第6話 孤高の鬼公爵
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第二章 『公爵』
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白くきらびやかな柱が、規則正しく荘厳に並んでいる。
そこは、ラヴァ正教総本山である、リザルト=レイヴンの中央通路。中央通路は通称、「白亜の路」と呼ばれる。
白い大理石を基調にした純白の通路には、さまざまな芸術品が置かれ、それらの芸術品の多くは、ラヴァ教八大神の神話を物語ったものである。
中でも、主神たるラヴァや、楽神シファード、人神ツォールは人気が高く、ラヴァの祭典の時には、決まって彼らの像が作られ、賛美の歌が吟遊詩人によって、詠まれるのである。
今日においては、ラヴァ正教は最高指導者として教皇リザルト=レイヴン四世が統治していた。
教皇は七十代の女性で、平均年齢が五十代そこそこなこの時代において、七十まで生きることはほとんど不可能である。そんな理由から、彼女は正教徒から、「生神に愛された、偉大なる皇母」と称されていた。
ラヴァ正教の中心地は、ラヴァ教開祖のサテランが没したと言われる、シラム川の大中州に聖地リザルト=レイヴンを定め、その上に壮大な宮殿を築き、そこをラヴァ正教の中心地と定めた。
そして、そこはまた、宗教共同体国家である、ラヴァウインド共和国の中心地でもある。
ラヴァウインド共和国は、現在は六大卿と呼ばれる、ラヴァ正教の六人の枢機卿の合議によって統治されている。
各地位は、そのほとんどが先代からの世襲であったが、ただ一つ例外はあった。
ラーデンブルク公である。
現ラーデンブルク公は、ヴィランという女性である。二十代後半の女性で、気性が激しく、また、とんでもない気まぐれな性格から、「鬼公爵」と呼ばれていた。
彼女は、元々はモンカル修道院で孤児として育てられていた。
彼女が、十九の時、モンカル修道院をたまたま訪れた皇母が、ヴィランの描き散らした絵や詩に、芸術家としての才能を見いだし、彼女を引き取って、皇母付きの芸術家として、以後彼女は宮殿に仕えたのである。
その頃からヴィランの気まぐれは激しく、皇母が望んだときには、気分がすぐれぬ、と言っては自室に戻り、一人で歌を歌っていたり、また、突然皇母の前に現れたかと思えば、手にしたリュートを奏で、皇母と正教を讃える唄を詠ったりしたのである。
また、皇母が各地を訪れる時には、皇母の側近として付いていき、各地での美しい名所では、皇母の肖像画や、風景画を描いた。
だが、決してリザルト=レイヴンの華やかな宮殿の内部では、絵を描くことはなく、普段は、自室に何日も篭ってみたり、突然リザルト=レイヴンからいなくなったりするのである。
そんな彼女が、「細身剣の鬼神」と呼ばれるようになったのは、彼女が二十代半ば頃からである。
それは、皇母が新教の暗殺者に襲われたとき、ヴィランはそばにいた側近の細身剣を奪うと、その暗殺者を一突きにして、斬り伏せたことが発端である。
以後彼女に対する、細身剣の試合の申し出が絶えず、彼女は、気まぐれに受けて立っては、相手に致命傷を負わせないようにしつつ、相手に圧倒的な実力差で、勝っていったのであった。
皇母は、ヴィランを非常に寵愛していた。
その様子は、祖母と孫──そういった関係により近いものがあった。
ヴィランが二十五の時、ラヴァウインド内部で、ちょっとした独立戦争が勃発した。小国家群で成り立つ、ラヴァウインド共和国は、強大な権力を六大卿が抑えてはいた。
だが、地方は未だ各自治領主や、小国家の国王が治めており、その中の一国が独立を企てて、リザルト=レイヴンに対して軍の進撃を開始したのである。
その時、たまたま軍隊の最高指揮官であったダンバルン侯ブルネスクは、ヒスタリク王国の国王の統治三十周年記念式典に出席していたため、不在であった。
独立軍は、侯爵の留守を見計らって進軍を開始した──そういう噂が当時、飛び交っていた。真実はどうであったかは、今ではもう知ることはできない。
そんな、指揮官不在のリザルト=レイヴンの宮殿内部は、大混乱に陥り、諸侯の者達は、こぞって皇母に対して独立を認めるよう迫った。
だが、一度独立国家の成立を認めれば、次々と独立国家が生じ、ラヴァウインド共和国はその根底から崩れ去ることになるのである。
皇母は、心労と、苦悩から床に伏した。
そんな中で、事態の収拾をはかり、独立軍の進行を撃破したのが、ヴィランであった。
ヴィランは、各諸侯の私兵軍を合軍として組織し、各大騎将の者達に巧みに指令を出しながら、独立軍をリザルト=レイヴンが位置する、大中州の前で撃退し、首謀者であったフランチェス一世を捕らえることに成功した。
彼女は、彼を公開処刑することによって、残りの独立軍達の解散を命じ、以後、ラヴァウインドから独立をするのに、強行軍を組織することは厳重に処罰する、そう言うことを各地方に命じた。
かくして、ヴィランの活躍によって、ラヴァウインド共和国は、存続することができたのであった。
皇母は、そのことを聞くと、当時空席であったラーデンブルク公に、ヴィランを任命、ヴィランは、これによってついにラーデンブルク公ヴィラン=ウィーグ=ナファイ、鬼公爵、ヴィラン公爵──そう呼ばれるようになるのであった。
他国にまで広がる鬼攻者の異名は、破天荒な性格だけが理由ではなかったのである。




