第十九話 未知への訪問
『託宣の儀』が終わってから、私はアルノー様に言われたことをずっと考え続けた。
オスカーが私の記憶だけを失った理由。私が知らなくて、オスカーが知っていること。
彼が――お父様たちに反旗を翻したことは、何か関係があるのか。
しかし当然ながら、一人だけで唸っていても、解決の糸口はどこにも見当たらない。
ただ私の心だけが重くなったまま、そうこうしているうちに、久々の休日が訪れた。
「さて、今日はもうここまでにしましょう。宿題として、次回までに今回取り扱った章の要約を書いて提出してくださいね」
「はーーーい」
「おや、ウルリヒくんはお疲れかな?」
いつも通りヴァールハイト先生の授業を受け終わると、『宿題』の一言にうんざりしたようにウルリヒが机に突っ伏す。
そんな可愛らしい仕草を、私とヴァールハイト先生はくすくすと笑いながら眺めた。
先生が笑顔のまま荷物の片付けを始めたところで、私はハッとした。
「先生、第六代国王の行った施策について分からないことがあったのですが……」
先生を引き止めるために咄嗟に声をかけた。
決して嘘ではないが、それよりも先生と二人で話をする時間が欲しかったのだ。
先生なら……先生なら、私の知らない何かを、知っているかもしれないから。
「ああ、あれは確かに複雑ですから。そうだ。私の家に分かりやすい解説をしている本があります。今度持ってきましょう」
ちらりと横にいるウルリヒに視線をやれば、いまだ机の上に伏してだらりと腕を投げ出している。
いつもはすぐに席を立って遊びに行くのに、その気配がない。
「ウルリヒ、私は先生と話があるから、先に遊びに行っておいで」
「もう疲れて動けないよーー」
そういえば、ウルリヒは昨日の夜になってから宿題をやっていないことに気づき、眠い目をこすって机に向かっていた。
疲れ切っているのか、このまましばらく動きそうもない。
「……先生、今度の授業だと時間が経ちすぎてしまうかもしれません。できれば、すぐに確認したいのですが……」
自分でも面倒なことを言っている自覚はあるが、どうにかして二人で話す時間がほしい。
先生は私のわがままに嫌な顔一つせず、顎に手を置いてうーんと考える。
「幸いまだ夕方にもなっていません。少し待っていただけたら、これから家に戻って取ってきてあげましょう」
「それだと先生が無駄に往復することになってしまいます! もしご迷惑でなければ、先生の家にお邪魔して借りることはできますか……?」
そうすれば、移動時間に話す機会も作れるだろう。
先生が取ってきてもらうのを待つより、私が自ら取りに行った方が早い。先生の家は平民にしては大きく、使用人も数人居り、私がお邪魔しても一つの部屋に二人きりになるという心配はない。
そう私が説得すると、先生は微笑みながら、こくりと頷いた。
「ではご両親の許可がいただけたら、そうしましょうか」
先生の返答に内心うまく行ったと喜んで、急いでパパとママに話をしに行った。
先生への信頼が厚いからだろう。護衛を連れて行くならと快諾してもらい、私と先生は一緒に馬車に乗り込んだ。
ぱたりと扉が閉まり、御者や護衛の気配が扉から遠ざかるのを確認して、私は早速口を開いた。
「先生、先生は陛下が何故記憶を失ったのかご存知ですか?」
「陛下が記憶を?」
虚をつかれたというように、先生は驚きに目を見開いた。
あまりにも唐突だっただろうかと思いながらも、居ても立っても居られなかったのだ。
「知りませんね……。そもそも陛下は記憶をなくされたのですか? いつの記憶を?」
少し考えるそぶりを見せた後、先生はゆるゆると首を横に振った。
当てが外れ、思わず肩を落とす。
先生なら何か知っているかもしれないと思ったのに。
オスカーが記憶をなくしたという事実は、ラウラも知らない様子だった。
やはり誰も、オスカーとアルノー様以外、その理由を知らないのだろうか。
……なら何故、オスカーは私にその事実を伝えたのだろう?
「では……陛下は何故、クーデターを起こしたのか、その理由はご存知ですか?」
先生の問いには答えず、私は質問を重ねた。
オスカーがクーデターを起こした理由。私はそれを、まだ誰にも聞いたことがなかった。
授業ではまだそこまで辿り着いていないし、誰もそれについて積極的に口にすることはなかった。
私も誰かにそれを尋ねることはなかった。他でもない、オスカーの口から問いただそうと思っていたから。
けれどもし、私が知らないことというのが、クーデターを起こす原因になっていたのだとしたら。
胸の奥がざわざわとする。触れてはいけないものに、手を伸ばしているような。
気付けば指先がかすかに震えていた。私はその震えを隠すように、そっと両手を握り合わせる。
「それは一言で片付けるのは難しい問題です。要因は一つではありませんからね。ただ、最も大きなきっかけはなんだったかと言えば、やはり数年前の流行病でしょう」
「流行病のことは知っています。陛下が病魔に襲われたということも。けれど、それが何故王家転覆に繋がるのですか?」
「あの時、流行病で本当に多くの人が亡くなりました。命は助かっても、辛い後遺症が残った者たちも多く居ます。そこまで感染が広がったのは、薬が十分に行き渡らなかったからだろうと言われています」
薬。
私が病に倒れた時のことを思い出す。
あの時、私が倒れてすぐにエルンストお兄様が薬を手配してくださって、私の病は治ったのだ。
朦朧とした意識の中で見た、黒革の嘴のマスクを被ったお兄様を思い出す。
何故あんなマスクを被っていたのかと、後からお兄様に尋ねたことがある。すると「ずっとまともに顔を合わせていなかった妹の前に、顔を出すのが恥ずかしかったからだ」と言った。
あの頃私たちは疎遠だったのに、それでも私のために奔走してくれたエルンストお兄様。そんな彼に、私は深く感謝をしたのだ。
……そう言えば、あの薬はどうやって手に入れたのだろう。
「最初、薬の数は危機的に不足していました。西の辺境で流行病の治療に当たっていた医師が、偶然病に効果のある薬草を発見し、試験的に作ったほんの少ししか存在しなかったのです」
私は少なからず驚いた。
エルンストお兄様はすぐに薬を用意してくれたから、てっきりもう広く薬が行き渡っているのかと思ったのに。
「そして……恐ろしい病に効く、貴重で希少な薬を、旧王家はすぐさま独占したのです。薬そのものも、製造方法も、全て」
独占……?
王家が、薬を……?
それは私が全く知ることのなかった、驚愕の事実だった。
長らく更新できず申し訳ありませんでした!
肺炎も治り、またちょこちょこ更新出来そうです!




