第3話「現代を教えて」
前回のあらすじ。
私が境界線と言わんばかりに、過去と現世の境界線を突き破ってきた紫式部。
聞くと、どうやらスランプだの、ストレスだの、ということで陰陽道のヤバい術を使って飛んで来たらしい。おっかないね。
私の所に来たのはいいけど、このご時世。ノーコストで養うのは正直しんどいです。
持ち物も十二単だけ。ひとまずこの紫式部らしき人物を現代で暮らせるようにしよう。
無論自腹で。あとで返してもらえるのか、果たして。
皆さまは紫式部とデートをしたことはありますでしょうか。
普通はないわな。でも、私は今後、この質問をされたら「はい、あります」と答えなければなりません。その質問が来ることも普通はないだろうけど。
紫式部が時空を突き破って、私の部屋にやってきた次の日。いや、数時間後。
私と紫式部は、互いのOL苦悩を分かち合い、ストゼロで乾杯した。でも、その選択は私たちに寝落ちという結果をもたらすことになるとは。
ぼさぼさの頭で携帯を眺める。時間は9時を過ぎていた。
「あぁ……やべ、寝落ちしてた」
そうめんの目で周囲を見る。ローテーブルの上に散らかった食器類、そして空缶。
我ながら感服するほどのだらしなさ。いとだらしなき。
日付超えて起きていた日は昼間で寝ているが、今日はそうはいかない。この紫式部と名乗るこの女性の生活用品を買いに行かねばならない。
私の服が合うかと思えば、致命的な問題点が判明した。私と式部の体格があまりにも違いすぎる点。
現代と昔では平均身長が違うのだ。今では160前後くらいだが、昔は150くらいが平均。実は身長が小さいのが一般的だったのだ。身長が低いとコンプレックス持っている諸君、君たちは何も悪くない。時代が悪いのだ。時代のせいするといいよ。
まあ、それもこの式部が疲労困憊な私が生み出した幻想なら問題ないんだが。
「……水も滴る、えぇ男やぁ……ぐがぁー」
どうやら現実のようだ。かの紫式部は臍を出しながら開脚で夢の中でイケメンと逢瀬している模様。寝言にそれが出ている。
私は現実と向き合うために、立ち上がった。
「用意するか」
まずはこのカエルみたいな開脚をしている女を起こします。
「こらぁ、起きろー。出かけるよー」
私は見えているお腹を叩いて、式部を起こす。分かっている。かの紫式部にこのようなことをすると罰が当たることくらい。咎は受けるさ、この女を面倒見切った後でな。
「つめて! なんすかーもうー。せっかく数多の色男に水撒きしてたのにー」
どんな夢だよ。
「悪いね。出かけるよ。準備するから、とりあえず服脱いで」
「あー、は? いきなり肌を見せろとは、げにも恐ろしいことお考えなのでは……」
「体拭くからだよ。風呂って概念は……ある?」
「あー、一応なくはないけど、幾日かは入らないとかは……よくあります。というか、吉日しか入らないんだ。占いに縋る人多くて。男の人とかなかなかな人いるよ」
「えっ、うそ。どうしてんの?」
「お香、焚いてる」
「ま?」
まさかの平安人は風呂キャン界隈なのか。現代とはずいぶん文化違い過ぎて、こっちがカルチャーショックなんだが。
●
午前10時を回りました。紫式部さんは「今日は一粒万倍日っていうめちゃくちゃいい日なんだよ」と言ったら、喜んで体を拭かせていただけた。せめて現代では清らかな姿でいてほしい。
私もシャワーだけ浴びた。式部さんはお湯がすぐ沸く給湯器なる存在に興奮気味だった。
とりあえず2人とも世間に出ても恥ずかしくない程度に身支度をして、買い出しへ。
目指すべき場所は地下鉄で一駅の場所にある「エイオンノリタケ」。
移動は地下鉄。地下鉄の入り口を初めて見た式部さんは謎のうろたえをしていた。
「ここって、あれでしょ。バッタの変な人出てくるとこでしょ。いとおそろしや……」
「でないよ」
ここは渋谷じゃないよ。というか渋谷でも出てたまるかあんなもの。
なまじ現代を知らないまま、漫画の知識を得るとアンバランスになるな。
地下鉄に乗るまでに、式部さんは改札の入り口でずっこける。地下鉄に乗る前に靴を脱ぐ。地下鉄の椅子に正座をする。世間知らずお約束の3種の神器を見せてくれた。
本当にやるところは私も初めて見た。空想が現実になるって怖いね。
地下鉄に乗ることおよそ5分。そこから徒歩およそ10分。しばらくして、目的の場所「エイオンノリタケ」に辿り着いた。
鉄コン筋クリートで構築されたスタイリッシュなデザインの建物に、式部さんは驚いた表情。というよりは、得体の知れないものを見て、現実を呑み込めない顔だった。
「何、ここ……?」
「えっと、ショッピングモール。漫画とかに出てなかった?」
「こ、これが!? 千年を過ぎた日ノ本の宮大工はこのような、荘厳なるものまで建立できるように? ありえない……神通力か何か、か。木造建築もここまで来たか」
「木造じゃないよ。鉄だよ」
「ば、馬鹿な…!? 鉄を加工して、このような建物を、人力で!? あぁ……」
急に私にもたれかかって、倒れる式部さん。ショッピングモール見て、目眩って。
「ちょ、ちょっと! 大丈夫……?」
「い、いと、おぞましや……この千代の間に何が……私には到底、皆目つかない」
「いや、建築技術も進化してるだけだよ……」
前途多難だなぁ。
●
「なんと摩訶不思議な……1000年も経てばこうなるの? あまりにも情報量? が多すぎて……えっと処理? 仕切れていない自分がいる」
「平安時代から見れば、卒倒するようなものだよね。大丈夫?」
「……大丈夫。未来はすごいのね」
目眩でおぼつかない足取りの式部を連れながら、ショッピングモールへ。さすがのいきなりの現代社会は平安の世から来た式部さんには刺激が強すぎるようだ。
店内に入ると、様々なショップのとのご対面だ。この「エイオンノリタケ」は名古屋駅から徒歩圏内で行ける優秀なショッピングモール。スーパー、100均、雑貨屋、本屋、カジュアルアパレル。いろんなものが1か所で賄える独り暮らしの私のオアシス。
ちなみに横には美術館的なものがある上に、モール内にはプラネタリウムを完備。デートスポットにももってこいだ。夜と休日はカップル大量発生エリアだ。
しばらくして式部は我を返した。どうやら情報量を少しずつ処理しきれてきたみたいだ。
「へー、あれだね。いわゆる私たちの時代で言う市場が、屋内の建屋の中で全て賄えるってことか。現代とは、かくもをかしなことを考える人がいるね」
「ん? そ、そうだねー?」
をかしなこと。面白いでいいのか? 時々、現代とは別の言葉が使われるの、なかなか試されている。こういうとこは、紫式部って感じする。
私は式部さんを連れて、エスカレーターへ。
「とりあえず、その『不労所得万歳』Tシャツは私がものすごく恥ずかしいので、新しい服買うよ。お店まで連れてくから、好きなの選んで」
「さすがは葵。かたじけなく存じますって……へぇあっ! こ、これは……階段がう、動いている……。魑魅魍魎の類か……ナムナムナム」
エスカレーターの前で合掌をして何かを唱え始めた式部さん。あの、これ、何か出る度に毎回やるのかな。ちょっとしんどいぞ。こっちが目眩してきた。
●
脱線をしたところに、脱線を重ねて、レールの無いところを彷徨い続けて、ようやく式部さんの服装をマイナーチェンジさせることに成功した。
「どう? 葵? 現代に溶け込めてる?」
「溶け込めてるって液体か何かなの? でも、『不労所得万歳』よりは全然ぽい」
くるくると回りまくる紫式部。トップスにはオーバーサイズのハイネックチュニック。ボトムスには、式部さんはスカートに合いそうだったから、カットソー入りのロンスカ。そしてアウターはもこもこ感抜群のブルゾンジャンバー。色は統一感出すためにパステルよりのベージュの系統色で固めました。全身、自ー由ーだけど、これだけのコーデパワーなら、ラブアンドベリーもきっとめちゃくちゃ褒めてくれる。はず。
何よりも、すっぽんぽんからの卒業が一番うれしい。ありがとう、自ー由ー。
これだけ、揃えても10000円+アルファ。ここ、めちゃくちゃ強いんだよな。
店頭の確認用鏡の自分を、鑑賞しまくる式部さん。乙女が出てる。
「十二単から、随分と様変わりしてしまった……今、やっと千代った実感わいてきた」
「出た。千代った。あとは靴だね。平安は多分草履だから、ヒールは危ないし、軽い靴にしとこ。結構いいやつあるんだよね」
「葵に任せるわ。あなたがいいって言うのだから、きっとそれは間違えなくいいものでしょうね」
「お、おふ、おう」
なんか、急にかっこよくなってきたな。というか改めてみると、髪がめちゃくちゃ綺麗だ。風呂キャン界隈みたいな事言ってても、おそらく髪の毛の手入れだけは欠かさなかったのだろうか。少し長い髪もポニーテールにしていると、白いうなじとのコントラストであの肖像画さながらって感じ。いやいや、何言ってるんだ、私。
私は複雑な念を振り切って、式部さんとともに、靴屋さん「安陪氏ーマート」へ。
お目当てはパーンズのスニーカー。実はスニーカーは重量に違いがあり、歩き続けても疲れにくいスーパーなものがある。少しお高いけど、歩き慣れてない式部さんにはいいかも。
商品棚でお目当てのものを見つけた私は、店員を呼ぶ。
「すみません」
「はい?」
店員が歩いてくる。カール巻きのガーリー系。これでスニーカー履いてるのはなかなか。
「えっとこの子の靴を探していて。この靴の彼女のサイズがあればほしいんですけど」
「かしこまりました。サイズは分かりますか?」
「えっと、測定ってしてもらえますか?」
「あっ、はい、いいですよ。では、お客様。こちらにおかけください」
店員が椅子へと案内しようと手を伸ばした。すると。
「あ……はい……よろしくお願いいたします」
えっ? 声、かすかすじゃね。式部さんは店員と目を合わさず、椅子に座り俯いた。
さすがの店員もちょっと驚いてた。
「じゃあ……えっと……測り……ますね?」
「あ、はい……」
紫式部は終始うつむいたまま。店員はてきぱきと測っていく。
もしかしてこの人、まさか。
店員はメジャーをしまうと、私に話しかける。うん、多分、ちょっと私に言った方が早いのかもしれないとおもったんだろう。
「えっと、24・5センチですね……ちょっと調べてみますね」
「えっ。あっ、お願いします」
店員は店の裏へ。私は式部さんにちょっと聞いてみた。
「もしかして、初対面とか苦手なタイプ?」
「ま、まあ。初めての人と会話すんの、すげー無理」
「あー、なる」
分かるけど、あえて言わせてもらいたい。親離れできてない小学生か。
なんか段々この人の実態見えて来たな。完全にこっちよりの人だ。源氏物語を書いていたというよりは、もう源氏物語に逃げ込んでいたって感じが近いのでは。
ぐっ、もうなんなん。変な感情込み上げてくるわ。
「私の時は、そんな感じなかったじゃん」
「葵は本能的に同類だと感じた」
「その言い方はちょっと受け入れがたし、だよ」
それ、オタクがよくやっちゃうやつだよ。紫式部が言うと、なんだかなって感じだよ。
しばらくして店員が来る。黒色のスニーカーを取り出して、式部に履かせる。
「いかがですか?」
「ほわー、これがすにーかー? えっと、げにーね、ですね……」
「えっ? ゲニーネ?」
「はっ?」
店員が困惑した顔をこちらに見せて来た。いや、私も思わず声を出しちゃったよ。
えっと、げにー? 誰だよ。どこのプロ野球選手の助っ人外国人だよ。
げにーねってことは、たぶん「げに」でいいはず。「げに」は「いと」の仲間で、「いと」は超すごいって意味だけど、「げに」はそれのワンランク下。
ということは。
「あぁ、すごいってことです。普通くらいの」
「……あっ、なるほど! 独特なワードセンスですね!」
私はため息を一つついた。一か八かの0.2秒の領域展開を強要してきやがって。
「さすがの解読力。やっぱ……葵と私は同類ってことね」
「いや、これはそれ、関係なくない?」
かすかすの声で何を言っているのか。
●
一通りの買い物を済ませて、私と式部は緑色の女神のコーヒー店でフラッペを飲んでいた。私がスマホで使った金額を確認してしかめ面をしているが、式部さんは人生初のフラッペにご満悦だ。
「これがふらっぺ? なんて奇怪な飲み物……だーくもか? 甘さと苦さの融合……」
「79411円……。泣くよ、いい? か……」
「いいよ」
「答えないでください。式部さん」
泣かせてほしいもんだ。いくらバリキャリとはいえ、なかなか痛い出費だ。
しかしとはいえ、今後はどうしたものか。
「式部。昨日はお酒のノリで聞けなかったけど、その『時渡り』ってやつは元の時代に戻れるの?」
こういうのは戻れないってのが、オチが多い。すると、式部はあっけらかんと答える。
「戻れるよー」
「戻れるんかい」
私は思わず椅子からずっこけた。
「戻れるなら、数日いて帰れるってことじゃん。この買い物って……」
「あぁ、無駄ではないと思う。陰陽道はねー、精神的な結びつきが強いからさー、当の本人が戻りたいって気持ちがないと戻れないんだ」
「戻りたいって気持ちある?」
「戻りたくねー」
だるそうに返す式部。なんかすごく鼻に着く言い方だな。
フラッペをストローでザクザクしながら続ける式部。
「正直、向こう戻っても、待ってるのは顔色窺いと、慣れない貴族生活。忖度ありきの短歌の読み合いと貝合わせ。男には何故か言い寄られるし、道長様も意地悪い。人の気持ちとか考えずに土足で踏み込んでくるお局もおるしね。逃げ道の源氏物語も行き詰まり」
「八方塞がりってやつ?」
「そう、それ。縁起ものじゃなくて、現実の八方塞がり」
お局って言っているけど、たぶん清少納言の事なんだろうな。名前すら言わないって相当苦手なはずだ。
正直、向こうで紫式部が置かれている状況に関しては、私にできることはない。だけど、彼女がこの現代で生きていくのも難しい。なぜなら彼女には戸籍がない。働くって言っても、難しいところだ。式部にはとっては嫌かもしれないけど、本来の時代に生きていくのが一番いい気がする。
私はふと式部に聞いた。
「源氏物語。その行き詰まり、スランプが無くなれば、戻りたいってなる?」
「こっちだと行き詰まりのこと、すらんぷ?っていうんだね。まぁ、ね。源氏物語はあの時代で私が書いている物で、あの時代に読者がいるから。続きが出来た以上は、読者を待たせるわけにはいかないし」
なんかちょっとかっこいいな。
創作に対しての強い気持ち。私もこんな気持ちあれば、少しは変わったかもね。
そういえば紫式部は過去の人だ。そして今は1000年後。まてよ。
「いい方法あるかも……いや、あなたにとってはよくないか」
「興味深い。葵の考えることだし、言ってみてよ」
食いついた。まさかの。
「来て」
私と式部はコーヒー店を後にして、とある場所へと向かう。
それは、本屋。
少女漫画の棚。それはもうすでに完結している作品だが、『源氏物語』をモチーフにした話としてはまず一番に名が挙がる漫画。
私も大好きな作品だ。
「これ」
棚にあるとある本を指す。『ながめせしまに』というタイトルの漫画だ。
「これは?」
式部が不思議そうに見る。
「私が思う中で一番『源氏物語』に忠実に造られている漫画。式部が書いた『源氏物語』の続きが書かれてると……思う」
「それって」
「あなたがこれから作るであろう今に残る『源氏物語』。これ見れば、スランプ解決するのでは? とふと思いました……いかがでしょう?」
「な、るほど。いとをかし」
待て、意外と好感触。このお話、もう終わり?
『源氏物語』の作者・紫式部に、現代に残る『源氏物語』を見せる。
なかなかヤバいとは思うけど……これで帰るきっかけになれば、ね。
第4話に続く。
式部さん豆知識
平安の風呂事情。主流はなんとサウナで整うことだった。汚れを落とすというよりも、穢れを払うという禊に近いものだったらしい。だからこそ、占いによる吉日とかを重視していたそうだ。ペースは5日に1回程度。六曜を気にすればそうなるか。体臭に関してはお香を12000回転させることでカモフラージュしていたんだって。衛生観念すごすぎ。




