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第十三話 道の途中で

 フリーデンから王都までの道のりは、正直言って厳しいものだった。

 舗装などされているはずもない森の中を進む。

 木を間引いたり根っこを抜いたりしてある程度整備しているとパパは言っていたけれど、それでもやはり大きな揺れは避けられない。

 昼を迎える頃には、私のお尻はもう限界を迎えていた。


「僕ここまで来るの初めて! この森は鳥がたくさんいるんだねー」

「ウルリヒは動物が好きだなあ。そうだな。この森は国内でも有数の鳥の生息地だからたくさん居るだろう。図鑑を開いてみるか?」

「あなた、馬車の中で読んだら酔ってしまいますよ」


 和やかに家族が会話をしているのを眺めながら、私はどうにか楽な体勢はないかと試行錯誤を重ねていた。

 ママがクッションや毛布を敷いてくれたけれど、限界を迎えた私のお尻には一向に効果はないようだった。

 ウルリヒもここまで長い馬車での移動は初めてだと聞いたけれど、随分と余裕がありそうだ。まだ体が小さいからかもしれない。


「レベッカ、随分辛そうじゃない。そろそろ休憩にする? お昼も食べてしまいましょうか」

「そうだな。この辺りは景色もいいし、もうすぐ行けば湖があるはずだ」

「湖! 私見てみたいわ!」


 湖というものは見たことがない。

 森の中に大きな水たまりがあるというが、それが泳げるほどに広いらしい。

 同じように興奮するウルリヒと並んで、窓に顔を付けて瞳を輝かせながら外を眺める。

 やがて、木々の間からキラキラと光るものが見えてきた。それが陽の光を受けて煌めく水面だと分かると、私とウルリヒは声をあげて喜んだ。


「デアズーという湖だよ。夏には泳ぎに来る地元民もいるようだ。まあ今は水が冷たすぎて泳いだら風邪を引くけどな」


 確かにもう厚手のショールをかけないと寒いと感じるほどの季節になってきた。

 きっとこの気温では無理だとは分かりつつ、人生で一度も経験のない「泳ぐ」という行為に興味が引かれて仕方ない。

 いつか、私も泳ぐことができるかしら。パパに言えば泳ぎ方を教えてくれるかな?

 そんなことを考えながら、湖畔に停められた馬車を一歩降りると、爽やかな森の香りが鼻腔いっぱいに広がった。


「綺麗! 湖ってこんなに大きいのね!」

「ああ、デアズーは国の中でも五本の指に入るほど大きな湖だからな」


 もし海を見たことがなかったなら、これを海だと錯覚したかもしれない。

 そう思えるほどに、デアズー湖は大きかった。


「ボート遊びも出来るぞ。レベッカはボートに乗ったことがないだろう?」


 パパの言葉に、祀の島に渡った時のことが瞬時に思い出される。

 同時に、苦しいような悲しいような感情が湧き上がった。


「……私、ボートはあまり興味ないわ」

「そうなのか? まあ、どちらにせよもっと暖かい時期の方がいいだろうしな」


 パパは特段気に留めた様子はなく、にこりと笑ってから必死に図鑑片手に木の上の鳥を観察しているウルリヒの方へと向かっていった。

 私はじっと、煌めく水面を見つめる。

 フリーデンでの暮らしが穏やかすぎて、ユーバーヴィンデン家のみんなが温かすぎて、ともすると忘れそうになる。

 祀の島で見たあの光景。私が何をすべきなのか。


(そう。ちゃんと思い出して。私は遊びに行くんじゃない)


 正直に言えば、目にする全てのものが目新しくて、痛むお尻を差し引いても、この道のりは楽しさが(まさ)っていた。

 けれど、目的を忘れてはいけない。私の目的は、オスカーへの復讐だ。


(でも、復讐ってどうすればいいのだろう。オスカーを亡き者にする? どうやって……)


 最初のうちは、捨て身でナイフを持って襲いかかっても構わないと思っていた。

 二度目の生は、オスカーへの復讐のためにあるのだから。

 しかしパパやママ、ウルリヒのことを考えると、それはできない。

 せっかく息を吹き返した娘がそんな大罪を犯すだなんて、優しい彼らには受け入れられないだろう。

 それに、当然家族も無罪とはならないはずだ。私の復讐に、みんなを巻き込むわけにはいかない。

 だとすると、絶対に私が疑われない方法にしなくちゃ。

 かつて三番目のお兄様、エルンストお兄様が言っていたことを思い出す。

 暗殺には、毒が最もよく使われるらしい。

 毒など全く心当たりはないけれど、王宮の図書室には本がたくさんある。

 かつては碌に文字が読めなかったために、図鑑の絵を眺めるか児童書を読むくらいしかできなかったけれど、今ならもっとたくさん読むことが出来るはずだ。

 何か手掛かりが見つかるかもしれない。

 時間ならある。焦らずに考えよう。


「レベッカー? ランチにするわよー?」


 ママの声に振り返ると、いつの間にかピクニックラグが広げられ、三人が座っていた。

 道中の私たちの世話のために来てくれたベラが、屋敷から作って持ってきたチーズと豚のピタサンドを配膳している。

 私の大好きな料理だ。


「今行くわ!」


 後ろ暗い計画を悟られないように、意図的に笑顔に切り替えると、私はみんなの元に走っていった。

 

 その日は人生で初めての野営を経験して、翌日も馬車で直走る。

 痛むお尻をさすりながらも夕方を迎えると、森を抜けたのか一気に視界が開けた。


「あーー。ようやくウンターヴェークスまで来たな」


 パパが大きく伸びをしながら言う。

 この巨体でそんなことをすると、馬車の中が全部パパで埋まってしまうようだ。


「ウンターヴェークスってこの町だよね⁉︎」

「そうよ、ウルリヒ。よく分かったわね」


 地図を広げて一点を指さすウルリヒの頭をママは優しく撫ぜる。

 ウルリヒの持つ地図を覗き込めば、確かにウンターヴェークスの名前がそこにあった。


「あまり大きな町ではないのね」

「ああ、だが食糧調達には大事な拠点だ。今日はここで一泊するぞ」


 パパはそういうと、馬車の扉を開けてのしっと外に出た。

 ママとウルリヒがそれに続いて、私も扉を潜る。

 一歩地面に降り立つと、その景色に驚いた。

 およそ栄えているとは言えない、寂れた町だった。

 王都の家とは全く異なる、痛みの激しい屋根を支えるくすんだ壁。あばら家、と呼んでも差し支えないような家々が並んでいる。

 フリーデンの村も、ここまで寂れてはいなかったのに。

 痩せた汚い身なりの女性が、洗濯物を取り込んでいるのが見える。元は一体何色だったのかと思うほど、くすんだ酷い色のシャツだ。

 女性の近くには、同じく痩せて汚い身なりの子どもたちが、車座になって地面に何か書いている。絵でも描いているのだろう。王女の頃は私もよく絵を描いたけれど、あんな風に自らの指を汚したことはなかった。

 もうすぐ冬が始まろうというのに、あまりに薄着だ。あの服で、果たして冬が乗り越えられるのだろうか。

 相当に貧しいだろうに、彼らに悲壮感は感じない。

 むしろその様子が、これが彼らの日常となってしまっているのだろうと感じられた。


「どうしたのレベッカ? 行くわよ」


 ママにそう声を掛けられて、ハッとして歩き出す。

 私たちに気付いたのか、女性と子供たちが立ち上がり頭を下げた。

 私たちは貴族だ。平民の彼らがそうするのは確かに当然だけれど、王宮にいた時よりもずっと素朴な生活をしていたために、あまり意識していなかった。

 しかし彼らの身なりと私のドレスを比較すれば、その違いは明らかだ。

 古ぼけた家々の中では小綺麗な二階建ての建物に、パパがすっと吸い込まれる。

 ママとウルリヒもそれに続き、私も一瞬躊躇しながら、中に入った。

 建物の一階は食堂のようで、誰も座ってはいないが、六人掛けのテーブルが四つ並んでいる。入り口の正面がキッチンのようで、色々な調理器具が吊り下がっているのが見えた。

 外観からは想像ができないほど、中はかなり綺麗なものだった。

 今回のように貴族が泊まることもままあるのだろう。


「ご連絡いただきました通り、本日は貸切にしてございます。どうぞ、お二階に」

「ああ、無理を言ってすまないな」


 パパと比べるとまるでネズミか何かのように小さく見える初老の男性が、へこへこと腰を折ってパパに鍵を渡す。

 ぎしぎしと軋む階段を上ると、案外と広い廊下が広がっていた。ドアの数から察するに、宿泊用の部屋は五室ということなのだろう。


「男爵様と男爵夫人はこちらを、お嬢様とご子息様には、それぞれこちらの部屋を用意してございます」


 ちょこまかと案内する主人に紹介された部屋は、宿の前の通りに面した大きな窓のある部屋だった。

 まるでクローゼットか何かのように狭いけれど、きっちりとベッドメイクされたベッドに曇りのない鏡台が置かれ、これはこれで、こぢんまりとしていて居心地が良さそうだった。


 一度それぞれの部屋に分かれ、ベッドにぽすんと腰を下ろした。馬車で傷んだお尻をさする。

 大きく伸びをしてから、窓に寄って外を眺めた。

 オレンジ色に染まる町の中を、子供たちが駆けていく。遠目に見てもあまりにボロボロで、雑巾か何かを身に纏っているようにすら見える。

 ふと窓下に目をやれば、痩せ細りボサボサの髪で表情の見えない男が、宿の入り口であのネズミのような店主に何かを必死に話しかけている。

 しかし店主は男を突き飛ばすと、「さっさと行けこの物乞いめ!」と叫んだ。

 

「レベッカ? どうしたんだ返事もしないで」


 いつの間に部屋に入ってきていたのか、パパがすぐそばに立っていた。

 私は自分でも訳も分からず、瞳が潤むのを感じる。


「ねえパパ、この町は酷いわ。あんなに貧しい人たちがこの国に居るだなんて」

「ああ、レベッカは外に出たことがほとんどないからな。驚いただろう。でもここが特別酷いなんてことはない。平民たちは大体こんなもんさ。国の西の方は、酷いと言っていいだろうがな」


 思わずパパの大きな胸に飛び込むと、ついに涙が溢れた。

 かつてお父様が築いた平和の王国が、こんな風になってしまうなんて。

 パパはまるで幼子を慰めるように、私の肩にそっと手を置いた。


「平民たちの暮らしが苦しいのは……クーデターのせいなの?」

「ん? まあそれもあるだろうな。最初はかなり国中が混乱していたから……。けれどこの町は、昔から貧しいよ」


 貧しいといっても、ここまでではなかっただろう。

 だってお父様なら、きっと国の隅々まで目を配っていたただろうから。

 許せない。オスカーは、私の家族だけでなく、民も苦しめているのだ。

 改めて痛感した。オスカーは、絶対にこのままにしていてはいけない。

 パパの話では、以前のこの町の領主は一連のクーデターで断頭台の露と消えたらしい。代わりに、現在この村は王直轄の領地となっているそうだ。

 こんな風に苦しんでいる民がいるのに、自分の直轄地だというのに、見向きもしないだなんて。


「パパー? お姉ちゃんまだー?」


 ウルリヒがドアから顔覗かせて、無邪気に声を掛けてくる。

 私が泣いていると気付いたのか、ぎょっとした顔でとてとて駆け寄った。


「お姉ちゃんどうしたの⁉︎ どっか痛い⁉︎」

「そんなことないわ。ゴミが目に入っただけ」

「優しいレベッカ。まだ早いが夕飯にしよう。その為に来たんだ。まずはお前の体が第一。そうだろう?」


 心配そうに顔を覗き込むウルリヒを心配させないように微笑んで、私は頷く。

 部屋から出ていくウルリヒとパパの背中を追いかけながら、振り返り窓の外を再び見る。


(オスカーなんかに、国を任せていられないわ)


 一人密かに、再び復讐を誓った。

 

昨日また高熱を出してしまい投稿が遅れて申し訳ありませんでした。

ぼちぼちやっていきます。

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