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幻想と現実のパンドラ 作者:わい/三嶋 与夢

第四章

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深く静かに

 クリスマスイブ。

 アルバイト先でサンタの帽子をかぶる明人と八雲は、帰宅途中で店に寄ったサラリーマンにケーキを渡していた。

「ありがとうございます」

 サラリーマンは紙袋を持っており、これから家に帰って子供にプレゼントを渡すのだろう。

 客が店から出て行くと、八雲が客の持っていた荷物の中身を見たようで感想を述べる。

「さっきの新型のVRマシンじゃない?」

「そうだったんですか?」

 明人は残った注文分のケーキを確認しながら、八雲の話を聞いていた。

「最近、また値段が下がったのよね。高いときに購入したのが馬鹿らしくなるわ」

 格安、そして大量に売られるようになったVRマシン。

 最新ゲームなど発表されてはいるが、ここに来てまだ売れ行きが伸びていた。

 ゲーム内で使用するポイントを購入する客も増えている。

 一時期、ポイントの購入は随分と落ち込んだのだが、パンドラのサービス再開が正式発表されるとこちらも売れるようになった。

「僕は業務用のマシンでプレイしていましたから、買い換えも考えないといけませんね」

 業務用のマシンは場所も取る上に電気代もかかる。

 学生の一人暮らしには少々厳しかった。

「長い目で見ればお得かもね。それより、私服は大丈夫なの?」

 明人は溜息を吐く。

「あははは……一応、買い揃えましたよ。安物ですけどね」

 摩耶が予約したところはドレスコードこそないものの、大きなホテルらしく流石に私服でカジュアルすぎても……という話になった。

 ジャケットを購入したが、摩耶も八雲もワンピースを着るらしい。

「なら大丈夫じゃない」

 安心する八雲に、明人は首を傾げるのだった。

 八雲が「どうしたの?」と聞くと、明人は疑問を口にするのだった。

「いえ、その……そんな高級ホテルに行く必要があったのかな、って。ほら、映画館なら近所にもあるじゃないですか」

 明人と八雲が何度か向かった映画館もある。

 そこなら終電を気にしないでもいいし、歩いて帰れる距離だった。

 八雲は呆れている。

「クリスマスイブよ。少しは贅沢しても良いじゃない」

 明人は思う。

(まぁ、それはいいんだけど)

 せっかく二人が誘ってくれているのだから参加したいし、なによりも冬休みに入っている。

 終電を逃しても、どこかで泊まっていけばいいと安易に考えていた。





 純は友人――摩耶の父から抗議の電話を受けていた。

 クリスマスイブだというのに、いや――イブだからこそ、娘を心配しているのかも知れない。

『どういう事だ! 摩耶が泊まりで友達と遊ぶと言いだしたぞ! お前がホテルの予約を都合したのは分かっているんだからな! いったいどういうつもりだ!』

 スマホを耳から遠ざけ、叫んでいる友人に対して純は思うのだ。

(お前ら夫婦があの子を押え込むから、変な方向に進んだんだろうが。こっちは気を利かせてやったんだぞ)

 ただ、純も色々な人と交渉してきた人間だ。

 落ち着いてゆっくりと話をする。

「まぁ、落ち着け。認めなかったら反抗するだろ? ここは受け入れつつ都合のつくホテルで最終的に泊めてやればいいんだ。別々に泊めれば問題ない」

 ただ、予約した部屋は一部屋だ。

 他の部屋は全て埋まっている。

『た、確かにそうだが。それより、友人というのを調べて欲しい。娘に近付く野良犬は蹴り飛ばしてやる!』

(喜ぶんじゃないか? いや、ポン助君はノーマル……本当にノーマルか?)

 摩耶と仲が良い時点で、潜在的にマゾなのではないか?

 だとしたら、相性も良さそうなので何も問題ないと思う純だった。

(摩耶ちゃんは外見も良いし、優しい子だ。趣味は少しアレだが、きっと大丈夫。ポン助君も幸せ。誰も傷つかない素晴らしい組み合わせだ)

 純の中で優先順位があるとすれば、摩耶>ポン助だ。

 ポン助には個人的にゲーム内の友人で有り、息子の件で借りもある。

 だが、それはそれ、これはこれ。

「任せろ。朝一で確認してくる。摩耶ちゃんに説教をするなよ。また嫌われるぞ」

『わ、分かった。いいか、必ず調べてくれよ!』

 娘を持つ父親の気持ちは分からないが、あの友人がここまで慌てるのかと純は少し不思議に思った。

 電話が切れると、純は呟く。

「すまない。だが、みんなのためだ。いずれ理解してくれるだろう」

 友人の説得を終えると、純は摩耶にメッセージを送った。

『説得したよ』

 摩耶からはすぐに返事が来る。

『ありがとうございます、おじさま。今度お礼をしますね』

 返事が来た速度に若干引きつつ、純は窓の外を見た。

 今日は雪が降りそうだった。





 アルバイト終え、着替えて向かったホテルは随分と大きかった。

 パンフレットは見ていたが、随分と高級感があるホテルに明人は尻込みしてしまう。

 ホテルのロビーで待っていた摩耶が、手を小さく振って近づいて来た。

 ワンピースに上着を着ており、薄化粧をしていた。

 普段、学園で見る姿と違ってドキドキしてしまう。

 隣にいる八雲も同じだ。

 アルバイト先で着替え、薄く化粧をした八雲も普段と違って見えた。二人で歩いていると、周囲の視線を集め困る。

(知り合いに見られたし、冬休み明けは問い詰められるかな?)

 合流した三人。

 明人は時間を確認する。

「時間は大丈夫かな?」

 映画館の始まる時間は、通常なら時間が決まっているのだが今日はクリスマスイブだ。時間の変更があった。

 摩耶は「大丈夫よ」と言って、二人を案内する。

「始まるまで十五分くらいね。飲み物とかお菓子でも買っておく? もう席は確保しているから慌てなくて良いわよ」

 八雲は段取りの良い摩耶に笑顔を向けている。

「準備が良いわね。なら、飲み物でも選びましょうか。何を上映するの?」

 摩耶も笑顔だった。

「クリスマス関連の作品みたいよ。あ、学生証は持ってきた?」

 明人も摩耶も学生証を取り出すと、摩耶は安心する。

「なら大丈夫。ほら、行きましょ」

 三人がホテル内の地下へ進む階段を降り、そこにある映画館へと入っていく。

 明人は八雲と摩耶が笑顔で話をしているのを見て安堵した。

(良かった。ゲームの影響は抜けているみたいだ)

 日常にあった違和感が消え去り、仲良くしている二人を見て頑張った甲斐があったと明人は思った。

(ゲームのおかげで好きになられたとかなんか嫌だし、友達としてでも十分に楽しいし)

 周囲には家族連れよりも恋人たちの姿が多い。

 売店に向かうとホテルが経営しているだけあって、どれも豪華で高い。

 ジュース一つで五百円前後。

 ポップコーンやお菓子の類いが一千円前後。

 とても高い。

(まぁ、一日だけだし問題ないか)

 購入して学生証にチケットを係員に見せると、席へと向かう。

 階段状になっている広い映画館だが、客の数は多くない。席は大きなソファーが置かれ、恋人や家族連れが一緒に観られるようになっていた。

 テーブルもついており、ゆっくりと映画を楽しめる。

 席につくと、明人は周囲を見た。

「周りが恋人ばかりだ。家族連れもいるけど」

 摩耶が明人の隣に座り、反対側には八雲が座った。

「キョロキョロしないの。さて、私はお手洗いに行ってくるか」

「あ、私も行くわ」

 仲良くお手洗いに向かう二人を見送り、明人はどんな映画が上映されるのかと楽しみに待つことにした。





 女子トイレ。

 鏡の前には摩耶と八雲がいて化粧を確認していた。

 先程まで明人の前で演じていた笑顔などそこにはなく、無表情で相手も見ないで会話をしている。

「分かっていると思うけど、変な事はしないでよね。ここ、割と高級ホテルだから厳しいのよ」

 摩耶の言葉には、暗い映画館で明人に手を出すなという意味合いがあった。

 八雲も言い返す。

「私よりあんたの方が心配よね。さっき、係員があんたを見てお辞儀をしていたけど……ここ、あんたの関係している場所じゃない? 随分と都合がつきそうね」

 摩耶は髪を気にしている。

「……言っておくけど、明人の前で変な事はしないでよ」

「そっちこそ」

 互いに前回のオフ会で見せてはいけない部分を見せてしまった。

 だが、二人は学習したのだ。

 摩耶は思う。

(……まぁ、嫌だけど一緒に過ごして上げる。あんたは明人の気を緩める口実みたいなものだし。精々利用して上げるわ)

 荷物の中にある薬は睡眠導入剤。

 食事をする際に八雲に盛れば、後はどうにでもなると摩耶は思っていた。





 摩耶を横にして、八雲は鞄の中身を見る。

(悪いけど利用させて貰うわよ、摩耶お嬢様)

 中に入っているのは睡眠導入剤。

 市販品だが、随分と聞くと評判だ。

 自身でも効力を試しているので問題ない。

(部屋まで確保してくれているみたいだけど、最後に勝つのは私よ)

 二人は意味ありげな会話を繰り返し、時間が来ると外へと出て行くのだった。





 女子トイレ。

 背が高くワンピースを着用した女性【如月 レオナ】が、先程通り過ぎた女子高生らしい二人を思い出す。

(市瀬家の娘だったか?)

 だが、すぐに目的を思い出して使用中のトイレをノックする。

「弓、いい加減に出てこい。もうすぐ始まるぞ」

 女性二人がホテルで映画を観に来ている理由は、相手が見つからなかった……からではない。

 レオナの友人である【葉月 弓】が、せめて雰囲気でも味わいたいと誘ったのだ。

 なのに、その友人はトイレにこもっている。

 ドアが開くと、青い髪の女性が怖がりながら出て来た。

「どうした? まさか、何かされたのか!」

 友人が何かされたのかと怒りを露わにするレオナだが、弓は首を横に振る。

「違うの……ねぇ、レオナ」

「な、なんだ?」

 弓は暗い表情で出て来て、酷く落ち込んでいる様子だった。

「女って怖いね」

「は?」

 泣き出しそうな弓を前に、レオナは困り果てている。

「私……もっとガツガツドロドロしないと、恋人が出来ないのかな?」

「……お前は何を言っているんだ?」

 トイレに引きこもってしまった友人を迎えに来たら、訳の分からない事を言われてしまったレオナ。

 腕を引いて外に連れ出すのだった。





 上映された映画は【R-15】指定だった。

 明人は暗い中で顔を赤らめ、どのような顔をすれば良いのか分からないでいる。

(ど、どどどど、どうしよう!?)

 どんな作品を上映するのか分からなかった。

 別に卑猥な作品ではないが、濡れ場のシーンがあってどのような反応をすれば良いのか困っている。

 暗いとは言っても、隣に座る二人の表情は見えるのだ。

 家族連れも困惑し、子供の目と耳を塞いでいる母親の姿も見えた。

(いや、知らなかったし! もっとマイルドな奴だと思ったのに!)

 別に濡れ場が何十分と続くような作品ではない。

 だが、明人はもっとアクション性が強く刺激が強いために年齢制限があると考えていたのだ。

 グロテスクなシーンがあると思っていたら、濡れ場のシーンがあって反応に困る。

 しかし、よく考えてみればクリスマスイブである。恋人同士を意識した作品となると、避けては通れない。

 摩耶は女優に感心していた。

「昔の映画って凄いのね」

 八雲も失われた時代前――つまり、過去の作品が好きなので盛り上がっている。

「この女優は何度も見るわね。凄く人気だったみたいよ」

 明人がドキドキしているというのに、二人は楽しそうだった。

(そ、そうか、男として意識されていないから……少し寂しいけど、ギクシャクするよりいいかも)

 濡れ場のシーンが終わるまで苦痛だったが、終わってしまえばその後は問題ない。

 面白い作品だった。

 しかし、シート――ソファーが少し小さかった。

 ファミリータイプならもっと余裕もあったのだが、二人との距離が近く肩や腕が触れてしまう。

(作品に集中だ。集中……集中……)

 腕に触れる柔らかい感触に、良い匂い――明人は映画の内容は大まかに分かっても、細かい部分は気が付かない。

 それ以上に、両隣が気になってしまう。

 だから、気が付かなかったのだ。

 映画が通常よりも上映時間が長く、終電の時間が過ぎてしまっていることに。





 慌ててホテルの外に出る明人。

 外は雪が降っていた。

 映画を見始めた時に降り出したのか、随分と積もってアスファルトが見えない。

 ホテルの周辺は従業員が除雪しているので問題ないが、それ以外は白くなっている。

 ホワイトクリスマスだが、終電の時間を考えると間に合わないのは確実だろう。

 それに、今から他のホテルに向かうのも難しい。

 八雲がスマホで確認したのか、周囲のホテルに空き部屋がないことを告げてくる。

「明人、この辺りで部屋が空いているホテルはない、って」

 映画は楽しかった。

 ドキドキも二つの意味でドキドキした。

 映画と、両隣と――。

「そ、そんな。どうしよう」

 困っている明人に、摩耶が近付いてくる。

「終電も間に合わないみたいね。あ、見て……綺麗。ホワイトクリスマスね」

 摩耶が外を見て綺麗だという。

 明人は、どうすれば良いのか困るのだった。
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