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しるすにあたわず ー家帰ったら紫式部おったんやがー  作者: 木枯翔陽


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4/11

第4話「お金を稼ぐ、たった一つの方法」


前回のあらすじ


紫式部の日用品を買いに、「エイオンノリタケ」へ。

なんと紫式部。帰れるらしい。ただやるには、本人の同意が必要。

しかしその本人は平安の世で板挟み八方塞がりのバリキャリ。頼みの綱の『源氏物語』は行き止まり。そして本人は、『帰りたくねー』の1点張り。

でも本人は紫式部。『源氏物語』を楽しみにしている人は平安の世にもいるみたい。そこは気がかりらしくて。なら『源氏物語』教えてあげれば帰ってくれる?

「これを読めば、『源氏物語』の続きが……書ける」


 式部さん。『ながめせしまに』の本の背を指でなぞる。ちょっと気になるらしい。


「まぁ、仮定ではあるけれど」


 正直もっと早くこの手を思いつくべきだった。そうだよ。『源氏物語』は最古の小説。恋愛ラノベとは言っちゃいるが、現代では血眼になって研究しまくられているタイムトラベリングロングセラー。未だに焼きまわしされるほどの名作だ。

 なら、当然それをメインにして、書いている作家もたくさんいらっしゃる。『ながめせしまに』は光源氏を主人公と言うよりは、その関係を持った一人の視点から描かれているから、ちょっと違うかもだけど。だとしても話の整合性はかなり取れていて、入念に調べられている作品だ。

 スランプは言ってしまえば答えがない状態。なら明確な回答をあげられれば。

 『源氏物語』をモチーフにした作品で、紫式部のスランプを拭って、あげられれば。

 私は本を手に取ろうとすると、式部は止めた。


「待った」


「うん?」


「葵、それは違うよ」


「なんで? 『源氏物語』だよ? あなたが書いたものなんだよ?」


 正直、生みの親が『源氏物語』のモチーフを見るのは悪くないんじゃ。

 すると、式部は困り顔で微笑む。


「それはもう『私』の源氏物語じゃない。別の作品だよ」


 式部の顔は、おちゃらけた感じはない。一人の小説家としての顔だった。

 ここまでの感じとは全く別人。同一人物か。これ。

 でも、言ってることはなんとなく分かる気がする。


「……自分で考えていないお話じゃ、それは本当の意味で行き詰まりが解消されたことじゃないってことか」


「えも言われぬ理解。このうえなく嬉しく思うよ、葵。まさに天上の気分。それに私自身こそ、『源氏物語』の一番の読者。結末を知ってしまうのは、普通にヤダ」


 式部は胸に手を当て、ミュージカルでもやってるんかって感じの言い方をする。

 めちゃ恥ずかしい。私は目を逸らして、話をする。


「式部はちゃんと自分で考えたお話じゃないと納得しないってことね」


「『源氏物語』は私のもう一人の子供。子供にまつわる苦しみは親の物。確かにこの物語は手間がかかるし、行き詰ると八つ当たりしたいと思う。だけどこの苦労が報われた一時は、何物にも代えがたし喜びが満ち溢れるんだよ。葵にもこの感情を理解してほしい」


 さすがにですよ、紫式部さん。あなたのたどり着いたその領域は、常人が入れる場所じゃないです。でも、やはりこの人は紫式部なんだな。ちょっとかっこいいな。

 なんというか、『源氏物語』に命を込めてると言うか、それが自分だというような。

 でも、なんだか込み上げてくる気持ちはある。


「かっこいいのは分かった。まさかストゼロ決めて、今日の朝、蛙のような開脚で色男の寝言を言っていた人は、本当に紫式部だとはね」


「葵。それは2人だけの秘め事にして。私にもそれなり誇りはあります」


 何を言っておるか。

 なんか少し意地悪したくなってきたな。少し式部の事が分かってきたからかもしれない。

 私は『ながめせしまに』を一冊取ろうとする。すると式部は腕を思いっきり掴んできた。


「待って。葵。聞いてた? さっきの話」


「式部さんが買わないなら、私が買おうかなって」


「ねぇ、どうしても帰らせたいの? 2人でバリキャリして、お酒を呑んだ仲でしょ? もう少し真心というか、気持ちはないの?」


「79411円は重い」


「頑張って返すから。それに、ここで私が帰ったら葵もまた寂しくなるかもよ? 男居ないんでしょ? 私が代わりしてあげるから。葵に『おかえり』って言ってあげる」


 ぐっ、こいつ。人が気にして、無意識に目を逸らしている事実を容赦なく言いやがって。

 私は顔を赤くして、苦悶の表情でため息を漏らす。


「まったく……どうしても帰りたくないのね……でも、絶対にいつかは帰るようにね。あなたの時代は、平安の世なんだから。やり残してること、たくさんあるでしょ」


「……まぁ、そうですね。ちょっと休んだら帰るから、今は許して」


「はいはい、でもなんか違和感ある。なんかもっと紫式部って『源氏物語』に対して執念じみたものを持ってるんじゃないかと思ってたけど、意外としおらしいんだね」


 もっと狂気のようなものを抱いているかと思っていたが。すると式部さん、何か悟り切った顔で見つめ返す。その顔には、何か取り付いてそうな感じが半端なかった。


「さすがね、葵。あなたが平安の世にいてくれれば、と思ってしまうほどに」


「へっ?」


「そうよ。私が書いた『源氏物語』以外は『源氏物語』じゃない。『源氏物語』だなんて絶対に認めない!」


「あー……」


 ちゃんと紫式部でした。『源氏物語』に対しての執念、確かにありました。

 


 ひとまず式部さんが私の家で長期休暇を取れるほどの日用品は買い入れることが出来た。とはいえ、気が付けばもう夜の6時。

 あの本屋でのひと悶着があった後、かの式部さんはなんと小説コーナーを大物色。


「この時代はこんなに小説が……うふふ、血がたぎる……うふふ」


 よだれを垂らしながら、目に映る小説を読み漁っては、置いて、読み漁る。

 1000年経てば、小説の文化もかなり変化している。実話を基づくものもあれば、フルフィクションもある。そして今の流行である異世界系や悪役令嬢ものも。

 意外と式部さん、自分が冷遇された環境にいたせいか、異世界転生は結構楽しそうだった。

 あと意外と悪役令嬢との親和性も高くてびっくりした。式部さんは意外と黒いのかも。

 私は、そこから動かなくなった式部さんをひとまず放置して、本屋の中にあるベンチでノートパソコンを使って商談の資料作りだの、報告書作りをやりまくった。

 

 なんだろうな。この感情は。言葉にできない。同じバリキャリだというのに。


 お腹がすき始めたころ、式部さんもお腹が空いたようで、私の下へとやってきた。

 両手には花ではなく、山積みの本。どうやらまだ読み足りない模様。昔小説のラノベでいた文学少女みたく、本でも食べてなと言いたいところでもあったが、ひとまず酒が飲みたいので居酒屋に行くことになった。

 

 この小説は、もちろん私がお買い上げしました。式部さんの「家から出られないんでしょう? なら、ちゃんと私が出られない様に、本をたくさん買うべきじゃない?」というどこかの班長の誘惑みたいなことを述べて。葵さん、小説お買い上げ!じゃないよ。


 そういうことがあって、今私と式部さんは居酒屋の小さな二人掛けのテーブルで串カツと一緒に、生ビールを堪能していた。

 

「ぷはー! これ、不思議な味ね! 苦いのに、甘い!」


 口に白いひげをつけて、大きなジョッキを置く式部さん。すげぇ絵面だ、これ。

 さすがの私も開いた口がふさがらない。


「式部さん、ビールいけるんだね。……ていうか、年齢とかどうなってんの? 見た目、私より若そうなんだけど」


「ふっ、葵。そんな野暮なことは聞いては駄目。『時渡り』をした時点で、私の中の時というものは曖昧なものになっている……」


 意味わからんて。なんでもありだな。陰陽道。

 ビールが美味しくなる現象は年齢によっておこるらしい。どうやらそれは年齢を重ねると苦みに対しての感覚が段々となくなっていくからだそうだ。こういう表現をあまりしたくはないが、『大人の味』というやつだ。

 『ストレス』や『疲労』を感じてると美味しくなるんだって。なんか、これを美味しいと感じたら、それは社会人としての第一歩と言うべきか。

 私もジョッキビールを豪快に口の中へ。口の中に広がる苦みが、喉へと流動していく。いつ飲んでも不思議だ。疲れてるときに呑むと、あの苦みが全部甘味に転換される。

 魔性の飲み物だよ。これは。


「ぷはぁ、畜生、ビールがうまい」


「しかし、麦をお酒にするだなんて、をかしなことを考える人もいるのね。でも、バチクソうまいな、これ」


 雅ってなんだろな。ビール美味しいという式部さんはなんも雅じゃねぇよ。


「これはバリキャリだからこその味だよ」


「これが現代のバリキャリの味……いとうまし。こっちにきてから、驚くことばかり。ありがとう、葵。受け入れてくれて」


「本音を言うと余裕ないけど……」


 まあ十二単の人間を放り出すわけにもいかんしな。


「そういいながら、受け入れるんだから。葵は蓋空けたら、いと……いとをかしな人なんでしょうね」


「ぶはっ! は!?」


 思わずビールを吹き出す私。くさいんか、私。

 おしぼりをくれる式部さん。


「あらら……は少ないかもだけど、頭ではいろいろ考えてそうで、たぶんそれを口に出したらきっと楽しい人なんでしょうね」


「ど、どうかな……」


 意外と知られている……?

 あの感じでも、人のことはちゃんと見てるんだな。ちょっと顔が熱い。酒飲みすぎたか。

 不意打ちに困惑する私。


「……どうも。私は言うほどをかしな人ではありませんよ」


「そんなことない! 絶対をかしい! いつか、面を剥いでみせるから。おきつねさん」


 手をがーっと前に出す式部さん。ちょっと可愛いな。この人もお酒に酔ってきてないか?

 とにかく2人ともヘブンに行く前に話を済ませよう。


「お酒の魔力にやられる前に、式部さん。あなたにもお金を稼いでもらいます」


「……このいとうれしきに、さぞ(いたずら)なことを……」


「そこのバリキャリ、雅なこと言っても駄目だから。ひとまず式部さんには現代の3種の神器を使いこなしていただきます」


「3種の神器!? なんと……そのようなもの人の子には、到底扱えぬはず。葵、人は死して神に召されるのよ。今生に生ける限りは……触れてはいけないわ」

 

 驚愕の表情の式部さん。

 3種の神器を真に受けるのか。このたとえは良くないな。まあ仕方ない。


「日本書紀に出てくる奴じゃないから。えっと、まずはスマホ。そしてタブレット。そしてノートパソコン」


 鞄から3種を取り出して、見せる私。テーブルは小さいけど、なんとか乗った。

 ひとまずタブレットだけでも使えるようになってくれれば、世界が変わる。

 私はタブレットを持って、見せる。さすがに式部さんも見慣れる電子の板に怪訝な顔だ。


「葵……それは? 漆黒の……まるで漆塗りのような奇妙で奇天烈な板は?……」


「タブレット、漆塗りはすごいな。まぁ、口で言うより見せた方が早いか」


 私はホーム画面を開いてみせる。突如として画面が明るくなったことで、式部さんは思わず席から飛び跳ねる。


「きゃあ! な、なんと……光った? 葵も陰陽道の心得があったのね……」


「陰陽術じゃないよ。今はこれでやり取りしてるんだ。これが一つあれば、本も読めるし、文字もかけるし、やり取りもできるし、会話もできる」


「こ、こんなもので? 葵も冗談を言うのね……空想でもここまで求めてはよくないわ」


「現実です」


「現だと言うの……? これが? あ、あぁ……いけない!」


 式部さんはジョッキを掴むと、思いっきり飲み干した。どうやらまた気絶しかかったようだ。式部さんは「すみません。生を一つ、お願いいたします」と丁寧にオーダーすると、深呼吸をしながらタブレットに触れた。


「お、重い!? 千年(ちとせ)も過ぎれば、ここまでの変化が……。でも、使えなくはなさそう。これなら大丈夫。これで何をすればいいの?」


 指で色々触っていく式部さん。最初は驚いていたが、使い始めると基本的な操作は出来ていた。アプリとかも教えれば、それなりに扱えるようになりそうだ。

 やはり、こういうところは頭が良くて、非常に助かる。


「ひとまずはこの辺を使って家で出来る仕事をやってもらおうかなって思います。ポイント稼いだりとか、かな」


 戸籍がない以上は、バイトはさせられないしな。

 すると式部さん、とあることを尋ねる。


「これは確か、紙……文字とかもかけるのよね? それはどうやってやるの?」


「うん? あぁ、ちなみに……平安は筆だっけ? 今は、タイピングって言って、こういうキーボードっていう奴で文字打てるんだ」


 私はタブレットで文字入力アプリを出す。すると画面にキーボードが表示される。

 ローマ字入力もあるけど、式部さんには純粋にひらがなとかの方がいいか。

 すると式部さんは人差し指で、文字を入れていく。


「へぇー、すごいわね」


「こういうのがあれば、文字入力したり、文章を書いたりできるよ」


「文章を書けるのね……ふふ、なら私のやることは一つね」


 式部さんの目が何か火のようなものが付いていた。おい、まさか。


「マジで?」


「決まってるじゃない。創作以外に道はなし! 平安人は教養が武器なのよ。筆は刀よりも優秀なの」


「が、ガチか……マジで言ってる?」


 式部さんや、それは茨の道ですぞ。

 現世に逃げ込んできたバリキャリ・紫式部が今この瞬間現世で好きなことをやる世捨て人になりけりました。

 ……これ、きついっぞ。


「お客さん、お会計です!」


 店員さんがレシートを持ってくる。金額は7339円。

 これで今日使った金額は86750円。


「やむな、これ」


第5話に続く。


式部さん豆知識


実は源氏物語のオリジナルは現存していない。今読まれているのは『源氏物語』の愛好家たちが愛ゆえに書き写した物を有志で構成したものだって。オリジナルは紫式部さんしか知らないんですと。

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