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【第1部完結】しるすにあたわず ー家帰ったら紫式部おったんやがー  作者: 木枯翔陽


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エピローグ「夢の平日飲み~しるすにあたわぬ物語~」

 前回のあらすじ……ってもう終わりだね。

 式部さんさぁ、さすがにもう一回スランプで帰ってくるのヤバいって。『やばい! 行き詰った! なら式部、もう一回!』って平安から帰ってくるな。

 散々好き勝手して、スランプ抜けたからってまた帰って、でスランプ生まれたからトンボ帰り。

 なんなんですか。あなたは。『孤悲』もへったくれもねぇよ。

 ……でもそれはそれで、楽しくなるから悪くないのかも。


 そこから少しだけ、まだ物語は続くみたいです。少し早いですが、ここまで読んでくださってありがとうございました。またいつかお会いしましょう。


 「ねぇ! これって……」今はまだ出てこないで!

 実は紫式部の生涯はほとんどわかっていない。

 平安時代では女性に関しての扱いはかなり粗悪で記録に残されることが少ないのだ。それに加えて、応仁の乱などを含む度重なる火災で焼失していた。

 だが紫式部は『紫式部日記』や『紫式部集』などで、ある程度の人物として外殻は読めても、まだまだ紫式部には分からないことが多い。


 実は作られている紫式部の生涯を記した作品の多くが、史実ではなく、記録や『源氏物語』や残した和歌の研究から考察を重ねて作られた『物語』だったりする。紫式部の性格が作品によって微妙に違ってくるのも、味わい深いもの。

 世界最古の物語を書いた本人自身の人生もまた創作の物語になるとは皮肉というべきか、なんというか文学の神様だなぁというべきか。とにかくやべぇ。


 でも作家なんて、まともな人間の方が少ない気がする。

 太宰治は、5度の自殺未遂を犯している。おまけにその内、3回は女性との心中。さらにはそれをきっかけに『人間失格』を生み出している。

 川端康成。世界的文豪でありながら、『舞姫』のモデルになった女の子とのエピソードは聞くに堪えない。とんでもないレベルで狂っている人間だ。

 与謝野晶子先生も愛に生きた作家のひとり。旦那を当時の内縁の妻から奪い去り、あの手この手で夫を立てまくるバイタリティーあふれる女性。ヤンデレという言葉は彼女にこそ相応しい。

 近年の作家でも狂っている人は多い。ならば1000年にも渡り、多くの人を魅了し続ける文学を残した紫式部も狂っていなかったとは言い切れないもんですよ。


 こだわりが強いだけの、ただの人間だ。私達もついつい、名が知れているからと、評価されていることをしているからと、そういった人間の全てが優れていると思ってしまいがちだ。でも、それは私たち自身の嫉妬から来る色眼鏡。ふたを開けたら、みんな同じだ。


 とある作家も言っていた。『読者は作家の事なんて知らない方がいい』。

 実際、紫式部もあれだと思う。源氏物語はバチクソおもろいけど、実際関わると自意識高いし、ヒステリック起こすし、意味不明なお歌を言い出すようなクレイジー女房だったのかもしれない。でも、彼女なりにも自分の感情には嘘を吐けなかったのだろう。


 ———自分の悪性を受け入れて、それでも善性を貫こうと足掻いている。

 その矛盾の果てにこそ、きっと、面白いものが生まれるのだろう。


「ひがひがし……」


「……芸人?」


 平日の真昼からの飲み。それは多くの社会の歯車と化した者達が望む至高の娯楽。

 晴れて世捨て人となった私は、平日の昼間から『空蝉酒場』でハイボールを食らっていた。目の前には見事に現代人に擬態した式部さん。

 身長が低い上に、長い黒髪。多少大人なダークブラウンのノースリーブワンピースを着せても、年齢確認された。こんなでも30前半ですと言い切るのには時間がかかった。


 ところでひがひがしって誰?


「今、葵から私の事に対してあらぬ謂れをされた気がしたけど……ひが耳かしら?」


「言いがかり……よくわからない古語使ってばかりで、いまいちよく分からないとかたまに思うけど」


「げにつつましげない……私からしてみれば、この店のお品書きに書かれている言葉の羅列が意味がわかんないんだけど……現代ってまだ慣れないわ。『まとん』って何? 『まとん』って」


「羊」


「……へ? えっ、食うの? あれ? 食えるの?」


 戦慄の表情を浮かべる式部さん。度々、現代の文化に慣れないところを見るとなんだかちょっとかわいいと思えてしまう。

 この『空蝉酒場』は名古屋駅前の高級ショッピングモールの地下にある。本館と別館を繋ぐ地下通路の途中にあるためか、平日の昼はほとんど人がいない。

 でも、私達、世捨て人にはこのくらいの人気の無さが丁度よかったりする。


 式部さんは目の前にあるマトンこと羊の肉のステーキを食べて、目を光らせた。


「うぉ……げにーな、これ。軽やかで食べやすい……ちょっと甘みもある……」


「それはようござんした。ところで天下の心象派作家様の式部さんは今度はどんなことで行き詰ってるんですか?」


「……言わない」


「……あなたねぇ」


 頭を押さえる私。いるのはいいが……今はやめてくれ。読み切りのネーム作りで、死にそうなんだ。

 式部さんは子供のように握りしめたフォークを置くと、しかめ面で告げた。


「下手に言うと、あなたはすぐ応えてしまうもの。随分と和歌に対しても返歌してくるからさぞ聡いのでしょうね。……だから言わない。私をすぐ現世に返そうとする。もうその手には乗りません」


「えぇ~……」


「いいじゃない。漫画家になれたんでしょ? それより、あなたがあの職場を辞めた話を聞きたいわ。何があったの?」


「ん? あー……『刑部の乱』を起こしました」


「……ん?」


 式部さんは目を丸くして、首を傾げた。

 しばらくして、式部さんは恐る恐る告げた。


「何があったの……? 私がいない間に……葵が乱を起こしたの? なにゆえ……?」


「言っとくけど、戦乱じゃないよ?」


「……そうよね。いくら聡くても、争いごとに手を染めるのはよくないわ。……ところで誰を殺ったの?」


 殺ってねぇよ。大化の改新じゃねーよ。


「……大丈夫よ。葵、あなたの手が血塗れていても、私はあなたに寄り添い続けるわ」


 私の両手を握って、憐れみを見せる式部さん。シスターか、あんたは。

 手を優しく解いて、私は口を尖らせた。


「いやいや、式部さんが見つけてくれた退職届出しただけだよ。それ以外は特に」


「そうなのね。あれはあなたの漫画と一緒に封筒に入っていたわ。逃げ出したいと言っていたけど、よほどその気持ちが強かったようね。しかし結末としては良かったものね。あなたは自由に生き方を選択できるし、自由に漫画を描ける。それは私にとって何よりも欲しかったものだから」


 陰りを見せて笑う式部さん。『時渡り』でこちらに来ていても、まだ平安の世では渦中の真っただ中にいるのだろうな。


「式部さんの方が、何かあったんか劇場が開幕してる気がするよ」


「……まぁ、こうやってまた会えたのだから、お互いまた知っていきましょ……私達しか記せない心の内を」


 式部さんはハイボールを手に取ると、ゆっくりと飲む。

 ———『源氏物語』には紫式部の考えが映る、か。

 私はふと呟いた。


「『源氏物語』読んでみるか……」


「……言っておくけど『19帖』までね」


「話数指定されんのか……しんど」


 厄介すぎんだろ。現代では完結済みのシールが本の背中に張られてるんだぞ。


「駄目。私より先に結末に辿り着くなんてあるまじきこと! 葵はちゃんと私の背中を追いかけることよ」


「もー、実にお厄介!」


「うふふ、葵も随分とふたを開けられるようになったじゃない? 誰のおかげかしらね?」


「今すぐ! 行き詰った理由を言え! すぐ平安の世に送り返してやる!」


 舌を出して蟲惑魔的な笑みを浮かべる式部さん。それを指さして怒る私。

 人気のない居酒屋で繰り広げられる、ささやかな日々。でも私らにはきっとこれくらいがちょうどいい。

 別に誰かに知られたいわけじゃないしね。


 ―――紫式部も自分の事あんま知られたいとは思わなかったんだろう。奥ゆかしさなのか、どうなのかは知らんけど。でも私にはわかるよ。


 こんな酒飲みで、人間臭くて、はちゃめちゃな紫式部。

 しるすにもあたわんねぇよ。



 終わり


式部さん豆知識


平安時代では肉を食べる風習があまりなかった。牛や豚などの四足動物は仏教の教えで食べることを禁じられていた。鳥や雉などは許されていて、平安の時代では高級食材として扱われていたそう。実際によく食べられていたのは、精進料理と呼ばれる野菜を中心にした食事。これを知った時、作者は第10話で取り返しのつかないをしてしまってもだえ苦しんだそうな。羊については平安時代では空想の生き物とされていて、幻の生物とみられていたらしい。

改めて申し訳ございません。でも、こっちの時代ではせめて自由に生きて。

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