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<25・愛憎。>

「あ、ああ……」


 どさっ、と大きな音がした。山吹先生が真っ青な顔で尻餅をついた音である。


「ち、ち、違います。わ、わ、私が、子供達を殺すなんてこと、するはずがないじゃないですか。そんなこと、したいわけない。な、な、何を言ってるの……せ、先生わからないわ、何も」

「先生……」


 その反応が既にクロを自白したも同然だということに、彼女は気づいていないのだろうか。

 普通、冤罪で疑われたら人はショックを受けた後、多少なりに怒るものである。何で自分がそんな疑いをかけられなければいけないんだと、理不尽に感じるのが当然だ。

 しかし、山吹先生はひたすら怯えている。ゆいなに怯えているのではない。

 恐らくは。




757:七不思議は名無しのメロンに限るねらーさん

憑りつかれていたとはいえ人殺しは人殺しだよな?そいつちゃんと逮捕されたんか?


758:七不思議は名無しのメロンに限るねらーさん

>>756

>>757

ごめん、そこまではちょっとわかんない。

自分もまとめサイトで雑誌のスクショとか見ただけだから……自分が知ってる話って残念ながらそこまでなんだよ。

人形に憑りつかれた人を名指しして、“ニコさんみいつけた”って言ったら終わりになるらしいんだけど

それで取り憑かれた人がどうなったのかは……


759:七不思議は名無しのメロンに限るねらーさん

なんか……普通に、食中毒の犠牲者の中に混じってそうと思ったのは俺だけか?


760:七不思議は名無しのメロンに限るねらーさん

>>759

奇遇だな、俺もだ




 みんなが想像していた通りのこと。

 ニコさんに憑りつかれ、ニコさんの力を借りて殺人を犯した者が、もし発見された場合どうなるのか。

 犠牲者の中に混じっていたのでは、と考える人間が掲示板の中には多かった。つまり恐らくは、ペナルティを受けてその人物も死ぬということで。

 だからこそ、ゆいなもすぐに指摘することをためらっていたわけで。


「……先生」


 ゆいなは座り込んだ彼女の前にしゃがみこんで、言った。


「私達、ずっと疑問に思ってたことがあるんです。先生も聞いてましたよね?死んだ英くんたちが言ってた言葉」




『その、なんでこのゲームってやつを、よりにもよって今日やったのかなって気になって』




『だってさ、今日は大雪で、学校に来られた二年二組の生徒って……本当にごく一部だけじゃん?クラスの半分も来れちゃいない。犯人当てゲームをさせるにしても、クラスの全滅を狙うにしても、だったらクラス全員揃ってる日にした方が絶対いいじゃん。皆殺しにできるし、容疑者も増えるから犯人もそう簡単に絞り込めないだろ』




『雪が降ったのは偶然じゃないかな。でも……だとしたらむしろ怪異の方が、デスゲームさせる日を延期させても良かった気がする。それに、クラスを全滅させたいなら、デスゲーム形式にしなくてもよくないかなって。ただ粛々と、みんな殺していけばいい。“この中に犯人がいます”なんて伝える必要もない』




 何故ニコさんがデスゲーム形式にしたのか?これについては亞音が考察を述べていた。




『ニコさんがどうしてゲームじみたやり方をするのか?それは、必ず複数人が生き残るようにするためだ。ニコさんの恐ろしいゲームで人が死んでいく様を、はっきりと目撃するための。そして、自分達の手で終わりにさせるための!……ニコさんの復讐は、この学校に延々と恐怖を刻み続けること。自分という怪異と、その元凶となった事件をいつまでも忘れさせないようにするためのものだ。ならば、どう転んでも説得なんて不可能だ!』




 ニコさんは、惨劇を起こすだけではなく、それを誰かに目撃させたい。

 ただクラスメートを惨殺しても、それを見ていて覚えていて、後に伝える人間がいなければ意味がないのだ。だから、デスゲーム形式にして正解がわかった時点で必ず誰かが生き残れるように仕向けたのである。

 そう、よくよく考えればこのゲームは、最終的にはほぼ必ず“挑戦者側”が勝つ仕組みになっている。だってそうだろう、三十人クラスメートがいたところで、二十八人が死ねば、犯人は残る二人のどちらかになる。人狼ゲームのようなもの。己が“素村”であることを知っている人間にとっては、残った相手が“狼”でしかないのは明白なのだ。

 だから最悪でも、残り二人になった時点で、生き残った一人が相手をニコさんだと指摘すれば終わる。それよりも前にニコさんに憑りつかれた人間が皆殺しを敢行しない限り、憑りつかれた人間は最終的に必ず裁かれる仕組みなのだ。

 そもそも、生存者ゼロをニコさんが許すはずがない。

 彼女にとっては、恐怖を目撃して生き残ってくれる人間が絶対的に必要なのだから。


――一人ずつ残酷なやり方で消していき、仲間をニコさんに憑りつかれた人間だと指摘して……裁かせる。こんなトラウマが刻まれる出来事なんて、ない。


 問題は。

 殺される人間も、生き残る人間も、本来ある程度数がいた方が良いはずだということ。

 何故ニコさんに憑りつかれた山吹先生は、こんな吹雪の日にそれを実行したのか?教室に、クラスメートの半分も来なかった日に、何故。それは。


「やっとわかったんです、私」


 ぎゅっと拳を握りしめて、ゆいなは言う。


「山吹先生は……ひとりでも多く、犠牲にならないようにしたかったんじゃないですか。自分はもうニコさんに憑りつかれてしまっていて、惨劇を回避する手段がない。自分がどう抗っても、ニコさんの力で殺戮が行われることがわかっている。だったら、少しでも犠牲者が少ないタイミングを狙った方がいい。同時に……自分の正体に、一刻も早く辿り着いてくれそうな人達がいるタイミングを」


 そう考えると、辻褄があう。

 突然閉じ込められて、異空間に隔離されて、人が死ぬようなことになっても。この教室には、冷静にものを考えようとする、それができる人間が何人もいた。

 正直なところ怖がりな湯子あたりは戦力として数えられてはいなかっただろうが、エリカはこの状況においてなお友人を守ろうとするくらい勇敢な少女だったし、沙穂は人望もあってみんなをまとめるのが得意だったことだろう。

 三兄弟も、三人一緒ならばきちんと状況判断できる頼もしい人材だったのは間違いなく、瞬のようなムードメーカーはどこにいっても重要視されたはず。美冬も、言動こそアレだったが、彼女のニコさんに関する知識はうまく活用すれば力になったのは間違いなかったはずだ。

 そして、亞音は紛れもない、探偵役。そのサポートという意味でなら、体力馬鹿のゆいなも戦力とみなされたかもしれない。

 そんなメンバーが残っていて、かつ他のクラスメートは巻き込まれておらず犠牲にならなくて済む状況。ならば。


「先生は、一人でも多く守ろうとしてくれたんじゃないですか。……そして、この状況なら、一人でも少ない犠牲で自分に辿り着いてくれるって……そう、賭けたんじゃないですか」


 そうだ。

 本当に彼女が自己保身に走ったならば、もっとみんなが推理を展開する場面で口を挟んできてもいいはず。ミスリードに走って、迷走させることだってできたはずだ。

 しかし、こうして思い返してみると先生の発言は大人しいもので、ほとんどみんなの考察を静観していただけ。人狼ゲームならば、発言が薄いとみなされて吊られるくらいの動き方だ。美冬のような狂人ムーブもしていいないし、誰も彼女が黒幕だなんて疑っていなかったはずである。

 そうしなかったのは――彼女が、最後まで自分達を信じてくれていたからではないか。


「……違います」


 そんなゆいなの言葉に、先生は。


「私は……そんな綺麗な、人間じゃ、ありません」


 頭を抱えて、呻くように告げる。


「だって、殺したかったんです。……殺したかったのよ」

「先生?」

「七年……七年も、付き合ったの。前の学校からこっちに転勤してきてからも、職場が変わっても変わらずあの人は私を愛してくれている、そう信じてた。年上の、私みたいな不器用な女でもいいって言ってくれてた、それを信じてきたの!この年だから子供は望めないけど、それでもいいってあの人、あの人そう言ってくれて。同棲までしたわ、もうゴールは間近だと思ってた。なのに、一緒に住み始めてから喧嘩が増えて、お互いの拘りが一致しなくて、気持ちがバラバラになって……!」


 それは、ドラマとかワイドショーでも耳にする話だった。

 結婚する前に同棲するのが正しいのかについては意見が分かれるところである。しかし、一度同棲しておくと結婚後に失敗がない、と言っていた人もいた。つまり、一生、二人で一緒に暮らしていく相手である。お互いの拘りとか、生活のペースとか、価値観とか。そういうものがどこまでマッチするか、マッチしなくても許容できるかを知っておくことは大切なのだと。

 同棲して、もしうまくいかないようなら結婚前に別れた方がいい。そうすれば余計な傷を受けないで済む、と。確かに結婚してしまってから離婚するとなると、様々な手続きが面倒だし周囲にも説明しなければいけないので大変かもしれない。

 でも。


「このままじゃダメだって、私の気持ちをちゃんと伝えなきゃいけないって思った」


 ぎりぎりぎり、と指が、先生の髪に食い込んでいく。


「それで、完全に心が離れちゃう前に伝えたのよ。私は貴方が好きだって。もう喧嘩はやめましょうって。……結婚したいって、私から逆プロポーズしたわ、でも!」

「……うまく、いかなかった?」

「ええそう、そうよ!そうなの!こんなに長く一緒にいたのに……ずっと愛し合ってきたはずなのに。同棲して、君と結婚するのは無理だと思ったってはっきりそう言われて!そのまま、あの人は私のアパートを出ていってしまったわ。なんで、どうして?少しペースがあわなかっただけじゃない、ちょっと価値観が違っただけじゃない、それで、なんで七年間が全部だめになってしまうの!?私が結婚したいなんて言わなかったら、恋人としてずっと一緒にいられたの?何がいけなかったのよ、ねえ、ねえ、ねえ!!」


 だから、と。

 彼女は血走り、泣き濡れた瞳で言った。


「殺したわ。……あの人が、他の女のものにならないうちに。ええそうよ、殺してしまえば、私だけのものだもの!あの人は私の、私の、私の、私のもの、わたしのものわたしのものわたしのものわたしのものわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしのわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしわたしワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシワタシ!!」


 段々。

 狂った泣き声は、笑い声へと変わっていった。涙と、鼻水と、涎でぐちゃぐちゃになった顔で、さながら幽鬼のようにふらふらと立ち上がった先生。

 ゆいなは気づいてしまった。恐らく先生はもう、ニコさんの力の影響下で――正気を保つだけでも精一杯だったのだろう。

 それが、ついに。


「あは、あは、あは、あは、あははははははははははははははははははははひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひひ!!」


 次の瞬間。

 ごぼり、と彼女の口が血を吐いた。肉塊まじりのそれが――彼女自身の内臓だと気づくまで、そう時間はかからず。


「しらかば、さん」


 立ったまま、肉塊を吐きながら、山吹先生は。

 最期に確かに、ゆいなを見ていたのだ。


「ごめん、ね。それ、から……ありが、とう」


 次の瞬間。

 まるで電気を消したかのように、ゆいなの視界はぶつっと音を立てて――ブラックアウトしたのである。

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