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第二十二話 春風の旅路

 先生の家で嘴のマスクを発見した日から三日。

 もう一度先生に話を聞きたいと思っていたものの、それはしばらくの間、叶わなくなってしまった。

 それが分かったのは、ある日の業務終わり、侍女長であるマヌエラに呼び出された時のこと。


「全国視察? 国中を回るということですか?」

「そうよ。あなたはまだ視察に同行したことがないでしょう? ラウラは何度か経験があるから、今回はあなたに行ってもらうことにしたわ」


 一体何を叱られるのかと戦々恐々としながらマヌエラの元に向かった私は、その話に驚いて思わず大きい声で聞き返してしまった。

 マヌエラによれば、オスカーは必ず年に一度、全国を回る視察を行うのだという。

 そんなものは、王女時代には聞いたことがない。何か特定の用事があって視察に出ることはあっても、国王が国中を回るだなんて。

 そもそもお父様が視察に出るのは稀で、ほとんどはお兄様たちがそれぞれ視察に出ていたように思う。


「陛下がそれだけ王宮を留守にして、大丈夫なんですか?」


 思わず疑問が口を突く。

 途端にしまったと思った。下っ端が国王の行いにケチを付けたと思われたのではと、慌てて口を噤む。

 そんな私の心情などお見通しなようで、マヌエラは目をすがめてじっと私に視線を合わせた。

 

「王宮にも騎士は置いていくもの、大丈夫よ。それに、陛下はご自身の目で国を見るということを大事にしていらっしまいますから。視察を任せられる者も居りませんし」


 案外、マヌエラは私の疑問に普通に答えてくれた。すぐに自分で気付いたからなのか、無作法は見逃してくれるらしい。

 ほっとしつつ、マヌエラの言葉を反芻する。

 言われてみればその言う通りだ。オスカーには子どもどころか妃もいないし、国王補佐のニクラスは実務の多くを担っているため、むしろ視察に出かけている暇はないのだろう。

 王権が成立してまだ数年の新興国では、致し方ないのかもしれない。


「引き受けれくれるかしら」

「……はい。謹んでお受けします」


 視察への同行となれば、普段よりもオスカーとの距離を縮められる可能性が高い。

 もしかすると、過去に何があったのか、もっと探れるかもしれない。


「良かったわ。じゃあよろしくね。出発は来週よ。それまでに侍従のカイと調整して荷物の用意をしてね」


 にこりと笑うマヌエラに、私はこくりと頷いて見せた。


 

「陛下の視察に同行〜⁉︎ いいなあ〜!」

「えっ視察って楽しいの?」


 マヌエラと別れ、ラウラの部屋でお茶を飲みながら視察の話をすると、彼女は羨ましそうに瞳を細めた。

『託宣の儀』の前日に泊まって以来、仕事終わりにラウラの部屋でお茶を飲みながら、少し話をするのが日課になっている。

 徐々に仕事に慣れ余裕が出てきたのもあるだろうが、女子同士のおしゃべりと言うものは、疲れすら忘れさせてくれるのだ。


「視察の同行自体は結構大変よ? いつもと勝手も違うし、王宮ほど物も十分じゃないから不便に思うこともあるし。でも色々な場所を旅出来るじゃない! それに……カイも一緒に行くんでしょう?」

「なあんだ。ラウラはそっちの方が羨ましいのね?」


 拗ねたように唇を尖らせるラウラに、私は思わずニヤニヤしてしまう。

 恋する乙女というものは、こんなにも可愛らしいものなのかと改めて実感する。

 ディーディリヒお兄様のことを話すヘレナも、同じような顔をしてたことを思い出した。


「だって視察の間は使用人たちの距離がグッと縮まるのよ! いつもよりも話す機会も多いし……」


 ごにょごにょと赤い顔で言うラウラに、私は思わずくすりと笑みをこぼした。

 余程カイと一緒の時間を過ごしたいのだろう。

 

「そうそう、陛下とも話す機会が増えると思うわ。レベッカ、陛下に何か聞いてみたいんじゃなかったかしら」


 ラウラはパッと先輩らしい表情に切り替えて、そう言った。

 先日、オスカーと話す機会はないものかと相談したことを覚えていたらしい。


「うん、そうなの。陛下に話しかけられるタイミングがあればいいけれど……」

「何を尋ねたいのか分からないけれど、機会があればいいわね」


 二人でお茶を飲みながら、その日はつい遅くまで話し込んでしまった。

 女友達と一緒に居ると、時間は飛ぶように過ぎてしまう。

 翌日、寝不足で目を瞬くことになったのは、言うまでもなかった。

 


 それから慌ただしく準備に追われ、あっという間に視察へと向かう日を迎えた。

 春の気配を感じる柔らかな風が、たくさんの馬車の周りで動く人々の頬を撫でていく。

 いつものお仕着せにボンネットとショールを身につけたけれど、もうショールは不要だったかもしれない。

 ここ最近はずっと雨が続いたというのに、まるで出発に合わせたかのような快晴だった。


「わあ! こんなにたくさんの馬車で行くのね!」

「陛下が乗っていらっしゃる馬車はもちろん、使用人たちが乗る馬車と、荷馬車もあるからな」


 ボンネットの影に隠れた所で声がして、首を大きく傾けると、右側にカイが立っていた。

 カイはオスカーほどではないけれど背が高い。ボンネットの縁のレース越しに、浅黒い肌とアッシュブロンドの長い髪が見える。

 髪を括っている鮮やかな赤紫色の紐は、ラウラからのプレゼントなのだそうだ。


「カイはもう視察には慣れてる?」

「いや、去年の全国視察に同行しただけだよ。ラウラは全国視察以外の個別視察にも同行しているし、慣れたものだったけど」


 何も言っていないのにラウラの話題が出るなんて、どうやら二人の仲は順調に進展中らしい。

 ニヤニヤした表情を隠すことなく、カイの顔を見つめる。


「今回はラウラじゃなくて悪かったわね」

「ッそんなこと言ってないし!」


 カイは頬を赤く染めたまま、足早に去っていった。

 これでまだお互いに想いを確認していないというのだから、奥手にも程がある。

 まあ、私は人の恋愛をどうこう言える立場ではないけれど。

 微笑ましい気持ちでカイを見送ってから、手元の仕事に取り掛かる。

 もう十分に準備はしたと思うけれど、それでも数週間にわたる長い行程だ。確認するに越したことはない。

 一つ一つ荷物とリストを照合して確認していると、不意に周囲の空気が騒めいた。

「どうしてここに」という、他の使用人の呟きを鼓膜が拾う。


(一体どうしたの……?)


 思わず顔を上げた瞬間、ふっと影が差した。

 カイが戻ってきたのだろうかと思い振り返ると、なんとそこには、オスカーの顔があった。


「レベッカ、お前は私の馬車に乗るように」


 一瞬、言葉の意味が理解できなかった。

 あまりの予想外なことに、私は大きく目を見張った。

遅くなってごめんなさい。

明日と明後日も更新できると思います。

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