第三十三話 幸福という檻
「私が生まれる前から……? でも、あの時『託宣の儀』でアルノー様から神託があったって……」
「あれは嘘だ。お前を納得させる為のな。お前が十七歳の誕生日を迎える前に、祀の島に行くことは生まれる前から決まってたことなんだよ」
お兄様は感情の分からない表情のまま、ただ事実を説明するかのように淡々と続ける。
まるで、ただお兄様にとっての『常識』を説いているかにすぎないような。
「お前、疑問に思ったことはないか? なんでこの国で未婚の女子が徹底的に家から出ないよう言われていたのか。なんで十歳になるとベールを被るのか」
「えっそれはこの国の昔ながらの風習で……」
「そんなに昔じゃない。俺たちのお祖父様が作った風習だ」
私が幼い頃に亡くなったお祖父様。
ほとんど何も覚えてはいないけれど、とても厳しい人だったと記憶している。
そんなお祖父様が、あの風習を作った……?
「そんな、何の為に……」
「実際の神託を受け取ったのはお祖父様だからだ。『次代の末子を生贄に捧げよ』とさ」
次代の、末子。
そんな話、欠片も聞いたことがない。
それが本当なら、私が生まれる前から、生贄になることが決まっていた……ということ?
私は、意味もなく両手で体をかき抱いた。
底知れない恐怖がすぐそこに迫っているような気がして、エルンストお兄様の言葉を聞くのが怖い。
ふと先生を見れば、ヨゼフィーネの傷の手当てをしながら、じっとオスカーを見つめていた。
お兄様の隙をついて、オスカーを助けようとしているのかもしれない。
先生の冷静さに、ふと私も冷静になる。
落ち着いて考えれば、お兄様の話はおかしい。
末子が生け贄になることと、お祖父様が女児に対する風習を作ったことに、何の関係もないではないか。
「仮にその神託が本当だとして、どうして女児を家から出さずにベールを被らせることになるの? 意味がわからないわ」
「男を生贄にするのは惜しかったんだろうな。自分の息子に何人か子どもを作らせて、女児が生まれたらその子を最後の子として、生贄にすることに決めたんだそうだ。だから、その女児が生まれたことを、無事に成長していることを隠す為にあんな風習を作った訳さ」
さも「よく考えたものだ」と感心するようにお兄様は頷く。
あの頃、女性は皆ベールを被っていた。服装も、お兄様たちのように王族だと示すようなものではなく、白いドレスばかりだった。
しかも、公式行事どころか王宮の外には一度も出たことがない。
……外から見れば、私が存在したことなど、確かに知られようもなかったかもしれないと思い至る。
足元からガラガラと崩れていくような感覚に飲み込まれていく。
「アルノー様に感謝するんだな。アルノー様が『贄になる子どもは幸せな子どもでなくてはならない』と仰らなければ、これまでの生贄たちのように、生まれた瞬間閉じ込められて隠される運命だったんだ。お前は、最後までこの鳥籠の中で幸せに暮らしていただろう?」
『ぼくは贄の子たちを介して俗世を垣間見て、この退屈を凌いでるんだけどね。大体贄に出される子ってさ、虐げられてる子ばっかりなんだよ。虐待されてたり、そこまでじゃなくても愛されてない子ばっかりでさ』
途端、祀の島で、アルノー様が言っていた言葉を思い出した。
あの言葉は……。
「かつての王家でも、生贄を出していたの……?」
「ああそうだ。秘匿された事実だけどな」
「王家が神の加護を受ける為に生贄を捧げているなんて、そんな見栄えの悪いこと、公にできる訳ないだろう?」と、お兄様は当然のことのように続ける。
お兄様たちは知っていたの……?
王家がこれまでも生贄を出していたことを……!
しかもその贄たちは、悲惨な人生を強いられてきたというの⁉︎
「あっあっ……」
声が出ない。
私たち王家は、なんと罪深いのだろう。
アルノー様の加護無くして、こんな小さな島国一つ守れないのなら、それは王家の力不足でしかないではないか!
私は、理解することを拒むように頭を振った。
「嘘よ! お兄様、私を混乱させようとして嘘をついているのでしょう! そもそもおかしいわ。もし女児が産まれなかったら? もし私が産まれなかったら、そんな風習を作ることだって意味がないじゃない!」
ともすると崩れ落ちてしまいそうな自分をどうにか正して、なんとかお兄様に反論する。
……先生は、こちらを見ていない。
何やらヨゼフィーネの上に屈み込んでいる。
オスカーは、ぴくりとも動かない。
視界の端に様々な情景が映るけれど、一つ一つを考える暇なんて、欠片もなかった。
「ある程度産んでも女児が生まれなければ、末子を女児として育てるなり、事故で死んだことにして隠した上で生贄にするなり、簡単にはいかないがやりようはあっただろうさ。まあ、家系的に生まれるだろうとは思っていただろうけどな。これまでの生贄も、大体は女児だったのだし」
「そんな……そんな不確かなことの為に、わざわざそんな大掛かりなことを……?」
国全体を巻き込んだ、大いなる嘘。
その全ては、私を、生贄にする為に……。
「本当の愛情も、真実も、お前は何も知らずにアルノー様に捧げられたんだ」
ガンと頭を殴られたような衝撃に、思わず膝を突く。
じゃあお父様やお母様は、私のことを騙していたの? あんなに愛してくれていたのに。
それすら嘘だったというの?
あんなに暖かい腕で抱き締めてくれたのに。
祀の島に行く前に流した涙さえも、全部、全部……。
「嘘よ‼︎」
「まあ信じられなくても無理はない。俺も子供の頃は知らなくてな。お前が居なきゃ俺が生贄だったと聞かされて、やっとお前を可愛がろうと思ったよ」
かつて、私に対して当たりが強かったお兄様。
けれど私が病に倒れた時は、誰よりも真剣に薬を探してくれた。
お兄様と疎遠だった間の六年間に、その事実を知った……?
「言っておくが、必死に薬を探したのはお前の為じゃない」
お兄様が、やれやれというように首を振りながら言う。
王家が独占してしまったという薬。
あれは……私を生かす為に……。
「お前が死んだら、俺が生贄にならなきゃいけないじゃないか」
まるで聞き分けの悪い子どもに言い聞かせるような、そんな皮肉な笑みで、お兄様は言ったのだった。
明日も更新できると思います!




