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帰道(24)

 「え?」

 兄の指示に対し妹が上げた声は、如何にも素っ頓狂で間の抜けたなものであった。

 だが兄は苦笑一つ漏らすこと無く、傍らのサリアの“彫像”をチラリと一瞥した後、改めて切々と妹を諭した。

 「“彼等”の“目”だか“鼻”だか知らんが、それさえ斃せば状況が変わるかとも期待したが、そこまで甘くはなかった。結局は自爆するしかなさそうだが、それは私だけでいい。お前まで付き合う必要はない」

 「でも――」

 言葉を呑み込み不安気に自分を見つめる妹の貌に、無理もあるまいと兄は心の中で後ろめたさを覚える。白い空間に幾筋も生じた亀裂から覗く暗黒の“向こう側”。その得体の知れぬ空間に逃げ込んだところで、元の閉じた世界(ガザル=イギス)に戻れる保証はどこにも無い。むしろ皆無に等しいだろうという推測は、その暗黒空間を目の当たりにした兄妹の共通認識であった。

 (だが、生き延びる可能性はゼロではあるまい)

 そう己に言い聞かせた兄が説得を続けようと口を開くよりも早く、今度は妹の方がそもそもの疑念を口にした。

 「本当に自爆したらここを吹き飛ばせるの?」

 いくら(かげ)に対する畏怖の念を克服できたとは云え、妹の不安は依然としてあった。まして先程出会い頭に試製六型機兵(キャリバー)の四肢の結合を解かれ床に芋虫のように転がされた以上、受けた衝撃の大きさは尚更のことである。

 「心配するな。(やつ)は自爆を最初に阻止した。逆に言えば自爆さえすればここを吹き飛ばせると(やつ)自身が認めたということだ」

 兄は、嘘をついた。妹を安心させる為に。

 口にした憶測自体に偽りは無い。だが本当に“黒き棺の丘”(クラムギル=ソイユ)を爆砕可能かどうかなど、兄に断言できる筈はなかった。

 「お兄ちゃん、だったらわたしも――」

 妹がその先に口にしようとした言葉を、兄はその両肩を掴み呑み込ませた。

 「これ以上、私を困らせるな」

 「……!」

 言葉を詰まらせる妹のこめかみの辺りに、兄はゆっくりと右手を伸ばした。僅かに(あか)みの差した黒髪に絡んでいた小さな徽章を摘まみ取り、そっと妹に差し出す。

 「例え元の世界に通じていなくとも、徽章(これ)がお前を護ってくれるだろう」

 兄が差し出したもの、それはかつてファーラがナナムゥに譲り渡した守護(まもり)の徽章だった。最初に受け取ったナナムゥはそれを試製六型機兵(キャリバー)の胸部収納庫に預けていたのだが、紅水晶の増殖により機兵の内部が埋め尽くされた際に所在が確認出来なくなっていた。コルテラーナが錯乱したという状況的に、それどころではなかったというのもある。

 先般の(かげ)の腕の一撃から妹を護った球形の“力場”を形成したのも、その徽章の護りによるものであった。

 妹の手に徽章を握らせた後、兄は改めて妹の両肩に手を置き告げた。それは懇願でもあった。


 「行け。もしかしたら、ガルアルスが拾ってくれる可能性だって――っ!?」


 今度は兄が、最後まで言葉を発することができなくなる番であった。その瞳がグルリと白目を剥き、小柄な体が更に小さな妹の胸の内にグラリと倒れ込む。

 「お(にい)っ!?」

 妹の元から大きな瞳が、驚愕で更に大きく見開かれる。

 兄の後頭部を背後から殴打し失神に追い込んだモノ――それは彼女にとっても見憶えのある“紐”の一撃であった。

 (かげ)により四肢の結合を解かれ擱座していた石の機兵が、いつの間に再結合を果たしていたのかユラリと立ち上がった姿が見えた。とは云え、その胸部装甲は裂かれたままであり、そこから転がり落ちた忌動器も又、二つに割れた無惨な姿を床上に晒していた。

 あり得ない状況であることは流石の妹にも一目瞭然であった。試製六型機兵自体に自我はない。加えて動力源である忌動器すらも胴体から転がり落ちているのである。動ける訳など無かった。

 だが、眼前の試製六型機兵は確かに動いており、更に妹に対して指差しまでしてみせた。先程の兄と全く同じように、白一色の空間に生じた亀裂から覗く“向こう側”を。

 言葉は無くとも、それが脱出を促す動作であることを妹は理解した。

 もし兄が意識を保ったままであったなら、その現象に何とか理由付けを試みただろう。自分達と同じように、紅い龍(ガルアルス)の“力”が某かの影響を及ぼしたのだろうかと。或いは(かげ)が消滅した結果、それまで不可能だった移動図書館からの遠隔操作を受け付けるようになったのだろうかと。

 しかし――理屈に拘る兄とは異なり――妹の脳裏に唯一浮かんだものは、かつて所長が何かの際に口にした言葉であり、そして自分にとっても馴染みのある概念――すなわち、『長く使ったモノには心が宿る』という、母親からも良く聞かされたことのある言葉であった。

 真実はどうあれ、それが妹にとっての『真実』であり、もう彼女は迷いはしなかった。

 兄の体を抱えたまま、妹が“向こう側”に繋がる亀裂の一つに向かう。元より看護士を志していただけにそれなりの腕力はあるつもりであったが、それを加味しても意識を失った兄の体を抱いて運ぶことは容易かった。自分の肉体が人間のそれから変容してしまったことを、妹は改めて実感した。

 大きめの亀裂の前に立ち、いよいよ“向こう側”に飛び込む寸前、妹は最後に一度だけ背後を振り返った。


 「ごめんね、キャリバー」


 それが“向こう側”に消える妹が最後に残した言葉であった。


 “ヴ…!”


 唸り声を一つだけ上げると、試製六型機兵キャリバーは白色の床面を紅い水溜まりのように染め上げている紅水晶の山に歩み寄ると、四肢や背面に備え付けられた魔晶弾倉を全て起動させた。予め装填されていた龍遺紅(ドラコガル)が紅い閃光を一斉に発する。

 キャリバーの背中に漂っていた妹の言葉も、誘爆する紅水晶の光と音の中に呑まれて消える。


 「ごめんね……」


        *


 “閉じた世界(ガザル=イギス)”の大地がたった一度、一度だけ大きく鳴動した。

 世界そのものが絶叫を上げたかの如きあまりにも激しい鳴動であった為、人々は転がるように外に飛び出し申し合わせたように夜空を見上げた。


 妖精皇国で“館”を護るヴァラムとシロも――


 商都ナーガスでモガミの無事を祈るティラムも――


 コバル公国で公民を地下に退去させる算段を進めていたデイガン老宰相も――


 ただ静かに事の終結の訪れを待っていた所長とモガミ、そしてバロウルも――


 誰もがその他多くの人々と共に空に異変が生じる様を見届けた。

 “閉じた世界(ガザル=イギス)”を密封していた球状の結界に、地面との境界線を中心として綻びが生じる。それは“ひび割れ”という目に見える形となって――地下に埋もれた半円部分は無理としても――人々の頭上で夜空に亀裂を大きく広げていった。その頂点である“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)上空目掛けて一斉に。

 裂け目という“線”に留まらず、欠けた夜空という“面”まで形成する“亀裂”の奥に、暗黒の“向こう側”が顔を覗かせる。しかしそれは夜間であったこともあり、周辺に比べその部分だけ星の瞬きが消え失せた形として、注意深く夜空を見渡してようやく気付く変異に留まった。


 爆心地である“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)に最も近い位置にいたナナムゥとミィアーだけは、丘の中心にそびえる暗黒の領域が風船のように爆発四散する様を遠景とは云え目視することが出来た。


 「キャリバー!?」


 今から走ったところでどうなるものでもない。それはナナムゥ自身も分かってはいたが。それでも彼女は懸命にその場から駆け出した。そうすることでしか、キャリバーに犠牲を強いることしかできなかった己の不甲斐なさ、後悔の念を抑えることができなかった為である。

 その無意味な疾走の後にミィアーが続いたのは、モガミに対し可能な限りの現況報告をせねばならぬと云うシノバイドとしての冷徹な使命感が故であった。


 駆ける二人の少女を始めとする、大地から空を眺めるしかない数多の住人達と異なり、空が割れる変異を間近に目にすることができた一組の男女がいた。

 まさに割れる空の中心点である“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の直上に留まっていたガッハシュートとコルテラーナである。

 「やったか!」

 依然として己の腕の中にコルテラーナを抱きすくめたまま、ガッハシュートは感極まった声を発した。

 全てを託し死地へと送り出した試製六型機兵キャリバーが、遂に自爆という本懐を果たしたことは疑いようがなかった。彼の魔晶弾倉が噴出する龍遺紅(ドラコガル)の炎によって遠巻きに取り囲むことしかできなかった“守衛”達の躰が次々と消滅を始めたことからもそれは明らかであった。

 “守衛”という存在を夢見ていたサリアが本当の死を迎えた以上それは必然であり、“守衛長”と“館長”という同じ存在である自分達もまた消え去る運命であった。

 (あの時の選択は正しかった……)

 ガッハシュートの脳裏に在りし日の記憶が走馬灯めいて甦る。

 あの夜、バロウルの前に焼け爛れ癒着した半屍体の躰で墜ちて来た兄妹。それを忌動器に詰めフォモウル液に浸し延命を図ったのはバロウルの懇願に対する哀れみの念からではあった。

 しかしコルテラーナは貴重な忌動器をそのような『人助け』の為だけに占有することを許さなかった。その為に兄妹は本来の用途――すなわち起動後に魂魄が発狂するか、或いはそもそも起動すらせずに魂魄が朽ち果てた先例しかない試製六型機兵の起動実験の一例として組み込まれたのである。

 結果として、兄妹の半屍体と魂魄を埋め込んだ試製六型機兵は起動することなく浮遊城塞オーファスの地下廃棄場に隔離され、魂魄が完全に朽ち果てるまで捨て置かれることとなった。

 起動しなかった以上仕方のないことであり、本来ならそこで『人助け』の話は終わる筈であった。

 だがその機兵に関しては、コルテラーナの監視下にあるバロウルに変わりガッハシュートは個人的に観察を続けた。廃棄場に置かれたその機兵を彼がそこまで気遣った理由は、元より『人助け』を躊躇うべきではないと自分がバロウルを焚き付けたという責任感からである。

 しかしそれとは別に、言葉には出来ない漠然とした予感めいたものがあったことも確かであった。

 数日の後に唐突にその機兵が起動した事にガッハシュートは驚愕しつつも、それがコルテラーナによって秘匿され彼女のいいように実験処理されることを危ぶんだ。そこで廃棄場の施錠を解くことで脱走を促し、更に発狂した同型機との予期していない遭遇からの逃走の助勢もした。その後にナナムゥと出逢うように経路を誘導したのもまた彼の仕業であった。

 その甲斐があり――などとはガッハシュートも誇示しない。自分はあくまで最初の切っ掛けに過ぎず、他の様々な偶然や幸運が重なった結果、『愚か者』(キャリバー)と自称した試製六型機兵は見事に自爆というその使命を果たしてみせたことになる。

 「(なが)かった、本当に…」

 腕の中で身動ぎもせずにずっと抱かれたままのコルテラーナに向けて、改めてガッハシュートは感慨深げに囁いた。例えどんなに錯乱しようと、その結果として“世界”をやり直すという名目で滅びの赤い雨を降らせようとも、心の奥底ではコルテラーナも、そしてその源である“夢視る”サリアもこの日の訪れを心の奥底では待ち望んでいたことを彼は知っていた。

 本当にこの世界をやり直すつもりであるならば、それに抵抗するガッハシュートを制する気があったならば、単にガッハシュートという存在を“夢視る”ことを止めればよいだけの話であった。

 だが、ただそれだけで済む筈であるにも関わらずサリアはそうはしなかった。しなかったのである。

 「コルテラーナ」

 周囲の“守衛”達と同じように、既にガッハシュート達も爪先から太腿までが霧散し消失を始めていた。その状態で、改めてガッハシュートはコルテラーナの名を呼んだ。

 「俺もお前も、所詮はサリアの夢視た“紛いもの”、偽りの存在でしかない」

 「……」

 ガッハシュートの最期の言葉に、その胸に貌を埋めたままのコルテラーナの肩が始めてピクリと震える。

 「だが、もしも生まれ変わりというものがあるならば――」

 「――!」

 始めてギュッと、コルテラーナは自分からガッハシュートの背に手を回しその躰を強く抱き締めた。紀藤兄妹が抱き合い癒着したままこの世界に墜ちて来たのとは真逆に、両者は抱き合ったまま天頂に覗く“向こう側”の大きな亀裂に吸い込まれるように浮上を始めていた。


 「来世こそはお前と――」


 ガッハシュートの想いが声として残ったのはそこまでであった。直上に広がる暗黒の“向こう側”に呑まれたのが先か、或いは肉体そのものが消散したのが先か、いずれにせよ“閉じた世界(ガザル=イギス)”の夜天の下にガッハシュートとコルテラーナの姿は消え失せた。ただ、ガッハシュートが首に巻いていたカカトの形見の長いマフラーだけが、波間を漂うクラゲの様に風の中に遺された。

 だが、その青い燐光を放つマフラーも又すぐに、暗黒の虚空の中に呑まれて消えた。


 後に残されたモノは、何も無かった。


        *


 (よくぞ、勤めを果たしてくれました)


 労いの言葉を所長は敢えて声には出さず胸中に留めた。

 労いの言葉とはすなわち弔いの言葉でもある。すぐ向こうで人目も憚らず号泣しているバロウルを想い労ったというのが一番の理由である。

 しかし“今後”のこと――すなわち『良い国を造る』という決意を再び胸中に固く誓った事もあり、所長は死した者への追悼に心を砕くことを止めた。

 所長だけが与り知ることではあるが、彼女と水晶球(ルフェリオン)の間にはかつてある密約があった。彼らがガルアルスと共にこの世界から去る前のことである。

 コルテラーナではなく所長に対して、青い水晶球ルフェリオンはファーラ・ファタ・シルヴェストルの庇護を依頼した。その対価として水晶球が提示したのが、ティティルゥの遺児達(ティティルラファン)に憑依されたバロウルが破壊した“館”の制御室の修復であった。

 回路図自体が残っていたこともあり、“館”こと宇宙観測船瑞穂はその機能を回復した。とは云え――所長にとっては宿願である――物理的に圧壊した医療ユニットの復元は流石に不可能であったが。

 それでも、それまで“館”の空調程度にしか活用できなかった電力を、街一つ賄える程度の発電と貯蓄可能なまでに機能回復したことは嬉しい誤算であった。

 しかしと、いざこの世界が解放された今になって所長は頭を悩ます。果たしてそれを無配慮のまま世界に解放して良いものかと。

 所長の迷いの理由は妖精皇国一国に安易に莫大な電力を供給した場合のパワーバランスの傾きに対してだけではなく、もう少し根が深い問題にあった。

 宇宙観測船瑞穂のアクセス権を持つのは自分とモガミ、そして護衛機シロウだけである。新たに権限を付与する事が出来ない以上、自分達が果てた後は瑞穂から街への電力の供給が途絶える事になる。

 その場合の混乱を考えると、始めから電力の供給無しでの復興を進めた方がマシではないのかという所長の躊躇いを生んだのである。

 「妙子様」

 我知らず険しい貌をしてしまったのか、傍らに控えていたモガミが不意に彼女の名を呼んだ。

 「事を急がれる必要はありません」

 図星を突かれハッと目を見開いた所長がモガミの貌を見、そしてフッと安堵の微笑みを浮かべる。

 「護神、また私を助けてくれますか?」

 「はっ!」

 モガミが片膝を突き深々と頭を垂れる。その力強い返事に支えられ初めて所長の涙腺が緩むが、彼女は涙を堪え貌を上げた。


        *


 「ふむ……?」

 ガッハシュートとコルテラーナが揃って消え去った天頂を見上げ、次いで己の指先に視線を移しその健在を確認した後、司書長ガザル=シークエは芝居がかった仕草で首を捻ってみせた。

 「司書長、これは……?」

 彼の背後に控えるバーハラも又、同じく困惑した声をあげた。

 両者が揃って困惑するのも無理はなかった。

 “司書長”と“司書”――肩書きに違いこそあれ両者は共にサリアの“夢視た”存在である。“黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の爆発と共にサリアが消滅した今、彼等“司書”も同時に消え去る運命、その筈であった。実際に消え去ったガッハシュート達“守衛”と同じように。

 だがその気配すら無かったのである。

 「……或いは」

 ガザル=シークエは眼鏡のブリッジをクイと二本の指先で持ち上げると、まるで自身に言い聞かせるように呟いた。

 「完全にサリアの記憶の産物である“守衛”と違い、我々“司書”はこの世界に流れ着いた書物を元にサリアが夢想した存在だ。それが即時の消滅を免れた要因なのかもしれない。とは云え――」

 彼らから少し離れた正面の空間が、何かの先触れとして蜃気楼のように揺らぐ。それを注視しつつ司書長はバーハラに淡々と告げた。

 「あくまで消滅までに幾ばくかの猶予が与えられたに過ぎないのだろう」

 「そうなのでしょうか」

 応じるバーハラの口調が多少覚束ないものであったのは、彼女の意識もまた同じく揺らぐ空間に向けられていたからである。その貌には珍しく、苛立ちの感情が露わに浮かんでいた。

 「恥知らずな」

 バーハラが毒づくのも当然ではあった。空間の揺らぎは両者にとっては馴染みの現象であり、かつての居城であり館長(コルテラーナ)に従い決別することとなった移動図書館が現世に顕現する前触れであった。

 「司書長である私より館長であるコルテラーナに従うのは当然のことだ。彼等を責めてはいけない」

 移動図書館が完全に顕現するその様を見届けながら司書長がバーハラに釘を刺す。

 「ですが――」

 「折角の猶予だ。余生を如何に有意義に使うか考えを巡らす方が建設的だと思わないかね?」

 唇の端に始めてフッと、ガザル=シークエがささやかな微笑みらしきものを浮かべる。

 「移動図書館を適地に据え、そこを中心に新たな市街(まち)を築きたいと私は考えている。そこまで我々という仮初めの存在が保つのかは分からぬがね」

 実際に街の建設にどれだけの時間を要するのかも分からぬ、半ば戯れの言葉である。“夢視る”サリアから、加えて何よりも“彼等”の軛から逃れた司書長ガザル=シークエが視た新たな儚き“夢”でしかないのかもしれない。

 それをもまた冷静に自覚していたこともあり、その先に続く言葉をガザル=シークエは己の心の内に留めた。

 彼の切れ長の端正な瞳が、バーハラの抱えた瀕死のカアコームを見つめる。


 (少なくとも、移動図書館で一人の男の命だけは救えそうではあるな……)


        *


 救世評議会の長にして“旗手”でもあった“知恵者”ザラドがコバル公国のクォーバル大公を謀殺し、策略を用いて公国の兵を動かし商都ナーガスと妖精皇国に侵攻を開始した――閉じた世界(ガザル=イギス)の歴史書にはそう記されている。

 その戦禍の爪痕は深く、犠牲となった者も還ってはこない。しかしそれまで世界を密封していた結界が消失したことにより残された人々の生活に大きな影響を与え、その哀しみを否応なく押し流したのも事実である。

 “黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)諸共に世界を封じていた“檻”は破壊された訳だが、その最中に“彼等”によりもたらされた六本の“旗”の内の二本が失われた。

 それは六本の“旗”全てを揃える事で“彼等”が願いを叶えてくれる――すなわち元の世界に帰還できるという唯一の希望が失われたと云うことを意味していた。

 それは移動図書館が公式に出した声明であり、また同時にシノバイドにより噂という形で市井に広められていった。

 侵攻したコバル公国もその矢面となった商都ナーガスも戦後の混乱が収まるまで動けなかった訳だが、結果的に戦禍を免れた妖精皇国の評議会もまた、新たなる世界の主導権を握り攻勢に打って出ることは叶わなかった。

 それまで世界を封じる結界の境目まで押し込まれていた猿人の最後の群れが、解放された新天地の向こう側に逃げ延びたことが判明したからである。

 結局のところ、閉じた世界(ガザル=イギス)から“彼等”の影響が失せたところで平穏が訪れた訳ではない。世界を覆う“檻”が無くなったとは云え、人々が精神的に受けた衝撃の大きさに反し生活自体に直接的な影響が直ちに訪れた訳でもない。

 いずれにせよ、戦禍の悲哀を胸に人々が懸命に生きたことは確かである。世界の解放の前後に変わらず懸命に。

 移動図書館に収蔵された司書バーハラが残した当時の記録書には、少なくともそう繰り返し記されている。


 妖精皇国の妖精皇は、皇国がヤハメ湖の湖畔から河を降った要所に遷都した時を機に政治の表舞台から身を退いた。新たな首都に居を移さず“館”に留まることを選んだ彼女は妖精皇の称号を捨て再び『所長』として、学び舎と診療所の普及に生涯尽力した。“館”から供給される電力はその基金としてのみ用いられた。

 彼女の“館”はそのまま巨大な墓標となりいつしかその場所の記録もヤハメ湖周辺の原生林に呑まれたことで――おそらくは意図的に――朧なものとなったが、今でも巨大な古桜と赤い機械人形が墓守を務めているのだという。

 尚、彼女を生涯に渡り支えた一人の(しのび)に関してはその名も、所長を看取った後の去就も、一切が記録に残されてはいない。


 商都ナーガスのカルコース商会は、それぞれ独自の貨幣を発行するようになった妖精皇国とコバル公国に対しヴァラム・カルコースの指示の下、両国間の両替代行業としての立ち位置を築いたが、ヴァラムの名はむしろそれよりもナガセの生母として広く知られている。

 『開拓者』『冒険者』『ニンジャ』等の様々な異名を持つモガミ・ナガセ・カルコースは冒険譚の主人公としてこの世界で知らぬ者はいない英雄である。

 特に猿人退治の(いさお)しが謡われるナガセであったが、彼が義母にして方術の師でもあるティラムと、主であり憧憬を抱く所長との間で振り回され苦労を重ねたことを知る者は少ない。


 コバル公国のクォーバル大公亡き後、その跡を継いだデイガン宰相はそれまでの穏健派の態度から一転して強固な姿勢で“洞”(サーク)の連合体である公国を取り纏めた。独裁者という悪名は後の世に遺ったが、公国の分裂を未然に阻止したことが後の強大な工業国の礎となったという評価も根強い。

 そんなデイガン宰相であるが、彼の質素な墓石の脇には、遺言により三つの小さな石像が寄り添うように据えられた。その内の小太りの男性像が彼の孫であるオズナ・ケーンであることは知られているが、残る二体の男女の像が何者なのかは伝えられていない。宰相の息子夫婦――すなわちオズナの両親であるとも、或いは宰相に表には出せない二人の孫がいたのだとも噂されているが真相は不明である。


 移動図書館は妖精皇国とコバル公国に貨幣の鋳造や運用法を伝授していたが、現世に顕現した移動図書館の周囲にやがて居留区が発生しそれが集落に成るまでそう時間はかからなかった。

 二代目司書長であるガザル=コムは半身不随の身であったが、ロケット開発に並々ならぬ心血を注いだ。大空を翔けるという強い情熱は技術的には正直早過ぎる願望であったが、内燃機関の発展に充分に寄与したことは間違いない。

 初代司書長ガザル=シークエが人々の前に姿を晒した期間は非常に短かったが、今でも腹心の旧臣達と共に街の地下に(こも)り、秘密結社の総帥めいて座しているという文字通りの都市伝説がまことしやかに語られている。


 そして――


        *


 “黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)の消失から早四ヶ月が過ぎた。

 密封されていた世界が解放された際、夜空を走った無数の亀裂の奥には暗黒の“向こう側”が貌を覗かせていた。

 その謎空間に石を投げ入れたり手近な棒を差し込んだりした者も勿論いた訳だが、そのいずれもが暗黒の空間に呑まれて消失する現象を明示したことにより、その危険性は周知のものとなり干渉する者はいなくなった。

 加えて、世界を覆っていた不可視の膜のあった天空は兎も角、地面との境目に発現した亀裂はまさにひび割れといった程度の些細なものであり、それも日を経る毎に目に見えて塞がっていった。まるで人の躰の切り傷が癒えていくのと同じように。

 四ヶ月が経過した今では人の手の届く範囲の亀裂は全て塞がり消滅し、見上げた空のあちこちに暗黒の空間がポツポツと口を開けているだけとなったが、点在するそれらも徐々に塞がりつつあることは明らかであった。


 その異変の残滓の覗く晴天の下を進む、二つの人影があった。

 妖精皇国のあるヤハメ湖から流れる大河に沿って下流に向かっている二人であるが、痕跡も含めて道らしき道は何処にも無い。やがて二人の前に腰の高さ程の雑草の広大な茂みが姿を現すが、先頭の少女が腕を横に一振りするだけで、雑草が根元から刈られ路が拓く。

 先に立つ少女こそナナムゥで、雑草を刈り取ったのは彼女の繰る“糸”であった。

 「……」

 チラリと、そのナナムゥが肩越しに背後に視線を走らせる。

 妖精皇国を発った彼女達が、それまで密封されていた境界を越え新天地に足を踏み入れてから既に五日が経過していた。背後を顧みたところで妖精皇国の町並みなどとうの昔に視えはしない。ナナムゥが気に掛けたのは随伴するバロウルの様子であった。

 “黒い棺の丘”(クラムギル=ソイユ)が爆散した後、試製六型機兵キャリバーは戻っては来なかった。暗黒の領域の中心で自爆したのだから当然ではある。始めから分かっていたことであった。

 後悔はないが悲哀はある。特に、キャリバーの自爆に最後まで添い遂げようと誓っていたナナムゥにとっては尚更である。

 しかしナナムゥは生き延びてしまった。様々な予期せぬ事態の結果とは云え与えられたに等しい命であるならば、その生を全うしなければならないというのが、ナナムゥの胸の内に宿った新たなる決意であった。

 だが、ナナムゥとは違いバロウルは哀しみから立ち直ることができなかった。あれ以来悲嘆の日々を過ごしており、ナナムゥも所長も常軌を逸しているに等しいその意気消沈ぶりに戸惑うことしかできなかった。


 「好きだったんじゃないの、キャリバーのことが」


 ヴァラムがあっけらかんと口にした推測にも、所長とモガミは困惑した貌を見合わせるだけであった。

 ある種のショック療法として、所長がバロウルを外の世界の探索の旅に送り出すことを決めたのはそういう経緯である。

 外の世界が実際どうなっているのかは一切が不明であった。それまで密封されていた閉じた世界(ガザル=イギス)が特別なだけでその外は単に“普通”の世界が広がっているのか、或いは閉じた世界(ガザル=イギス)と同じような密封区域が点在しているのか。少なくともこれまで数日間河に沿って下ってきた限りでは、先住民に遭遇するどころかひたすらに前人未踏の地が広がっていることを思い知らされるのみであった。

 だがそれが故に、流石にバロウルもただ呆けている訳にはいかなかった。所長が意図したように、彼女の精神が立ち直る契機となったのは確かである。

 それは良いとして、実のところナナムゥが探索の旅に同行しているのはバロウルのお目付役が主たる任務という訳ではない。むしろそちらの方は『ついで』であった。

 浮遊城塞オーファスが地に墜ちてから、その住人は所長――否、妖精皇に庇護される形となり、それはナナムゥとバロウルも例外ではなかった。今回の探索行も形としては新たに妖精皇の臣民となった両者に対して妖精皇が下した勅命である。

 外の世界の斥候というのが勅命の実際の内容であることは言うまでも無く、それによってバロウルの心身の復調を所長が目論んだことも先に述べた。だが所長――否、妖精皇にとっては加えて対外的な理由も別にあった。

 移動図書館を率いていた“館長”と配下の内の“守衛”は消えた。しかし原因は不明であるがもう一方の配下である“司書”は残った。そして同じく残ったモノが“もう一つある――それこそが”旗“であった。

 残存する四本の“旗”の内訳として、ナナムゥとミィアー、そして新たにクロから“旗手”を継いだ赤い護衛機『諏訪四(シロ)郎』の持つ三本が妖精皇の許に集結していることになる。

 自らが“旗手”であることを公言する者もいないが、それでも何れは漏れるものである。強い危機感を抱く者、良からぬ謀を巡らす者も出るだろう。一旦は“旗手”の殆どを妖精皇国から“放逐”する判断をしたのは仕方が無いことではあるし、ナナムゥもそれは理解していた。

 何よりも彼女自身にとっても一刻も早く外の世界に旅立つ更に別の理由があった。


 (ナイトゥナイめ、一体どこまで逃げたのか……)


 ナナムゥが懐に忍ばせている己が“旗”を改めて意識する。

 予期していたとは云え、妖精機士(スプリガン)ナイ=トゥ=ナイは所長の許に戻りはしなかった。そのまま失踪を遂げた訳だが、半壊した妖精機士(スプリガン)が南にフラフラと飛び去る様が僅かな目撃情報として残された。

 その情報がナナムゥの耳に届いたのも二ヶ月以上前のことである。ナイトゥナイを捜し出すことが自分にとっての最後の『けじめ』であることをナナムゥは自覚していた。

 南方という方角だけが判明したところで元々が広大な前人未踏の地である。捜し出せる可能性など本来ならば万に一つも無い。だがナナムゥの手元にはいまだに“旗”が健在であり、おそらくはナイトゥナイも“旗”だけは保持しているだろう。であれば、“旗手”同士は互いの存在を感知できる運命である。その理に賭けるしかなかった。感知自体がそこまで広範囲に及ぶものではないだが。

 ナイトゥナイの捜索も兼ねていることもあり、妖精皇国から出立する時はナナムゥとバロウルだけでなく、同じく“旗手”ミィアーとその同伴の女シノバイドも一緒であった。南に降るヤハメ河が途中で二つに分岐したので、それぞれの流れを辿るべく彼女達もそこで二手に別れた。それが昨日の事である。


 その晩も、河から少し離れた林の開けた場所でナナムゥ達は野営を始めた。周囲を囲む木々の間に“糸”を鳴子代わりに張り巡らす用心を欠かしたことはない。とは云え、今のところ――未知にせよ既知にせよ――野獣の類や、或いは猿人の残党が夜間に野営地を襲ってくるような気配一つ無かった。

 二人で焚き火を囲みささやかな保存食で腹を満たす中で、常に変わらぬ炎の揺らめきを見つめながらバロウルがポツリとナナムゥに訊いた。

 「……このまま河を降って行けば本当に『海』というものに辿り着くのだろうか」

 悪食を問題としない体質であるが故に道中で採取した初見の果実を無造作に齧っていたナナムゥが目を丸くして、慌てて果実を呑み込んだ後に答える。

 「所長の言うことじゃから間違いない筈じゃ。それに――」

 キャリバーもそう言っておったという言葉をナナムゥは口にする寸前で果実と同じように呑み込んだ。ガルアルスの“力”でキャリバーが復活し、中の兄妹が喋れるようになった僅かな期間、ナナムゥは彼等からも憧れの『海』に対する話を聞いていた。

 だが少なくとも、今のところは兄妹の言っていた独特の『潮の香り』なるものは嗅ぎ取れないし、そもそも河の流れに変化はない。本当に海に通じているのか、それがどれくらい先のことになるのかは分からないというのも正直なところであった。

 「大丈夫じゃ、所長にも言われておるし無理はせんよ」

 旅立ちに際してナナムゥは――彼女だけでなくバロウルやミィアー達にも――所長からくれぐれもと念を押されたことを思いだしていた。


 『焦らないこと』

 所長は最初に――珍しく――強く告げた。

 『貴女達には妖精皇国という帰る場所があること、帰りを待っている者がいることを常に心に留めておくように。貴女達が切り拓くのは未知の地からの帰り路です。貴女達の旅は一度で終わる旅ではありません。行きて帰り、そしてまた行きて帰る。短い旅でいいのです。妖精皇国に帰って来たその時は必ず――』

 所長は硬い表情を一変させて一行に微笑んだ。


 『私に代わり見てきたものを、私にも教えてください』


 心中に如何なる変化があったのか、『海』の話を切っ掛けにバロウルはポツリポツリと己の胸中を語った。焚き火の炎に照らされながらナナムゥもまた相槌を打ちつつ自分の想いを織り交ぜた。かつて浮遊城塞オーファスの工廠で、試製六型機兵の整備の片手間でそうしていたように。

 心に秘めた辛さや哀しさをぶちまけた訳ではない。交わした会話の内容自体は他愛の無いものである。だが未踏の地を進む非現実的な旅の中で、ようやく失われた日常の一部が戻ってきた気がしてナナムゥは嬉しかった。


 「――!?」

 そのナナムゥの白眼の少ない青い瞳が、不意に驚愕に見開かれる。


 まるで始めからその場に存在していたかのように、焚き火の向かい合う位置に腰を下ろしていたナナムゥとバロウルの間の位置に、その女は立っていた。

 ナナムゥの驚愕は、女が本当にその場に湧いて出たことを理解したからである。周囲の木々の間に張り巡らしてある監視用の“糸”は一本たりとも切れるどころか揺れもしていないが故である。

 バロウルに至っては驚愕に身をすくめてしまい一切の反応ができなくなった中、女がおもむろに口を開く。唐突な出現からは想像できないような、穏やかな澄んだ声色で。

 「驚かせてしまい申し訳ありません」

 それは、ナナムゥ達に理解出来る、すなわちこの世界で用いられている言語であった。

 「少しお時間をいただけますか?」

 「何者じゃ…?」

 ナナムゥの応対は正直虚勢に近いものであった。しかし内心冷や汗をかく一方、そう問い返しながらもナナムゥは謎の女に対する既視感を拭えなかった。何よりも焚き火の赤い照り返しを間近に受けながらも輝きを失わぬ長髪の色合いに見覚えがあった。紅ではなく青という違いこそあれ、何物の影響も受けないのであろう単色の色彩に。

 「ガルアルスの手の者じゃな?」

 青髪の闖入者が口を開くよりも早く、ナナムゥは尚も訊いた。その事への反応を一切表情に顕すこと無く生真面目な貌のまま女は頷いて返した。

 「はい。リリムと申します」

 あぁと、ここでようやくナナムゥは納得した声を漏らした。ガルアルス本人か、或いはファーラか、もしかしたら水晶球(ルフェリオン)か、いずれにせよ迎えに追って来ているであろう者の存在を示唆されていたことを思い出したからである。

 「奴ならもう四ヶ月…この世界の百日以上前に消え去ったぞ」

 「そうですか」

 リリムと名乗った青髪の女は、特に落胆する様子を見せなかった。

 ガルアルスの痕跡を辿りこの世界に降り立った時点で、リリムはガルルスの強大な“気”の残り香だけを感知したことで、それを事前に察知していたのである。

 通常であれば消え去った世界の“残り香”から伸びる新たな痕跡を直ちに追うところであるが、珍しくこの世界に“印”を持つ者の存在を感じ取ったことがリリムの足を止めた。

 それがナナムゥである。

 かつてコバル公国地下の“奈落”から脱出する際に、ナナムゥとキャリバーはガルアルスに遭遇し、ナナムゥに至ってはガルアルスに蹴り飛ばされた。その一撃がナナムゥの身に“印”として打刻された訳だが、それ自体が非情に稀なケースであった。

 そこでリリムは姿を隠してナナムゥの様子を秘かに窺い、この世界の言語と仕草の解析が完了した今その姿を現したという次第である。

 よろしければ、と改めてリリムが両者に頭を下げる。その仕草と音声には既に対象の心を“魅了”する“力”が含まれていたのだがナナムゥ達がそれに気付く筈もなく、そしてそのような精神操作が無くても結果は変わらなかったであろう。

 この世界でのガルアルスの足跡を教えて欲しいというリリムの要請に、ナナムゥは堰を切ったように話し出した。バロウルでさえ、ところどころでナナムゥを補足した。

 見ず知らずの、そしてすぐにこの世界から去るのであろう“龍”(ガルアルス)の従者リリム。そういう“第三者”相手であったからこそ、キャリバーを始めとする多くの者に犠牲を強いてしまった、そしてコルテラーナと道を違えたまま永久の別れを迎えてしまったという胸中に燻っていた負い目を、話すという行為で吐き出してしまったのだろう。

 ガルアルスと出会い、そして彼等が白銀の巨人と共にこの世界から消え去るまでの一連の話を終えるまでに果たしてどれ程の時間を要したのかナナムゥは意識さえしていなかった。いつしか己の頬を一筋の涙が伝っていたことにも話終わってからようやく気付いた。

 そして、礼を述べてこの世界から去ろうとするリリムであったが、ナナムゥは彼女に対し別れの言葉ではなく質問で呼び止めた。

 「またガルアルス達を追うのじゃろう?」

 「はい」

 「ならば、ファーラに言伝を頼まれてはくれぬか」

 「それはかまいませんが」

 頷くリリムに対し、ナナムゥは頬の涙を拭うと満面の笑みを浮かべ、言った。

 もう二度と会うことの叶わぬファーラに向けて。


 「わしらも頑張って生きておると」


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