第二十九話 月下の告白
王女パトリツィアの意思。
私のその言葉に、先生は目を見開いて固まった。
もしかすると、私がパトリツィアそのものだとバレてしまうかもしれないという不安が過ぎる。
けれどそれよりも、今は王都に戻ることの方が大切だ。
だって、きっと。
エルンストお兄様を止められるのは、私しかいないから。
「お願いです。私がここで逃げる訳にはいかないんです。大切な人たちが危険な目に遭っているのに、私なら説得ができるかもしれないのに、そんなことできません!」
「駄目です! 行かせられません!」
先生のあまりに頑なな態度に、私は口を引き結んだ。
どうして先生はここまでするのだろう。
今の王宮には、ニクラスもいるし、先生のかつての仲間だっているのではないだろうか?
それに、もしかするとヨゼフィーネもいるかもしれない。
家族であるヨゼフィーネのことが、心配ではないのだろうか。
「先生。どうして先生は私のことをそんなに心配してくださるのです? 王宮には他にもたくさんの人がいます。どうして私だけに逃げろと言うのです。どうして!」
「あなたが好きだからですよ!」
徐々に声量を上げて問い詰める私に、先生はほとんど叫ぶようにしてそう言った。
何を言われたのか分からず、一瞬言葉に詰まる。
好き……? 先生が、私を……?
「こんな形で伝えるつもりはなかったのに」
先生は右手で顔を覆いながら、独り言のように呟いた。その顔には、苦々しい後悔が浮かんでいる。
先生が、好き。私を。
段々とその言葉を理解するにつれ、驚きに目と口が開いていく。
――先生が、私を好き。
その意味がようやく胸に落ちた途端、顔に熱が集まり、胸がどくどくと鳴る。
確かに、先生は妙に私に優しかった。私を心配してくれていた。
だけどまさか、先生が私に恋愛感情を抱いているだなんて……。
これまで一度も、そんな風に思ったことはなかった。
そういえばママが一度、「先生とレベッカ、案外お似合いじゃない?」なんて言っていたことがあった。
ただの冗談だと思っていたけれど、もしかして、ママから見るとそんな風に見えていたのだろうか。
「すみません。伝えるつもりはなかったんです。少なくとも、今じゃなかった……」
「そんな……いつから……?」
やっとこぼれた私の一言を拾ったのかどうか、先生は静かに馬を降りて、木に繋いだ。
鬱蒼と茂る森の中は暗く、しかし空には満月が輝いている。
月明かりに照らされた先生の背中からは、その感情を読み取ることはできなかった。
「少し休憩しましょう」
先生はそう言って、私に手を差し伸べ、馬から下ろしてくれた。
近くの倒木の上にハンカチを広げると、先生に誘われた私は、素直に腰を下ろす。
この間、二人とも、一言も発することはなかった。
「最初は、ただの興味でした。死の世界から復活したというだけでなく、過去の王家の夢を見るだなんて、なんて神秘的なのだろうと」
先生はそこで、荷物から水袋と木のカップを取り出して、水を注いだ。
「どうぞ」と言ってカップを私に差し出す。
私はおずおずと、そのカップを受け取った。
「ですが、何事も熱心なあなたを見ていたら、徐々にあなた自身に惹かれている自分に気が付いたのです。あなたはこれまでの知識の空白を埋めるように、前向きに色々なことに取り組んできました。王宮への出仕ですら、一切躊躇しなかった」
ぽつりぽつりと話す先生の言葉は、まるで現実味が感じられなかった。
確かに私は、積極的に知識を得ようとしていた。
けれどそれは、オスカーへの復讐のため。王宮への出仕だって、下心があってのことだ。
それをこんな風に素晴らしいことのように言われると、まるで騙しているような罪悪感を覚える。
「あなたは私のような罪深い人間に思われていい人じゃない。だから伝えるつもりはなかった。申し訳ありません……」
先生の頭が徐々に下を向き、いよいよ表情が見えなくなってしまった。
その姿は、どういう訳か、たくさんの傷を負っているように見えた。
「そんな……私は決して、そんな風に褒められたものではありません……」
私はその一言を、ようやく絞り出すことしかできなかった。
先生に全て真実を話してしまおうかと迷う。
私はただ純粋な気持ちで学んでいたわけではないと。
本当は、ただオスカーに復讐しようとしていただけなんだと。
これまでずっと胸の内に秘めてきた、私の秘密。
今ここで、全てを曝け出してしまいたい欲求に駆られる。
けれど脳裏にパパやママの顔がチラついて、喉に言葉が張り付いたままどうしても出てこなかった。
「あなたはあなたが思っているよりずっと、素敵な女性です。私はあなたとどうにかなろうと思っている訳ではありません。ただ、あなたを守りたいだけなのです。それくらいは、許してほしい」
先生はふいと視線を上げて、私の瞳を真っ直ぐに見つめる。
先生の端正な顔は、とても真剣で。
これまでの優しい先生ではなく、一人の男性が、そこに居た。
「先生、私は……」
「お願いです。返事など要りません。分かっています。私のような人間は、こんな気持ちを抱くことさえ間違っている」
「……どうして先生は、そこまで自分を卑下なさるのですか?」
決して口先で誤魔化している訳じゃない。
先生は本気でそう思っているようにしか思えない。
私の言葉に、先生はまた視線を外して黙り込んでしまった。
肩が、少し震えているように見える。
「……もしも私のせいで多くの人が死んだと言ったら、あなたは私を軽蔑しますか?」
まるで喉の奥から搾り出すような声で、先生は言った。
その言葉には深い後悔が滲んでいた。
次話は明日投稿します。




