第44話 静寂の潜入
結局、食事の間二人は会話らしい会話をかわすことはなかった。
そして、食事が終わると、クルゴスはヴィランを客室へと案内させた。
「ここがお部屋でございます、ヴィラン公」
ヴィランは、部屋の中を覗きこんだ。
部屋には一面にバラックが飾られ、豪華なシャンデリア、シルクのカーテン、その調度品はどれもが超一流の物であった。
「リザルト=レイヴンの調度品に比べれば、ここの物などたいした物ではございませぬが、ヴィラン公のお気に召せばと思い、用意させて頂きました」
(……)
ヴィランは、黙ってクルゴスを見た。クルゴスは、その巨大な体をなんとか傾け、頭を下げているつもりである。
そんなクルゴスの態度を見たヴィランは、
「それは、謙遜して言っているのか自治領主」
と冷ややかに嫌みを言った。
クルゴスは、頭を下げながら、必死にその言葉に堪えていた。それは、体が小刻みに揺れていることなどで容易に推測できた。
クルゴスは、頭を上げると、こう言った。
「ヴィラン公がラムセス市にご滞在の間、私の親衛隊の者が、ヴィラン公の護衛とさせていただきます」
「親衛隊じゃと?」
「左様でございます。この者達でございます」
クルゴスは、後ろで控えていた何人かの兵士を指差した。彼らは、いかめしく兜をかぶり、体には鎧を、腰にはブロードソードを帯びていた。
「ヴィラン公の身辺をお守りするのには数が少なすぎるとお思いかと思いますが、この者達は厳しい訓練を受けておりますので、これだけの人数でも一中隊ぐらいの働きは致します」
そう言うと、
「ファエラ!」
と一人の親衛隊員の名前を呼んだ。
すると、後ろに控えていた親衛隊の一人が、前に進み出た。
「お前は、今日からヴィラン公の護衛の中心となれ。決して手抜かりないようにな」
「はっ」
ファエラと呼ばれた人物はそう返事をすると、ヴィランの方に向き直った。そして、敬礼しながら言った。
「ファエラと申します。以後、公爵閣下の身の回りのことは、私めに何でもお申しつけ下さい」
ファエラは、そう言うと敬礼していた手を下げ、今度は深々と頭を下げた。
兜をかぶっているため、声は篭っていた。だが、その声は、明らかに《《女性》》のものであった。
「では、ごゆっくりとおくつろぎ下さいませ、ヴィラン公爵様。何か御用がございましたら、そこにいるファエラに申しつけていただければ、すぐに参りますので……」
クルゴスはそう言うと、リビンスクを連れ、重い体を必死に支えながら自室へと立ち去った。
クルゴスがその場を立ち去ると、ヴィランはファエラに促され、室内へと足を踏み入れた。
「さぁ、お部屋へどうぞ、ヴィラン公爵閣下」
「うむ」
ヴィランは、その豪華な部屋へと足を踏みいれた。
部屋の中は、すさまじいまでのバラックの匂いがたちこめていた。
ヴィランは、さっと鼻を覆うと、
「ファエラとやら、窓を開けてくれぬか。ここの部屋は少し匂いがきつすぎる」
「承知致しました」
ファエラは、ヴィランに言われたように、窓を開け広げた。外はもう暗くなっていた。
開け放たれた窓から、心地好い夜風が部屋の中に吹き込んだ。
辺りを漂う匂いは次第におさまり、部屋の中からはつんと鼻を刺激するバラック特有の匂いは消え去った。
「窓を閉めましょうか?」
「いや、そのままでよい」
ヴィランはそう言うと、開け放たれた窓に近寄り、窓から外を眺めた。
外の風景は、民家からもれる明りが、辺り一面に広がっていた。
クルゴスの館は高台の上に建てられ、ヴィランのいる部屋はそんなクルゴスの館の中でも上の方の階であった。
しばらく外を眺めていたヴィランは、突然ファエラに向かって言った。
「この街の名所は何処じゃ?」
「名所……でございますか?」
「そうじゃ。何でもよい。何かあるのか?」
「わたくしには分かりかねます。侍女達に聞けば分かるかと、思いますが……」
「調べてはくれぬのか?」
ヴィランは、静かな口調で言った。
だが、ファエラには、その言葉に威圧感を感じていた。
ファエラは、さっと敬礼すると、ガチャガチャと鎧の音を響かせながら、すぐに部屋から出て行った。
ヴィランは、再び窓の外を見た。その時、一羽のハトがヴィランの眺めている窓辺にとまった。
「なんじゃ、このハトは……」
ヴィランは、ハトを見た。ハトの足には一通の手紙が括りつけられていた。ヴィランはその手紙を外すと、さっと広げて中を読んだ。
「明後日か……」
ぽつりとそう独り言を呟いた。
ヴィランは手紙を読み終えると、壁際にある暖炉の中にその手紙を投げ入れた。
手紙は、炎がその体に移ると、ゆらゆらと踊るように燃えはじめた。それを見つめるヴィランの瞳には妖しい光が宿っていた。
手紙が燃え終わると同時ぐらいに、部屋を出たファエラが戻ってきた。
ハトは、ファエラが扉を開けるとすぐに飛び去り、部屋の中は、あたかもヴィランがずっと外を眺めていたかのようであった。
「ラムセス市の南部に、キュロの泉というのがあるようです」
「キュロの泉?」
「左様でございます。侍女達に聞きますと、キュロの泉は、この都市最大の泉という話です」
「ラムセス市最大の泉か……よし、今からそこへ行くぞ」
「今からでございますか!」
「そうじゃ。なにか不都合でもあるのか?」
「いえ、そういう訳ではございませんが……」
「では、よいではないか。今すぐ馬の用意をいたせ。一時間後、その泉へ参る」
「はっ……」
ファエラは、ヴィランの突拍子もない行動に、やや面をくらっていたようだった。
だが、さすがに親衛隊だけはあるのであろうか、すぐさま頭を切り替えると、馬の用意をするため部屋から出て行った。
ヴィランは、ファエラが呼びに来るまで、ずっと外を眺めながら深く物思いに耽っていた。
夜風と共に、策の糸がゆっくりと解け始める。




