第40話 風来の騎士
ローブの男は、ゆっくりとローブを取った。
そこから現れた顔は──騎士であった。傭兵や、ガスクのような者達の持つ顔ではなく、完全に鍛えられた、一流の騎士が持つ顔つきであった。
短めの髪や、凛々《りり》しい顔つき、傭兵達よりは細い体だが、しっかりとついた筋肉、鋭い目つき……そのどれをとっても一流の騎士である。
彼らは息を呑んだ。あの無骨なガスクさえもである。それだけローブの男は、騎士としては素晴らしい人物であると誰もが感じたからである。
ファルコーネは、さっと頬を赤く染めると、下を向いてしまっていた。
「あんた、本当に何者なのだい。こんな立派な人をわたしゃ見たことがないよ。
わたしゃ、ずーっとどっかの傭兵だと思っていたけどさ、まさか騎士様だったとはねぇ」
バラコアは、すっかり感心した様子で言った。
「貴方様のお名前は……」
タホスは、椅子から降り、平伏すような態度をとりながら、ローブの男に尋ねた。
「そんなに謙遜なさらなくてもいい、タホス老。俺の名はリューベック。
ただの風来坊だ」
ローブの男は、そう言った。タホスは顔をあげ、リューベックの顔を見た。落ち着き払った態度は、やはりこの男はただ者ではないと、そうタホスに思わせた。
「リューベックか。いい名前だねぇ」
バラコアは、気兼ねなくそう言った。グレーベなどは、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。
ガスクは、大声で笑いながら、
「ははははは。ただの風来坊がそんな鋭い目つきをしているもんか。
おめぇは素性を隠しているな?
言いたくなければ言わんでもいい。俺達にゃ関係ないことだ。
なぁ、タホスじぃ」
と言った。
「そうじゃな……」
タホスは、ガスクの言葉にそう相づちを打つと、
「リューベック殿。わしらは貴方の素性については深くは聞かぬ。そのお姿だけで十分信頼できる人間だと分かります。
しかし、どうしてビトラを助けてくれたのですか?」
そうリューベックに尋ねた。
「まぁ、立ち話もなんだから、座りなよリューベック」
バラコアは、リューベックを押して、椅子に座らせた。
「さぁ、ファルコーネ。この騎士様にお茶でも出すとするかい」
そう言いながら、バラコアは、ずーっとうつむいているファルコーネを連れて、台所の方へと姿を消した。
ガスクとグレーベもまたテーブルのそばの椅子に座ると、リューベックを見つめた。
リューベックはゆっくりと話し始めた。
「別にその青年を助けたのには、理由はない。ただ、例の連中に追いかけられているのを見かけたのだ。
連中は数人がかりで、あの青年──ビトラとかいったな──をいたぶっていたのだ。だから助けたのだ」
「例の連中? 領主のところのリビンスクですか」
タホスはそう言った。リューベックは首を横に振りながら言った。
「名前は知らん。ただ、ビトラを殴る時に、『領主様に逆らう馬鹿共の仲間』とか言っていたな。
あいつは、領主に組みする者だとは思う」
「やはり……」
「リビンスクの野郎!!
ビトラをこんな目に遭わせやがって!
ぶっ殺してやる!!」
ガスクは、力まかせにテーブルを叩きつけた。どかんという大きな音が部屋中に響く。
「あんたがいくらここで怒鳴ってもどうにもなりやしないよ。もっと静かにしたらどうだい」
台所から現れたバラコアは、ガスクに向かってそう言った。
ファルコーネは、盆の上に人数分の熱いレーム酒を運んできた。
それをテーブルの上に四人分置き、一つは扉の前にいる小男に手渡した。
そして、そそくさと台所の方に引っ込んでしまった。
「あの子照れてるんだよ。あんたがあまりにもいい男だからねぇ」
バラコアは、笑いながら冗談まじりにそう言った。
リューベックは、無表情のまま台所を一瞥すると、すぐにテーブルの方へ視線を戻した。
「リューベック殿は、どのくらいここに滞在なさるおつもりなのですか?」
タホスは、リューベックにそう尋ねた。
「分からん。何も予定はないからな。一日かもしれないし、一年かもしれない」
タホスは、グレーベと目を見合わせると、何か小声で話をし始めた。
ガスクは、リューベックの体つきを見ながらしきりに首を捻っていた。
「なぁ、あんた。どうしてそんな細せぇ体で、俺を押さえることができるんだ」
「別に大したことではないさ。
力の使い方一つで、バラコアのような女性でも、お前のような大男を押さえることができるさ」
「ははは。かかあは力の使い方なんか知らねぇでも、俺ぐらい一捻りだよ」
「何言ってんだい、あんたは」
バラコアはそう言うと、ガスクの足を思いっきり踏みつけた。
「痛ってぇ!!」
「余計なことを言うからだよ」
「本当のことを言っただけじゃねぇか」
「それが余計なことって言うんだよ!」
バラコアは、再びガスクの足を踏みつけた。
ガスクは顔を真っ赤にして、踏まれた足の痛みに黙って耐えていた。
「……リューベック殿」
そんな夫婦漫才のような雰囲気とは全く逆の重々しい雰囲気で、タホスはリューベックに語りかけた。
「どうかしたのか、タホス老」
タホスは、椅子から立ち上がると、床に平伏した。そして、
「どうか、我々をお助け下さい!」
と言った。
「立たれよ、タホス老。
俺はあなたにそんなことをされるほどいい身分ではない」
「いえ! こんなことを言うのはあなた様に迷惑がかかる。それを分かっていて、お願いをしようというのです。
どうか、我々をお助け下さい!」
タホスは、ただ額を床につけ、ひたすら「お助け下さい」を繰り返すだけであった。
リューベックは少しの思考の後、言った。
「俺のようなものでよければ、何でも手伝おう。だから、さぁ顔をあげてくれ」
「本当でございますか!」
タホスは、救われた表情でリューベックを見た。
「ああ。だから、椅子に座ってくれ」
そうリューベックに促されたタホスは、椅子に座ると、テーブルの上に置かれたコップを持ち、中に入った熱いレーム酒を口に含めて一息ついた。
グラスの底に揺らめく琥珀色は、来たるべき激動の予兆を映していた。




