この目を見て」


「目を見て心のうちまで分かるんなら、私はこっちにきとらんて」


 身も蓋も無いこと、パート3。デロリアン出てくる映画とならんだぞ、おい。

 式部さんはニヤニヤと何か確信したような言い方をする。


「私、あなたに結婚してたって秘め事を言ったじゃない? なら、葵もちゃんと話すのが筋だと思うの。まさか聞いていないと思ってたんでしょうね」


「な、何の事?」


 たじろぐ私。すると式部さん、息を深く吸ってはいた。そして聞きたくないフレーズを一つはいた。


「『時代があたしの少女漫画を求める』だっけ?」


「うわぁぁぁ!」


 勢いよく耳を塞いでしゃがむ私。きっつ! たぶんいきなり空からロンギヌスの槍を胸にぶっ刺される痛みってこんな感じなんだ。絶対。

 若き日の私よ。いくら夕子だけしか言わないからってそんな痛いこと言うな。夕子はこういうのずっと言い続けるタイプだ。完全に墓穴を掘った。

 私は戦慄に塗れた顔で、式部さんを見る。その顔は、赤い眼光に、黒い影。悪魔に見えた。


「二日酔いで聞こえてないって思ってたのに……聞こえていたの?」


「この時代の教科書や私を題材にした漫画を恨むことね。私の特技に『人間観察』と『地獄耳』を書いておかないなんて。作家たるもの、聞き耳は必要な術だよ」


 特技・地獄耳は怖すぎるだろ。したたかというか、もう怖い。ただ怖い。怖すぎるよ。

 私は観念して、肩を落とした。これは私の落ち度。どこか式部さんを甘く見てました。


「……そうですよ。私もあなたと同じようなことをしたいと思っていました。創作」


「そう、やはりね。葵、あなたは蓋を開けたら本当に面白そうな人。私の好奇心があなたという人間を知りたがっている。教えて、葵。今宵はまだ更けたばかりよ」


「はあ、分かった……内緒にしてよ。これは夕子にも話してないから。私が筆を折って、夢を諦めて、借金生活を選んだ『あの事件』。」


「待って、密度濃いめ? ちょっとコンビニよりましょ! お酒が足りないわ」


「えぇ……」


 コンビニへとかけていく式部さんを遠目で眺めながら、私ものそりのそりついていく。

 まだ飲むんかいな。


 平安のバリバリキャリアウーマン・紫式部。そしてただの限界バリバリキャリアウーマン・刑部葵。

 そんな二人にも共通点がありました。お互い、創作をしていたということ。

 ただ方や小説を書き続けて、伝説となった人。方や有象無象の競争に負け、筆を折り、夢を諦めて、借金生活を選んだ落ちた人。なんですけども。


 でも、紫式部ってなんで『源氏物語』書こうって思ったんだろうね。

 ちょっとだけ式部さんの事、知ってみたいなんて―――思ってみたりして


 第8話に続く。


式部さん豆知識


宰相の君。本名は藤原豊子ふじわらのとよこ。藤原彰子に仕えたキャリアーウーマンで、紫式部とは同サロンにて活躍。大納言の嫁さんな上に、皇族方の乳母も務めた由緒ある人物。紫式部の数少ない宮中での理解者であり、友人の一人。そして何よりもルックスが神で、紫式部が度々褒めちぎっている。『紫式部日記』では硯を枕にして、着物からおでこをちょこんと出している彼女の寝姿をみた式部さんが「絵物語のプリンセスかよ、尊い」と声をかけた話がある。

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