希導 -kidou-
我が青春の六本松高校(仮)文芸部
及び
浪漫神宮大学(仮)SF研究会の諸氏に捧げる
「くぅっ……!」
時間と空間の狭間の暗黒の空間の中で、紀藤ふたはは孤軍奮闘していた。
兄は完全に意識を喪っており、妹がその躰を必死に抱き寄せている状況であった。
ピクリとも動かない兄が実は既に息を引き取っているのでないかという怖れを一瞬抱く。だが、兄の躰を掴む彼女の指先には確かに兄の命の温もりだけは伝わってきていた。
互いに何かを引っ掛ける余地の無い全裸のままであったとは云え、そのままでも妹が兄の躰を掴むだけであれば何も支障はない筈であった。
しかし今、妹は重大な危機に直面していた。兄が既に昏倒しているように、彼女の意識も又遅まきながら途絶え始めていた。
ファーラからナナムゥを経て妹に託された護りの徽章は、今は彼女の胸の少し上に浮遊していた。徽章の放つ輝きは次元の狭間である暗黒の領域での唯一の光源となっていた。その僅かな光の反射から、不可視の球形の防護膜が存在し、自分達を包み護ってくれていることは妹も視認していた。
もしここで兄を掴む手を放してしまったとしても、その徽章の防護膜が兄の躰を留めてくれる可能性はあった。だが、それを実際に試す勇気は妹には無かった。
もしこの暗黒の世界ではぐれてしまったならば、もう二度と兄とは再会できないだろうという確かな予感だけはあった。
「ううっ…!」
意識が遠のきつつあるが、打開策は何も思い付かない。
八方塞がりである。唯々睡魔に耐えるしかない妹の腕に何か柔らかい物が触れたのはまさに彼女の意識が限界を迎える寸前のことであった。
「!?」
妹の視線の先に漂う、細く長い青い布。それがカカトの形見にしてガッハシュートが首に巻いていたマフラーであることを思い出すことまでは出来たが、それがなぜここにあるのかまでは妹には分からなかった。
だが、分からないままに妹は空いた片手でその布に手を伸ばししっかりと握りしめた。
その布で――行儀悪く脚まで駆使して――自分と兄の躰を腰のところで固く結ぶのにそこまで時間は掛からなかった。
そしてようやくの安堵の想いと共に、妹の意識も又、遂に安寧の中に沈んだ。
それからどれ程の時間が経過したのかは分からない。そもそも時空の錯綜するこの次元の狭間において、時間の経過など意味の無い概念と化していた。
やがて、その暗黒空間の中で、布の片側の端が、まるで蛇が鎌首をもたげるかのように持ち上がった。
青い燐光を含んでいた表層は、兄妹の躰に流れる“龍”の血の影響か、今は紅く眩い輝きを放ち始めていた。
そのマフラーの鎌首が、まるで何かに引っ張られているかのようにゆっくりと動き出す。
暗黒の空間にもしも目撃者がいたならば、錯覚だと怪しむ程度のジリジリとした動きである。
しかしマフラーが、ひいてはそれに躰を結わえている兄妹の躰が引かれる速度は徐々に、そして確実に速度を増していった。
マフラーの端に物理的な意味での糸が繋がっている訳ではない。だが何かの目に見えぬ“糸”が引いているとしか思えない動きであった。
或いはそれは、“縁”という名の糸であったのだろうか。
兄妹を結わえたカカトのマフラーがファーラの徽章を伴ったまま、暗黒の空間を斬り裂き飛んで行く。
戻るべき場所へ。
待っている人々の許へと。
まるで夜空を奔る紅い流星のように。
まるで流浪の身から脱し待ち人の許に帰る、紅い龍であるかのように……。
―完―




