↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの島で、あなた以外を失った  作者: 九重ツクモ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
38/40

第三十七話 遺ったものは

「レベッカ。少しいいか」


 ニクラスに声を掛けられたのは、私が一人そっとオスカーの部屋を抜け出た時だった。

 はっと振り返りながら、腫れた瞼を見られないよう、必死に視線を床に落とす。

 ニクラスが履いたダークブラウンの革靴には、所々血の跡が見て取れた。

 おそらく、戦闘の時に付いたものだろう。

 一瞬、血を流して倒れるエルンストお兄様のことを思い出して、ぶるりと背筋が寒くなるのを感じた。


「どうした?」

「いいえ……なんでも」


 不思議そうに首を傾げるニクラスに、努めて笑顔でそう返しながら、記憶の中のお兄様を追い出した。


「そうか。なら、こちらへ」


 そう言ってニクラスは、背を向けて歩き出した。

 付いて来いということだろう。

 一体何事かと思いながらも、素直にその後を追う。

 使用人や騎士たちが忙しなく行き交う廊下を抜けて、やがてニクラスは自身の執務室の扉を開けた。

 私を中に招き入れるように、ドアを押さえたまま視線で中へと促す。

 一瞬躊躇い、しかしすぐに足を踏み入れた。


「すまない。誰にも聞かれたくなかったからな」

「いえ……。それで、一体何が」

「陛下から聞いた。君が……いや、あなたが、パトリツィア王女なのだろう?」


 目を見開いて、息を呑む。

 オスカーは先ほど目覚めたばかりだと言っていたのに、その間にニクラスに話していたのか。

 注意深くニクラスの表情を観察する。

 オスカーと違って、ニクラスにとって私は憎き王族でしかないだろう。

 生き残りという訳ではないけれど、現在の王権を脅かす存在として排すべきと思われても致し方ない。


「そんな風に警戒しないでくれ。あなたを今更どうにかするつもりはない。もちろん、あなたがおかしなことをしなければ、だが」


 ちくりと、ニクラスの言葉が刺さる。

 きっと今のは牽制だろう。

 その証拠に、ニクラスの温度のない視線が、もしオスカーに危害を加えたら容赦しないと語っている。

 私が思わず息を詰まらせると、途端、ニクラスはふっと視線を揺らした。

 

「ただ……あなたがパトリツィアならば、伝えておかなければいけないことがある」


 ニクラスは、とても不思議な表情をした。

 まるで、切ないような、憐れむような、そんな表情だった。


「陛下自身は覚えていらっしゃらないが、陛下は王として戴冠して初めて臨んだ託宣の儀で、アルノー様とある契約をされた。あなたに関する記憶を失っているのは、それが原因だ」

「アルノー様との、契約」


 アルノー様の言葉を思い出す。

 オスカーの記憶は、アルノー様がもらったのだと。

 

「その、契約とは……どんなものなのですか?」


 ニクラスが瞳を細める。

 その憐憫の表情は、きっと私にではなく、オスカーに対して向けられたものだろう。

 

「アルノー様の加護と、陛下の治世に平安を与える代わりに、人生で最も愛した者に関する記憶を消す。そういう契約だ」


 最も愛する者の記憶。

 つまりそれは、オスカーが最も愛したのは、私だったということ。

 ——嗚呼。

 何ということだろう。次から次へと涙が溢れる。

 そこまで。そこまで愛してくれていたのか。これまでの人生で、誰よりも愛してくれていたのか。

 それなのに私は、彼の意図を誤解して、彼に復讐しようとさえしていた。

 なんて愚かなのだろう。どこまで自分に失望すればいいのか、最早分からない。


「ニクラス様は、どうしてそのことを」

「陛下から聞いた。儀式の直後は、まだ契約の内容自体は覚えていらっしゃったんだ。今はもう、それすら記憶にないようだが」


 今はもう、オスカー自身覚えていない事実。

 オスカーの想いが嬉しくて、苦しくて、涙が止まらない。


「もう陛下はあなたのことを思い出すことはないだろう。先ほど陛下が何を伝えられたのかは分からないが……陛下の為に、これだけは伝えておきたかった」


 きっとそれだけ大切な記憶だったからこそ、アルノー様は契約をしたのだろう。

 百年とは言わずとも、アルノー様が加護を授ける代償として受け取るくらいなのだから。

 それなのに。

 全てを知るのが、遅すぎた。

 もしもお互いに思いを伝えていたら。

 もしも私が家族の欺瞞に気付いていたら。

 もしもオスカーが私を王宮から連れ出してくれていたら。

 もしも私がオスカーが国を去った時、無理にでも探しに行っていたら。

 何かが変わったのだろうか。

 そんなことを考えては、全て無意味だと思い知る。

 それでも。


「ありがとうございます、ニクラス様。私、オスカーの想いを、決して忘れません」


 震える声を必死に抑えながら、涙を拭う。

 オスカーは私のことを、もう覚えていない。

 けれど私は、オスカーが愛してくれていたことを知っている。

 それだけで、今はもう、構わない。

明日、最終話とエピローグを投稿して完結です。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。