第43話 偽りの祝祭
民衆が自分の持ち場に戻る頃、ヴィランの一行はクルゴスの館の前に到着していた。
クルゴスの館は、城と呼べるほどの大きさがあった。
通常、城を持つためには、その国の国王、あるいは最高権力者から城主として認められ、城を持つ権利を与えられて初めて、持ち城を手にすることができるのである。
たとえ大貴族であったとしても、この許可がなければ、城を持つことができないのである。
もっとも、普通は爵位を受け継ぐ際に、城の権利も受け継ぐため、よほど荒廃した貴族でない限り、城のない貴族は存在しないのだが。
クルゴスは、貴族ではない。ただの一地方領主にすぎなかった。彼は、本当の意味での城としての住居を構えることはできなかった。
クルゴスは、城並みの大きさのある領主館を建造し、国王の視察官に金を握らせて承認させたのである。その館は、城壁こそないが、防御には適した構造をしていた。
ヴィランは、まぶしそうに手をかざしながら、クルゴスの館を見やった。
「たかだか一都市領主にすぎないくせに、よくまぁこんな館を建てるものじゃな」
ヴィランは、誰に言うとでもなくそう独り言を呟いた。
ヴィランは、以前この館を訪れていたことを完全に忘れていた。以前にもまた、同じことを口にしていたからである。
親衛隊に導かれ、ヴィランは、その大きな門をくぐり、クルゴスの野望に満ちた館の中へと姿を消した。
クルゴスの館の中に入ったヴィランは、リビンスクに連れられて、クルゴスの待つ館の奥へと足を進めた。
ヴィランは、廊下を抜けると、大きなホールに出た。。
真っ赤な絨毯が辺りに敷き詰められ、正面には、S字にわざわざ歪められた大きな階段があった。
その階段の手すりの先端には、豪華な彫像が据え付けられ、いかにもクルゴス好みな様相である。壁には、何枚もの絵が飾られ、階段の下にはちょっとした泉まであった。
クルゴスは、そんなホールの階段の上に、何人かの親衛隊に囲まれながら立っていた。
わざとらしい笑みを浮かべ、演出がかった様子で、ゆっくりと降りて来る。
醜い身体は、一段、階段を降りるごとにゆっさゆっさと揺れ、作り笑いは、クルゴスの醜さをより一層引き立たせていた。
ヴィランは、生理的な嫌悪感を感じていた。クルゴスの顔を見るやいなや、顔をしかめ、罵倒の声を上げかけた。
だが、さすがにこの館の主をいきなりなじるのは、大人げないと感じたのであろうか、ひとまずは、嫌な顔をしただけで、声にまでは出さなかった。
クルゴスは、階段を降りると、ぱちんと指を鳴らし、リビンスクに合図をした。
リビンスクは、その合図を見ると、すぐさま後ろに控えていた侍女達に命令し、ホールの横にある巨大な扉を開けさせた。
「ようこそ、我がラムセス市へ」
クルゴスは、低く濁った声でそう言った。
そして、ヴィランのそばに寄ると、侍女達によって開けられた扉の方を指さした。
「あちらに、宴の用意をさせてございます。どうぞ、今宵はお楽しみ下さいませ。ヴィラン公」
「突然の訪問であったのに、よくここまで準備できたものじゃ」
ヴィランは、そっけなくそう言った。するとクルゴスは、より一層醜い笑みを顔に浮かべた。
「ささ、お入り下され」
クルゴスは、ヴィランの肩に手をかけ、大広間へと促した。
ヴィランは、クルゴスのぶくぶく腫れ上がった手を払いのけると、さっさと大広間へと入っていた。
クルゴスは、ヴィランに払いのけられた手を見ると、今まで浮かべていた笑みを一気に憎しみの表情へと変化させた。
そして、大広間に入るヴィランの後ろ姿を憎々《にくにく》しげに睨みつけた。
そんなクルゴスを見た侍女達は、さっとお互いで体を寄せあい、恐怖に表情を曇らせていた。
大広間に入ったヴィランは、リビンスクに案内されて、大テーブルの上座の席に座った。
テーブルの上には、溢れんばかりの料理が並べられ、部屋の壁にはコックたちが立ち並んでいた。
コックの中でも最も高い帽子をかぶっている者は、ヴィランが席についたのを確認すると、横においてある小さめのテーブルをヴィランのそばへ寄せた。
「お飲み物は何にいたしましょうか?」
コックはそうヴィランに言った。
ヴィランは、コックが持って来た飲み物の置かれているテーブルを見ると、中ほどに置かれてある一本の瓶を手にした。
「これでよい」
「グジェットでございますね」
「そうじゃ」
「分かりました」
コックは、そう言うと、目で他のコックに合図をした。その合図を見た他のコックは、すぐに飲み物の置かれたテーブルを下げ、グジェットを手にしているコックに、一本の剣を手渡した。
そして、テーブルの上に、大きな肉料理を運んで来ると、さっと元のように壁際に戻った。
グジェットを手にしたコックは、グジェットの瓶を左手に持ち、右手には剣を持った。そして、肉料理の上にグジェットの入った瓶を傾けると、手にした剣で一気に瓶の口を斬り飛ばした。
見事に斬り落とされた瓶の口は、肉料理の前にあるボールの中へ落ち、グジェットは、香ばしい匂いを漂わせながら肉料理の上に振りかけられた。
そして、コックはグジェットの瓶を持ち上げると、今度は、ヴィランの目の前にあるグラスにそれを注ぎ入れた。
「うむ。見事な手前だな」
「恐れ入ります」
コックは、そう言いながら頭を下げ、グジェットの瓶を新しいものと交換させると、また元のように壁際へと下がった。
「いかがですかな、ヴィラン公」
そう言ったのは、大広間に入って来たクルゴスである。
その顔には、再び先程のような嫌な笑みを浮かべ、大きく醜く太った身体はゆっさゆっさと揺れ、その態度は得意げな様子であった。
そんなクルゴスに、ヴィランは冷ややかな視線を送っただけで、何も言わなかった。
クルゴスは、ヴィランの斜め前にある椅子に座ると、グジェットを自分のグラスへと注ぎ、右手にグラスを持った。
「乾杯といきますか」
そうクルゴスは言った。
だが、ヴィランは、グラスを手にするどころか、クルゴスなどまったく眼中にない、といった様子で侍女達に何か命令をした。
無視されたクルゴスは、怒りを隠すために、さらに大きな笑みを浮かべた。だが、その禿上がった額には、大きく血管が浮き出ていた。
そばにいたリビンスクは、冷や汗を体中にかきながら、ただただ二人の様子を見ていることしかできなかった。
張り詰めた空気の中、彼らは静かに仮面の下で爪を研ぎ澄ませていた。




