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第二十四話 青に揺れる感情

 オスカーの馬車を足早に離れ、荷馬車へと向かう。

 仕事の手順を何度も頭の中で繰り返すことで、混乱して今にも泣き出しそうになる感情を、なんとか抑えつけようと必死になっていた。

 そうしてカトラリーや皿を一つ一つ取り出していると、バタバタと誰かが駆け寄ってくる音が聞こえた。


「おいレベッカ! どうして陛下と同じ馬車なんだ⁉︎」


 音の正体はカイだった。

 正面から顔を覗き込まれ、真剣な表情で詰め寄ってくる。


「そんなの、私が聞きたいくらいよ」

 

 頭痛を抑えるように頭に手をやって、私ははあと息を吐き出すしかない。


「やっぱりお前、気に入られてるよな。明らかに俺らと態度が違うもん」

「ちょっと。声が大きいわよ」


 しっと口の前に人差し指を立てて、思わず周囲を見回す。

 国王のことをそう軽々しく口に出すのは、使用人として処罰されてもおかしくない。

 まだ新興国だからなのか、オスカーがそう言ったことを気にしないせいなのか、ラウラやカイを見ているとどうにもその辺りの意識が薄いように思える。

 ……まあ、人のことは言えないかもしれないが。


「でも、任じられたからには頑張るわ。陛下の側に仕えるなんて、良い経験になりそうだし」

「あんまり気負うなよ。陛下はかなり寛容な方だ。少しくらいのミスは許してくださるって」

「ちょっと、どうして私がミスをする前提なの?」


 肘で軽くカイをこつきながらも、その軽口に気持ちが解れ、思わず笑みが漏れた。

 二人で荷馬車から道具を取り出し、並んでオスカーの元へ向かった。

 カイがテーブルや椅子を用意して後ろに控え、私は料理人たちが用意した食事をオスカーにサーブしていく。

 淡々と仕事に集中しようと努めたものの、時折感じるオスカーの視線が、気になって仕方がなかった。


「やっぱり陛下ってお前に気があるんじゃないか?」

「もう! やめてよ!」


 オスカーから離れた途端、耳元でこそこそとカイがそんなことを言い出して、私は慌てて否定する。

 離れているため流石に声は聞こえていないだろうが、気まずくて仕方がない。


「まあ冗談はそれくらいにして、レベッカも早く食べちゃえよ。俺はもう食べたし。陛下には俺が付いてるから」

「いつの間に! わかったわ!」


 慌てて使用人たちの食事の席に駆け寄ると、確かにもうほとんどの使用人たちが食事を終えていた。

 残されていた燻製肉のサンドを口の中に押し込んで、スモークの香りを口いっぱいに咀嚼しながら、オスカーの方をちらりと盗み見る。

 この後もオスカーと同じ馬車なのだろうか。

 そう思うと気分が落ち込むが、同時に、何かもっと大事なことが分かるのではないかという予感めいたものを感じる。

「施政者としては、許されない類のものだった」というオスカーの言葉が、頭の中で反響していた。


 休憩を終え馬車へと戻ると、ちょうどカイが馬車の扉を開けてオスカーが中に入るところだった。

 視線でカイに促され、私もそのまま中へと足を踏み入れる。


「ゆっくり休めたか?」

「はい、おかげさまで」


 椅子に座り足を組んでいるオスカーに問われ、つい反射的に視線を床に落とした。

 オスカーの方を見ないまま、椅子に腰を下ろす。

 先ほどのカイの台詞が頭にこびりついて離れず、休憩前よりずっと居心地が悪くて仕方がない。

 がたんと振動を感じた後、すぐにガタガタと車輪の転がる音が聞こえ始めた。

 息が詰まりそうだ。

 馬車の中の空気が薄いような感覚を覚え、少しでも気を晴らそうと、窓の外をひたすら眺める。


「あの色黒の侍従と親しいようだな」


 不意に向かいから声が掛かった。

 思いがけない質問に思わず首を傾げる。

 改めてオスカーを正面から見つめると、右手を口元に当てており、右目しか見えていない。

 しかしその右目は、じっと私を窺うような色を漂わせていた。

 

「カイのことですか? 彼とは以前からよく交流がありましたし、年も近いので、確かに親しい方だと思います」

「その……恋仲なのか?」


 オスカーの一言に、ぱちぱちと目を瞬かせる。


「いえまさか。彼とはそんな関係ではありませんよ。それに、カイはラウラと良い仲なんです」

「そうか」


 オスカーのその一言は、明らかに安堵のため息を纏っている。

 これはもう、間違いない。

 オスカーは私に、憎からぬ想いを持っているようだ。

 そうはっきりと自覚すると、胸が酷くざわついて、今すぐここから逃げ出したいような衝動を覚える。

 一体何故? 何故オスカーは私にそんな想いを持つようになったのか。

 確かに最初から、彼は私に対して特別に接していたように思う。

 けれど接した時間はとても短く、彼が惹かれるような言動をした覚えもない。

 パトリツィアの影を感じているということもあり得ない。オスカーはそもそもその存在すら覚えていないのに。


「陛下。陛下は旧王家の王女のことを覚えていないと仰いますが、ご自身では、王女とはどのような関係だったと……ご自身が、どのように王女を捉えていらっしゃったと思いますか?」


 衝動に駆られ、ついパトリツィアのことが口を突いて出てしまう。

 今すぐその答えを知りたいという欲求が、私の理性を失わせていた。

 彼からすれば、なんとも脈絡のない話だろう。

 案の定、オスカーは小さく首を傾げてみせた。


「何故そんなに王女のことを気にする?」


 オスカーの透き通るような青い瞳が、私を真っ直ぐに捉えた。

 その青に、私は息を止める。決して睨みつけられている訳でもないのに、まるで視線で射抜かれているようだ。

 焦りが心を支配する。

 ――この状況を誤魔化す方法は、一つしか思い浮かばない。

 

「それは……彼女のことを夢で見たからです。生死を彷徨っていた時に」


 ヴァールハイト先生の「夢の話は誰にも言わない方がいい」という言葉が蘇る。

 しかし他に、何も言葉が浮かばなかったのだ。

 オスカーはみるみる右目を見開いて、驚愕に口を開ける。

 そしてがたりと席を立ち、勢いよく私の後ろの壁にドンと手を突いた。


「それは本当か⁉︎ 何を……彼女の何を見た⁉︎」


 オスカーの顔を間近に見て、思わずどきりと胸が跳ねる。

 しかし鼓動はすぐに鳴りを潜めてしまった。

 ごく近い距離で見上げるオスカーの睫毛が、震えていることに気がついたから。

 私には何故か、彼が酷く怯えているように見えた。


「その……陛下と王女が、とても親しくしていた様子や、病に苦しんでいる所など……かなり鮮明に」


 一つ一つ言葉を選びながら口にする。

 祀の島に向かった時のことには触れなかった。

 彼はどうやら、パトリツィアが生贄になった事実を知らないようだから。

 オスカーは頭痛に耐えるかのように額に手をやって、ゆっくりと体を起こしたと思うと、力なく向かいの席に腰を下ろした。

 そのまま両手で頭を抱えるように、膝に肘を突く。

 失った記憶を思い出そうとして頭が痛んでいるのかと思ったが、震える右手を見るに、そうではないようだ。

 泣いている……?

 いや、涙は見えない。しかしいつ涙が溢れてもおかしくないほど、悲しんでいるように思えた。

 

「近頃はどういう訳か、彼女のことを考えると無性に苦しくなる。以前は懐かしさのようなものを感じていただけなのに。お前が来てからだ。お前を見ていると、余計にそう感じる。何故お前は死の淵から戻り、彼女のことを知っている。お前は……何者なんだ?」


 再びオスカーの瞳が、私を捉えた。

 その声色には、いっそ何かを請うような悲痛さが滲んでいる。

 私は、思わず息を飲んだ。


「陛下……私は」


 私の言葉は、がちゃりという扉が開く音でかき消された。

 ドアの向こうには、騎士が不思議そうな顔で立っている。


「陛下、最初の視察先に到着しました。……どうかされましたか?」

「陛下は少しお疲れみたい。少し休まれてから降りられた方がいいでしょう」


 私の言葉を肯定するように、オスカーは頭を抱えたまま頷いてみせる。

 医師を呼びに行ってくると去っていく騎士の背中を見送り、私は先に馬車から一歩踏み出した。

 一刻も早く、外の空気を吸いたかった。


(どうしよう。オスカーにどこまで話すべきかしら。もしも全ての謎が解けるなら、打ち明けてしまうべき? それとも……)


 悶々としながら視線を上げて、初めて外の景色を視界に入れる。

 その光景に、私は思わず一歩後ずさったのだった。

次話はまた数日お時間いただきます……。

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