第二十三話 戻れない二人
「へ、陛下と同じ馬車にですか⁉︎ そんな話は聞いていないのですが……!」
急にオスカーから直々に声を掛けられ、困惑して大きな声で反論してしまう。
何故オスカー自ら私の元に来たのか。必要があれば、誰かに呼びにこさせればいいのに。
今日のオスカーはいつもと様子が違う。
王宮ではシャツにジレといった簡易的な服装をしていることが多いけれど、今日はきっちりと立襟のジャケットとマントを羽織っている。マントの裏側は鮮やかなターコイズブルーで、黒とのコントラストが正しく国旗のようだった。
あまりに混乱して、ぼんやりとそんな風に眺めてしまうほどだ。
「さっき決めたことだ。こっちに来い」
オスカーは決定事項だとばかりにそう言い捨てると、自分はさっさと馬車に向かい、さっと乗り込んでしまった。
どうしていいか分からずきょろきょろ周りを見渡すも、誰もがちらちらとこちらに視線を送るだけで、答えをくれる人はいそうもない。
オスカーは馬車に誰かを乗せるのを嫌うと聞いていた。業務の必要があって、ニクラスを乗せることがあるくらいだそうだ。
だから使用人たちはオスカーとは違う馬車に乗り込んで、休憩の時だけ仕事をするのだという。
マヌエラやラウラから聞いていた話との違いに、ただただ困惑する。
(国王であるオスカーが決めたことは絶対……よね。それに好都合だわ)
馬車に乗るのは私とオスカーだけ。
国王であるオスカーと、これほど一緒に過ごす時間はそうそうないだろう。
この機会に、聞きたいことを全て聞いてしまおう。
私は意を決して、オスカーの乗った馬車に足を踏み入れた。
馬車の中は、驚くほど快適な空間だった。
広くゆったりとした室内に、厚みのある革張りの椅子、ふかふかなクッションも置いてある。
ユーバーヴィンデン家の馬車とは比較にならない。さすが国王が乗る馬車なだけある。
「そこで何をしている。早く座れ」
「は、はい……」
先に座っていたオスカーに促され、恐る恐る向かいの席に腰をおろした。
「あの……何故私をこの馬車に?」
「私の身の回りの世話をする人間が必要だろう?」
「それは……そうなんですが……」
それでも今までは一人で乗っていたはずなのに。
私の疑問をよそに、オスカーはそれ以上何も言わず、窓の外に視線を向けたまま黙り込んでしまった。
私は訳が分からないまま、どうにも話しかけられる雰囲気ではなく、黙って馬車が動き出すのを待つしかなかった。
馬車が動き出してしばらくは、話をするどころではなくなった。
王都の道沿いに人々がひしめいて、オスカーは馬車の窓から人々に手を振るのに忙しかったのだ。
改めて、オスカーは国民たちに人気があるのだと実感する。
王都を抜け森の街道に入ると、オスカーは疲れたように視線を外に向けて、眼帯の上から目頭を揉んだ。
話しかけたいと思うも機会を見つけられず、私はもじもじと両手の指を擦り合わせる。
ふと、オスカーがこちらを向いた。
まるで後ろめたい事実がバレてしまったような気分になり、思わず肩を跳ねさせた。
「どうした。何か聞きたいことでも?」
オスカーは窓枠に肘をつきながら、真っ直ぐに私を見詰める。
その右目は、少し充血しているように見えた。
「あ、その……。いくつか、気になることがあって」
「ああ」
オスカーはじっと私を見詰めたままそれだけ言った。
私の言葉を待ってくれているようだ。
「以前、旧王家の王女の記憶がないとおっしゃっていましたよね。それは……何故なんでしょう」
アルノー様とどんな取引をしたのか、と直接聞くことはできず、遠回しに尋ねた。
オスカーがどう反応するのか、微かな変化も見逃さぬようにじっとオスカーを見つめた。
「さあ、分からない。彼女のことを思い出そうとしても、頭に靄がかかってしまう。王宮であの絵を見つけるまでは、存在すら忘れていたくらいだ」
オスカーは全くおかしな反応を見せず、言葉に嘘はなさそうだ。
予想はしていたが、アルノー様に記憶を差し出したこと自体、覚えていないのだろう。
一つ一つ、オスカーの言葉を反芻する。
オスカーも私も何も言わず、ガラガラと馬車の音が響く。
「……他の王族の記憶はあるのですか?」
「ああ、それはよく覚えている」
「陛下は……、その、彼らのことをどう思っていたのですか?」
オスカー自ら粛清した者たちのことを尋ねるのだ。処罰されるかもしれないと不安がよぎる。
しかしこんな機会は二度とないかもしれない。
ずっと気になっていた。私の家族は、オスカーによくしていたはずだ。
特に一番上のお兄様、クラウスお兄様とは親しい友人だった。
いくら大義の為と言えど、そんな人を、どうして一方的に斬り捨てることができたのか。
オスカーの本音が聞きたかった。
「かなり難しい質問だな」
オスカーはふいと窓の外に視線を外して、暫し口を閉ざした。
気を悪くした様子はないが、何と言っていいのか迷っているように見える。
「彼らは人として悪い人間ではなかったのかもしれない。王宮にいた当時は、良い印象を持っていたからな。その分、裏切られたという思いが強くなった」
「それは……薬の件で?」
「それもある。しかしそれ以前に……彼らは施政者としては、許されない類のものだったと言えるだろう」
「何故です?」
驚いて反射的にそう言ってしまってから、しまったと口を噤む。
つい家族のことを庇うように言ってしまった。
オスカーも流石に眉間に皺を寄せ、怪訝な表情でこちらを見てくる。
しかしふと何かに思い至ったように表情を緩めると、小さく首を縦に振って見せた。
「お前はずっと病床に伏して居たのだったな。両親もあえて口にはしなかったのだろう。フリーデンは自領内に留まる分には、豊かな所であるし」
どこか独り言めいた台詞を口にして、オスカーは顎に手をやった。
「きっと、この視察で分かる事も多いだろう」
オスカーはそれだけ言って、話は終いだとばかりに手元に書類を広げ始めた。馬車の中でも執務をするつもりなのだろう。
どうやら、お兄様たちのことはオスカーも触れて欲しくないようだ。
(この視察で分かる……? どういうこと……?
オスカーの言葉の意味をあれこれと想像しながら、しかし理解できずに悶々とする。
ただ何故か、王都に向かう途中に立ち寄った、ウンターヴェークスの街が頭の中にちらついていた。
しばらく沈黙が続き、ガラガラという車輪の音だけが聞こえていた。
窓の外の景色は変わらず森の木々ばかりで、徐々に陽が高くなってきた。
オスカーは書類に何やらずっと書き付けている。
よくこの揺れる馬車の中で書けるものだと感心しながら、私はまた窓の外に視線を移した。
穏やかだ。
柔らかな風が馬車の中にも入り込んで、今自分がどういう状況にいるのか、忘れてしまいそうになる。
もしも、かつての二人のまま行く旅路だったなら、もっと笑えたのだろうか。
そんなことを考えながらぼおっと窓の外を眺めていると、ふと向かいの席からの視線を感じ、顔を向ける。
すると、じっと私の手元を見つめているオスカーが目に入ってきた。
「その手首に付けているそれは、贈り物か何かか?」
オスカーの言葉に、左手首に視線を移す。
そこには、ウルリヒからもらった組紐があった。
「これですか? これは弟がお守りにと作ってくれたものです。まだ幼いのに、とてもよく出来ていますよね」
「ああ。なんだてっきり……」
オスカーは独り言のように呟いて、何故かそのまま口を噤んでしまった。
「あの、こちらが何か……」
「何でもない。ただ……騎士の組紐のように見えたから、誰か騎士が贈った物かと思っただけだ」
ぱちぱち。
思わず目を瞬かせる。
何だか面映ゆいような表情のまま、書類に視線を落とすオスカーに、私は戸惑いを感じていた。
一体どういうつもりでそんなことを言ったのだろう。
ともすれば嫉妬か何かのように聞こえるけれど、そんなことがあるはずもない。
けれど……オスカーが私を他の人とはどこか違う扱いをしているのは確かだ。
現に、今だってどういう訳か一緒の馬車に乗っている。
出発前、カイや騎士たちが困惑した表情で見つめていたのを思い出すと、頬が赤くなるのを感じる。
オスカーが復讐相手ではないかもしれないという疑念が生まれてから、どうにも接し方が分からなくて困る。
だとしても……彼が、私の家族を殺したのは、間違いない。
「……すまない。私的なことを聞いたな」
オスカーの言葉にハッとする。どうやら自然と眉間に皺が寄っていたようだ。
私の表情を誤解したのだろう。
「いえ、決して不快に思った訳では……。少し、馬車に酔ってしまったようです」
「そうか。ならそろそろ休憩にしよう」
咄嗟についた嘘に、オスカーは当然のようにさらりとそう言うと、書類を片付け始めた。
まさかそんなことになるとは思わず、私は慌てて両手を胸の前で振る。
「とんでもありません! 私のせいで行程をずらす訳には……!」
「いや、ちょうど私も体を伸ばしたいと思っていたところだ」
言いながらオスカーは馬車の窓を開け、並走する騎士たちに休憩だと指示を下す。
その声を聞いて、私は心が掻き乱されていくのを感じた。
まるで、昔のオスカーみたいだ。
言葉遣いこそ違うけれど、いつでも私を第一に考えてくれて、先回りして私の願いを叶えてくれる、あの頃のオスカーみたい。
今はもう、完全に立場が変わってしまっているのに。
なんだか無性に、泣きたくなってきた。
「少し早いがここで食事にしようと思うが……どうした?」
オスカーの視線が私を捉えた瞬間、弾かれたように席を立ち、こちらに近寄ってくる。
これではどちらが使用人か分かったものではない。
私は必死に目を瞑って、涙が溢れないよう努めていた。
「余程具合が悪いのか。仕事はいい。このまま馬車の中で横になって休め」
そう言ってオスカーは、クッションを集めて私をそこに横たえようとする。
私は慌てて、目をゴシゴシと擦って首を振った。
「大丈夫です。休憩中に働かなくては、何のために私が来たのか分かりません。それに、むしろ動いた方が楽になるかもしれません」
早口で捲し立てると、ちょうど馬車が緩やかに停車した。
これ幸いと、私はオスカーの方を見ずに馬車を飛び出す。
背中に、いつまでもオスカーの視線が突き刺さるのを感じた。
明日も公開できればいいなと思っています。




