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 新型炉の事実発覚から二週間が過ぎた。


 明人のアルバイト先である【マイルド】では、クリスマスに向けた飾り付けが光っている。


 街を歩いても、世界の危機を乗り切った雰囲気はない。


 むしろ、これからやってくるクリスマスに向けて忙しいのが現実だ。


 明人は届いたケーキの箱を見てチェックしていく。


「予約分はこれでよし。最近、ミスが多いから心配だったけど大丈夫みたいだ」


 店でクリスマスケーキの注文を受けていたが、最近になって頻発した発注ミスや配達ミスに不安を覚えていた。


 だが、パンドラの箱庭が一時的にサービスを停止してから二週間。


 違和感は消えつつある。


 時間は二十一時。


 時間通りに来た大学生二人も、ケーキを冷蔵庫にしまうのを手伝っていた。


 だが、元気がない。


「クリスマスは一緒に過ごす恋人もいないのに、パンドラまでサービス停止かよ。クリスマスに一人だったら、ゲーム内で恋人たちに決闘を申し込もうと思ったのに」


 物騒なことを言う大学生の先輩に、明人は苦笑いをしつつ仕事を進めた。


 もう一人が明人に予定を聞いてくる。


「そう言えば、イブはお前もシフトに入っていたよな? お前も俺たちの仲間か」


 優しい顔をしている先輩に、明人は視線を泳がせた。


 幸い、相手は明人の視線に気が付かない。


(本当は予定があるとか言えない)


 本当ならイブは休む予定だったのだが、世界の危機を救うために学校もアルバイトも休んでしまった。


 その代償は大きく、明人はイブにシフトに入れられたのだ。


 ただ、良かった事もある。


 それは八雲との関係だ。


「引き継ぎも終わったから私たちはあがりましょう。先輩、後はお願いしますね」


 八雲がバックヤードに入ってくると、大学生二人が表に出て行く。


「おつかれ。鳴瀬、落ち込むなよ。来年は一緒に彼女を作ろうぜ」


 笑いながら出て行く二人を見送ると、八雲が肩をすくめるのだった。呆れているが、優しい表情をしている。


「まったく、この時期の男子ときたら」


 八雲が緑色のエプロンを脱ぐ。


 明人は思う。


(なんか、雰囲気が戻って来たな。ゲームを始める前……よりも、良くなった気がする)


 遅刻しなくなった大学生二人組。


 以前よりも優しく、付き合いやすくなった八雲。


 心配も多かったが、明人はようやく新型炉の事件から世間が良い方に変わっている気がした。


 八雲が明人に確認する。


「なる――明人、あんたイブの予定は忘れていないわよね?」


 二十四日は、八雲と摩耶がオフ会のお詫びをしたいというので、三人で出かける事が決まっていた。


 アルバイト後に映画を見に行くだけだ。


 食事もするかも知れないが、寂しいイブにならないのは確かだろう。


「覚えていますよ」


 八雲が明人の言葉に微妙な顔をしている。


「何か?」


「敬語を使われるとムズムズするのよね。前は、舐めた口を利いたらイライラしたのに」


「流石にため口は遠慮しておきますよ。でも、前はイライラしていたんですね」


 明人がショックを受けたような顔をすると、八雲が慌てて「前! 前の話だから!」と言い訳をしてくる。


 その姿が可愛くて、冗談だと言うと怒られてしまった。






 帰り道。


 二人は白い息を吐きながら、この二週間のことを話題にしていた。


 八雲は情報屋のことが気になるらしい。


「ネットニュースでよく見るようになったけど、あの情報屋って不思議よね。今まで無名だったのに、野党の議員とコネを持っていたなんて」


 新型炉の事件で一躍時の人になった情報屋は、パンドラの運営会社の社長に就任していた。


 今回の事件もあって幹部はほとんど一新されている。


 事実上、新しい運営がパンドラを支配する形になった。


「僕も驚きましたけどね。でも、新型炉は止めることが出来て良かったです」


 自分のやった事に意味があると思えば嬉しくもなる。


 八雲は不満そうにしていた。


「……あんたは無理をしすぎ。あの時も無理をしておかしくなりかけたし」


 オークの狂化スキルが暴走し、想像以上に凶暴になって制御出来なくなってしまった。必要な事だったが、今にして思えば危険だったと明人も思っている。


「まさかあんな事になるなんて思いませんでしたからね」


 困ったように笑う明人に、八雲は次の話題を振る。


「……パンドラ、近い内に再開する話は聞いた?」


 明人は頷く。


 一度、お礼が言いたいと情報屋から連絡が入った。


 直接面会したわけではないが、随分と忙しそうだったのを覚えている。電話越しに色んな人たちの忙しい声が聞こえていた。


「本当みたいです」


 一部の雑誌では、異例の速さでサービスを再開する運営会社に疑問を持たれていた。


 何しろ、来月。一月にはサービス再開だ。


 ただ、サービス再開を楽しみにしているプレイヤーの方が圧倒的に多いため、そういった疑問は興味も持たれない。


 八雲もそこが気になるらしい。


「政府が国民を洗脳するための装置がゲーム、って……なんか漫画の世界みたいね」


 明人も八雲と同じ意見だった。


「そっちも無事に解決出来て良かったですけどね」


 色々と不審な点も多いが、責任者である首相の死から有耶無耶になりつつあった。関係者の逮捕も続き、取り調べも進んでいるが二週間で分かる事は少ない。


 クリスマスに向けてイルミネーションが綺麗な道を二人は歩いていた。






 ライター……柊 純は、書斎で資料を見ていた。


 その資料は新型炉で使用されるはずだった物質に関する物で、純の息子が死んだ原因でもある。


 小学校の社会科見学で地下コロニーを見学した際に、体内に取り込んでしまったのか不治の病となった原因だ。


「……月の連中」


 目を細め、資料を机の上に投げ捨てると窓の外を見た。


 綺麗な月が見えているが、そこに息子を殺した連中がいると思うと腹立たしく思う。


 世界各地で実験も行われていたようで、被害者は多くはないが少なくもない。


 世界中で月に対して強い不満を持つようになっていた。


 だが、気になる事がある。


 純は資料に視線を戻した。


「いったいこの情報をどこから……」


 新型炉が地球人殲滅を目的としていたのは事実らしい。だが、事実であれば、そんな情報を政府――国よりも素早く入手出来た組織がいる事になる。


 明人……ポン助も事件に関わっているらしいが、ゲームはサービス停止中だ。話を聞ける状況にない。


「ゲーム内では情報屋と名乗っていたか? 話が出来ればいいんだが」


 すると、着信音が聞こえてきた。


 相手を見ると摩耶の父親――友人だった。


「あいつがこんな時間に? 珍しいな」


 夜も遅いというのに何事かとスマホを手に取ると、どうにも酔っているらしい。自分を見失う程ではないが、それでも酒の力を借りて友人に相談しているのが分かった。


「どうした?」


『……娘がイブに友達と過ごすと言った。きっと男だ』


 純は面倒くさい奴だと思った。


(もう年頃だから男の一人や二人……はっ!)


 だが、ここで思い出してしまう。


 ゲーム内での摩耶――摩耶の本性とでも言えば良いだろう。普段押し込めている本心が噴き出したような存在がアルフィーだと純は思っている。


 オフ会で失敗した話も聞いた。


 ポン助が男だったのも聞いている。


(きっとポン助君と過ごす事になるだろうな。そうなると……話を聞いて貰えるか? いや、その前にポン助君を逃したら婚期が遅れるかも知れない)


 お見合いで結婚しても、仮面夫婦で幸せな人生が送れないかも知れないと純は考えた。


「別に良いじゃないか。お前には跡取りもいて、摩耶ちゃんに婚約者はいないだろうに」


 だが、娘を持つ父親にはそんな事は通じない。


『俺の可愛い摩耶が、野良犬に汚されても良いって言うのか!』


 野良犬というか、オークだから豚かな? なんて考える純は、友人が落ち着くのを待って話をする。


「あまり締め付けても嫌われるぞ」


『そ、それは……だが』


 不器用というか、娘が可愛いのは事実らしい。


 もっとも、それを摩耶が窮屈に感じているのは知らないだろう。


「恋愛の一つや二つ許してやれ」


(むしろ、ここで逃すと本性を見せられる相手が見つかるかどうか)


 純もポン助のリアルは知らないが、人となりは知っている。普通のゲームと違い、やはりVRではその人の本性が見え隠れする。


 画面越しの関係ではないからこそ、大丈夫だと思えた。


 それに、本性を見せても逃げ出さないポン助は、純にとって恰好のいけに――摩耶の恋人に相応しいのではないか? そう思えた。


 不満そうな友人に、純は溜息を吐く。


「分かった。俺からも注意をしておこう。お前が言うよりも反抗は少ないだろうからな」


『ありがたい。そうなんだ。最近はこう距離があると言うか』


 年頃の娘に対する気持ちをずっと聞かされた純は、電話を切ると今度は摩耶に連絡を取る。


「あ、摩耶ちゃん? 実はイブだけど……ホテルの予約は必要かな? 都合が付くホテルがあるんだが」


『お願いします!』


 純は摩耶との会話を終えて電話を切った。






 次の日の学園。


 冬休みやクリスマスを前にして浮ついた空気があるはずの教室は、生徒たちが一箇所に視線を向けている。


 パンフレットを持つ摩耶が、明人に色々と話しかけているのが理由だ。


「えっと、映画館だけど少し遠いけどここにしない? ここ、座席スペースがゆったりしていてテーブルもあるからゆっくり出来るの」


 笑顔で話しかけてくる摩耶に、明人も困惑している。


 事件後、摩耶は雰囲気が変わった。


(良い事だけど、やっぱり周りは慣れないよね)


 今までクールな委員長キャラだった摩耶の変貌に、男子も女子もついて行けなかった。だが、不評かと言えばそうでもない。


「委員長変わったな」

「明るくなったよね」

「まぁ、近付きにくいよりは……でも、鳴瀬と近くない?」


 摩耶はイブの日に予約する映画を決めている様子だった。


 その日は最新作を見るのではなく、過去の名作を見る予定だ。


「いいけど、少し遠いね」


 明人が気になっているのは電車の時間だ。


 上映時間を見ると、だいたい二時間で映画が終わったとしても駅まで急ぐ必要がある。


「設備も良いし、それに駅も近いから大丈夫よ。ここ、ホテルの施設だけど宿泊客以外も使えるの。食事も出来るから安心よ」


 お金は気にしないで良いからと言われたが、流石にポン助も全てを摩耶に出させるわけにはいかない。


(少し高いけど割り勘だからいいか)


 摩耶と、八雲もそうだが、明人は友達感覚だ。


 ゲーム上での知り合いから、パンドラ楽しむ仲間という認識である。


 下心が皆無とは言わない。


 しかし、そういった気持ちを関係に持ち込むのは嫌だった。


 幼いために潔癖な部分が出たと言えるだろう。


「分かった。先輩にも伝えておくよ」


 摩耶は笑顔で頷く。


「お願いね」


 摩耶が席に戻っていくと、それまで黙っていた陸が明人に顔を寄せた。


 その顔は真剣で、男子一同の気持ちを代弁する。


「おい、いつの間にこんなに仲良くなった?」


「いや、なんというか……」


 陸はクラスメイト――特に男子の気になる部分を聞く。


「まさか、イブに決めるつもりか?」


 クラスメイトたちが聞き耳を立てていた。不用意な返答をすれば、どうなるか分かった物ではない。


「勘違いしているみたいだから言うけど、委員長と二人で映画に行くわけじゃないよ。他にも参加する人がいるから」


 陸がつまらなそうにする。


「なんだ。つまらないな」


「……陸は最近楽しそうに連絡を取り合っているよね」


 ここで明人もやり返す。ここ最近、陸が楽しそうにメッセージのやり取りをしていたのを知っているのだ。


 相手が女性であるのも察していた。


 陸の視線が泳ぐと、周囲に男子が集まって陸を連れて行く。


「仲間だと思っていたが、裏切り者だったようだな」

「連行するぞ。校舎裏で事情聴取だ」

「ま、待て! 違う。違うんだ!」


 陸が連れて行かれるのを笑って見送り、明人はスマホを手に取った。


 クリスマスまでもうすぐ。


 だが、一つ気になったことがある。


(あれ? クリスマスのシーズンは、ホテルとか忙しそうだけど映画館は使用出来るのかな?)


 まぁ、駄目なら普通の映画館に行けば良いと思い、明人は納得するのだった。


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