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第十四話 追憶の声

 五日目。

 私たちはようやく王都へと辿り着いた。

 途中他にもいくつかの村や町を通り過ぎたが、どこも似たり寄ったりの様子だった。

 しかし見慣れた王都は、昔の記憶のままだ。

 眩いほどに白い壁と青い屋根。美しい海の光を反射して、眩いほどに輝いている。

 冬は天候が優れない日も多く、今日も雲が多いけれど、ところどころ青空も覗いて見える。

 ウルリヒなど「きれいきれい!」と馬車の窓に顔を付けてはしゃいでいた。


「てっきりレベッカもはしゃぐと思ったのに、案外そんなこともないわね」

「あっ、えっと……王宮を見たら、何だか緊張してきちゃって」


 ママの言葉を誤魔化すためについた嘘だったけれど、案外本音でもあったようだ。

 あの祀の島に向かうその時だけ見上げた王宮は、その主が変わった後も、変わらずに美しく輝いている。

 ただ、尖塔に掲げられている国旗だけが、見覚えのないものに変わっていた。

 何故か自然と手が震えた。きっとこれは恐怖だ。

 祀の島で見た、あの凄惨な光景を思い出したからなのか、これから自分が乗り込む場所に何が待っているのか分からないことに対してなのか、あるいはその両方なのか。自分でも分からない。


「大丈夫、もし何かあったら、必ずパパとママがあなたを守るからね」


 そう言ってママは、ぎゅっと私を抱き締めてくれて、私もママの胸に素直に頭を預けた。

 不安の方が大きいけれど、絶対にやり遂げないといけない。

 大丈夫、絶対にできるはず。私は自分に何度もそう言い聞かせた。


 ユーバーヴィンデン家のタウンハウスは、王都の貴族街の中でも外れの方にあった。

 外壁や屋根の質感と色が統一されたこの王都の中では、その贅沢さを示すのは広さ以外にはない。

 そういった意味では、ユーバーヴィンデン家の邸宅は、むしろ素朴な方だろう。

 素朴ながらも、よく手入れの行き届いた邸宅だった。

 私の部屋は2階の東側だという。一歩足を踏み入れると、海のよく見える日当たりの部屋だった。

 今回ママはタウンハウスの調度品を一新するよう指示してくれたようだ。その甲斐あって、まるでこれまで私が暮らしていた部屋と同じようにとても落ち着く。間取りも領地の部屋によく似ていた。

 窓を開け放し、胸いっぱいに空気を吸い込む。

 懐かしい。風が運ぶこの潮の香り。

 王女だった頃、風は常にこの香りがするのだと思っていた。けれどフリーデンの風は森の香りだった。

 その場所によって風の匂いが違うことすら、あの頃の私は知らなかった。

 王宮は海とは反対の西側に位置する。だから、この私の部屋からは見ることが出来ない。

 そのことに、内心ほっと胸を撫で下ろした。


 それから三日後。

 ついに、王宮に出仕する日がやってきた。

 私は何度も鏡の前で確認しながら、清楚な水色のドレスを身に着けた。

 どうせ王宮ではお仕着せを着ることになるだろうけれど、第一印象を悪いものにはしたくない。

 最終確認を終えて、私はドレスを翻して王宮行きの馬車に乗り込んだ。


「もしも何か嫌なことがあればすぐに言いなさい」

「出来るだけ陛下の目に留まらないようにするのよ。目立たないように」


 パパとママはとにかく心配だというように、馬車のドアから顔を覗かせて言い募る。

 そんな二人の間から頭を潜り込ませるようにして、ウルリヒがぴょこんと頭を出した。


「お姉ちゃん! これ、僕が作ったんだ。付けてくれる?」


 そう言って差し出した手に乗っていたのは、よく騎士が剣の柄にお守りとして着ける組紐だ。

 

「きっと悪いものからお姉ちゃんを守ってくれるよ!」


 少し得意げに言うウルリヒが可愛くて、思わず顔が綻んでしまう。


「ありがとう。肌身離さず、付けているわ」


 笑顔でそれを受け取って、私は左手にその組紐を巻き付ける。

 ただそれだけで、家族が傍に居てくれるような心強さを感じた。

 まるでかつての、翡翠のペンダントのようだ。


「大丈夫。私頑張るわ。行ってきます」


 家族に笑顔を見せ、私は出発する。

 その状況は、まさに祀の島に出発したあの時を彷彿とさせた。


(でも、今回はちゃんと帰ってこられる。大丈夫よ)


 あの時の絶望的な気分ではない。大儀を為すためという状況は変わらないけれど、あの時とは確実に違う。

 私はいっそ心の高まりを感じながら、王宮への道を進んだ。

 

 馬車を降り、王宮の正面に降り立つと、私は大きな門扉を見上げた。

 この門を外から見るのは初めてだ。

 あの時は門が開いていたし、振り返らなかったから。

 けれどきっと、当時この門はこんなに傷だらけではなかっただろう。

 至る所に付いた刀痕(とうこん)や焦げた後が、壮絶な戦いの過去を如実に語っている。

 きっと、先般のクーデターによって付いたものに違いない。


「どういったご用件で?」

 

 じっと門扉を見つめていたら、不意に立哨(りっしょう)している門兵に声を掛けられた。

 ただ門を見つめたまま動かない女は、当然に不審に思われただろう。

 私は慌てて鞄から書状を取り出すと、怪しいものではないと言い訳するようにずいっとそれを門兵の前に差し出した。


「あの、本日から王宮に出仕する予定のレベッカ・ユーバーヴィンデンと申します。どうかお取次を」

「ああ、新しい侍女の方ですね。少々お待ちを」


 一気に警戒を緩めた門兵は、塀の中に姿を消す。やがて再び門が開くと、門兵の後ろに一人の男性が現れた。


「レベッカ・ユーバーヴィンデン嬢ですね。もう一度書状を確認させていただけますか?」


 にこやかな笑顔で促す男性に、再び書状を差し出して見せる。

 それを(あらた)めている間も男性は笑顔のままだ。

 しかし、その目は欠片も笑っておらず、背筋がぞくりとする。

 三十代の後半だろうか。

 背が高くがっしりしていて、白みがかった金髪は前髪だけが長い。左側の前髪だけを後ろに撫でつけて、右目はよく見えなかった。

 けれどちらりと髪の隙間から、火傷の痕のようなものが見えた。


「確かに。遠くからよくお越しいただきました。私は陛下の補佐をしているニクラス・ディーネンと申します。突然のことで大変だったでしょう」


 彼はそう言って、再びにこりと笑った。今度は瞳の冷たさを感じない。気がする。

 ディーネンというと、確か今回のクーデターの主犯の一人、ディーネン伯爵だろう。

 パパがそう言っていたはずだ。

 一見温厚そうに見えるこの人が、本当にそんな恐ろしいことをしたのだろうか。

 でもそう考えれば、あの火傷の痕にも説明が付く。クーデターの際の戦闘によって受けたものなのだろう。


「このまま侍女長のところに案内します。詳しい業務の内容は、彼女から聞いてください。どうぞこちらに」


 ニクラスは笑顔のまま身を翻し、門の中へと消えていく。付いてこいということだろう。

 私は慌てて彼の背中を追いかけた。

 王宮前広場を突っ切って、正面入り口を通る瞬間、ふと気付く。

 入り口の柱にも、無数の刀痕が付いている。これもきっと、クーデーターによってできた傷だろう。

 彼らが、私の家族を襲った時に、出来た傷。

 私は思わず、ニクラスの背中を睨みつけた。


「どうかしましたか?」


 ふいにニクラスが振り向き、どきりとする。

 勘のいい人だ。絶対にこの人に悟られてはいけない。


「い、いえ。王宮なんて初めてですから、なんだか緊張してしまって」

「確かずっと病床に臥されていたのでしたね。快癒されたようで何よりです。なにぶん新しく出来た王権ですから、気負わなくて大丈夫ですよ。みんな似たようなものです。来年にはまたデビュタントの宴を行う予定ですから、あなたもそれに参加されるといいでしょう」


 王権が変わって国内の情勢が荒れていたことで、これまでデビュタントの宴が開催されなかったというのは聞いていた。

 デビュタントの際にオスカーに会うだろうと意気込んでいたのに、それが叶わないと知り落胆したことを思い出す。

 時が経ち、徐々に情勢も落ち着いてきたのだろう。

 話している間に、使用人棟の侍女長の部屋に案内された。

 相当忙しいのか、侍女長に一言声を掛け、ニクラスは飛ぶようにどこかに去ってしまった。


「あなたがレベッカね。私はマヌエラ・エアへーベン。この王宮の侍女長を任されているわ。あなたにはこれから私の下に付いてもらいます」


 マヌエラの声は穏やかで、優し気な雰囲気に私はほっとした。

 淡いミルクティ色の髪もオレンジ色の瞳も、その柔らかな雰囲気を醸し出すのに貢献している。

 いくら復讐の為とは言っても、労働など初めてのことだ。

 侍女という仕事が簡単なものでないことは分かっているし、かつて私が王女だった頃の侍女長はとても厳しいとよくヘレナが嘆いていたから、正直緊張していたのだ。

 果たして上手くやれるだろうか不安だったが、マヌエラが話しやすそうな人で良かった。


「これまで病気がちだったので何も出来ない若輩者ですが、出来る限り頑張ります」

「そう。無理はしないでね。もし体調に異変があったり、何かあったらすぐに私に言うこと。いいわね」

「はい!」

「元気があっていいわ」


 マヌエラは満足そうに頷いた。

 良かった。第一印象は悪くなかったようだ。


「陛下の侍女はあなたを含めてもう一人居るの。大半のことは侍従たちがやるけれど、主には陛下の装身具の管理と手入れね。あとは陛下の自室や執務室の掃除も。なにぶん使用人の数が少ないから、メイドと同じような仕事もしてもらう必要があるわ」

「はい」


 今この王宮に、オスカー以外の王族は存在しない。

 だからメイドではなく侍女として雇われている時点で当然と言えるが、こんなにも復讐に打ってつけな役割をもらえるとは。

 やはりアルノー様は私の味方だ。

 コンコンとノックの音が響き、「失礼します」と声がした。

 若い女性の声だ。


「ちょうど来たわね。ラウラ、入りなさい」

「はい」


 そうして扉を開けて入ってきたのは、私と同年代の女性だった。

 焦げ茶色の髪にアンバーのくりくりとした瞳が、どこかヘレナを思わせる可愛らし顔立ちだ。


「レベッカ。この子はラウラよ。こう見えて王宮の中でも古株なの。ラウラから色々教わってね」

「は、初めまして。レベッカ・ユーバーヴィンデンです。よろしくお願いします!」

「ラウラ・ギューテよ。よろしくね!」


 ラウラはそう言ってにこりと笑った。

 人当たりが良さそうで、ほっと安心する。


「ラウラ、じゃあよろしくね」

「任せてください! じゃあまずは私が王宮を案内するわ。行きましょう!」


 元気のいいラウラの言葉に頷いて、私は彼女の背中を追いかけた。


「同年代の女の子が来てくれてとっても嬉しい! ねえ、あなたのことレベッカって呼んでいい? 私のことはラウラって呼んでね」

「わかった。ラウラ、よろしくね」


 懐かしい中庭に面した王宮の中を歩きながら、私はラウラとたわいも無い話をした。

 ラウラは私と同じように辺境の男爵家の娘で、侍女長と縁戚だったことから、二年前からこの王宮に出仕しているらしい。

 彼女は王宮に住み込みで働いていて、家族はみんな領地にいるのだという。

 明るく色々なことを教えてくれるラウラに、なんだか本当にヘレナと話していたあの頃のようで、楽しいという感情が湧き上がる。


(この王宮で、私の家族は殺されたのに……。こんな風に思ってちゃいけない……)


 罪悪感が一気に首をもたげ、気持ちが沈んでいく。そうだ。忘れちゃいけない。

 私が何のためにここに来たのかその目的を。


「レベッカ? 急に黙り込んでどうしたの?」

「あ、ううん。なんでもないの。王宮が広くて、ちょっと疲れちゃったみたい」

「ごめんごめん一気に色々回りすぎた? 王宮ってすごく広いもんね。これだけ広かったらさ、ずっと王宮から出なくても飽きないんじゃないかって思うもの」

「……そんなことないよ」


 私を心配げに見つめながら頬を掻くラウラの言葉に、思わず反論してしまう。

 嫌な態度を取ってしまったと、慌てて笑顔を作る。


「あ、ただこれだけ広くても、ずっとは嫌なんじゃないかと思って」

「まあ、そうだよね。ただうちの屋敷に比べたら、ずっといいかなって思って。正直ずっと家に居るの退屈だったもの」


 二人で話をしていると、急に廊下の奥が騒がしくなる。

 誰かが歩いてくるようだ。


「大変! 陛下だわ! レベッカ壁に寄って頭を下げて!」


 言われるがままに壁際に寄り、頭を下げて待つ。

 革靴が廊下の石床を鳴らし、徐々に近付いてくる。

 内心、胸の鼓動が外に漏れてしまうのではないかと思った。

 あのオスカーが、すぐ側にいる。

 カツン、カツン。

 靴音が大きくなる。

 カツン。

 一際大きく靴が鳴った。

 その瞬間。私の目の前に、人影が(よぎ)ぎる。


「お前」


 不意に声を掛けられて、びくりと肩が跳ねた。

 今、私、声を掛けられた?


「ラウラの隣に居るお前だ。頭を上げろ」


 忘れもしない、低い声。

 私はゆっくりと頭を上げる。

 目に入ったのは、まさしく。

 あの、オスカーだった。

大変お待たせしました。

完全に肺炎でダウンしていまして、ストックの更新すらままなりませんでした……。

これからまた更新できると思います。

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