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EWIG(エーヴィッヒ)――帝国騎士と病床の白髪の友が織りなす、戦乱を生き抜く長編戦記【全99話完結】  作者: 黒わんこ
第三巻 第六章 『解放』

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第40話 風来の騎士

 ローブの男は、ゆっくりとローブを取った。


 そこから現れた顔は──騎士であった。傭兵や、ガスクのような者達の持つ顔ではなく、完全に鍛えられた、一流の騎士が持つ顔つきであった。


 短めの髪や、凛々《りり》しい顔つき、傭兵達よりは細い体だが、しっかりとついた筋肉、鋭《するど》い目つき……そのどれをとっても一流の騎士である。


 彼らは息を呑《の》んだ。あの無骨なガスクさえもである。それだけローブの男は、騎士としては素晴らしい人物であると誰もが感じたからである。

 ファルコーネは、さっと頬を赤く染めると、下を向いてしまっていた。


 「あんた、本当に何者なのだい。こんな立派な人をわたしゃ見たことがないよ。

 わたしゃ、ずーっとどっかの傭兵だと思っていたけどさ、まさか騎士様だったとはねぇ」


 バラコアは、すっかり感心した様子で言った。


 「貴方《あなた》様のお名前は……」


 タホスは、椅子から降り、平伏すような態度をとりながら、ローブの男に尋《たず》ねた。


 「そんなに謙遜《けんそん》なさらなくてもいい、タホス老。俺の名はリューベック。

 ただの風来坊《ふうらいぼう》だ」


 ローブの男は、そう言った。タホスは顔をあげ、リューベックの顔を見た。落ち着き払った態度は、やはりこの男はただ者ではないと、そうタホスに思わせた。


 「リューベックか。いい名前だねぇ」


 バラコアは、気兼ねなくそう言った。グレーベなどは、ぽかんと口を開けたまま立ち尽くしていた。

 

 ガスクは、大声で笑いながら、


 「ははははは。ただの風来坊がそんな鋭い目つきをしているもんか。

 おめぇは素性を隠しているな?

 

 言いたくなければ言わんでもいい。俺達にゃ関係ないことだ。

 

 なぁ、タホスじぃ」


と言った。


 「そうじゃな……」


 タホスは、ガスクの言葉にそう相づちを打つと、


 「リューベック殿。わしらは貴方の素性については深くは聞かぬ。そのお姿だけで十分信頼できる人間だと分かります。

 しかし、どうしてビトラを助けてくれたのですか?」

 

 そうリューベックに尋《たず》ねた。


 「まぁ、立ち話もなんだから、座りなよリューベック」


 バラコアは、リューベックを押して、椅子に座らせた。


 「さぁ、ファルコーネ。この騎士様にお茶でも出すとするかい」


 そう言いながら、バラコアは、ずーっとうつむいているファルコーネを連れて、台所の方へと姿を消した。

 ガスクとグレーベもまたテーブルのそばの椅子に座ると、リューベックを見つめた。

 リューベックはゆっくりと話し始めた。


 「別にその青年を助けたのには、理由はない。ただ、例の連中に追いかけられているのを見かけたのだ。

 

 連中は数人がかりで、あの青年──ビトラとかいったな──をいたぶっていたのだ。だから助けたのだ」

 「例の連中? 領主のところのリビンスクですか」


 タホスはそう言った。リューベックは首を横に振りながら言った。


 「名前は知らん。ただ、ビトラを殴る時に、『領主様に逆らう馬鹿共の仲間』とか言っていたな。

 あいつは、領主に組みする者だとは思う」

 「やはり……」

 「リビンスクの野郎!!

 ビトラをこんな目に遭わせやがって!

 ぶっ殺してやる!!」


 ガスクは、力まかせにテーブルを叩きつけた。どかんという大きな音が部屋中に響く。


 「あんたがいくらここで怒鳴ってもどうにもなりやしないよ。もっと静かにしたらどうだい」


 台所から現れたバラコアは、ガスクに向かってそう言った。


 ファルコーネは、盆の上に人数分の熱いレーム酒を運んできた。

 それをテーブルの上に四人分置き、一つは扉の前にいる小男に手渡した。

 そして、そそくさと台所の方に引っ込んでしまった。


 「あの子照れてるんだよ。あんたがあまりにもいい男だからねぇ」


 バラコアは、笑いながら冗談まじりにそう言った。

 リューベックは、無表情のまま台所を一瞥《いちべつ》すると、すぐにテーブルの方へ視線を戻した。


 「リューベック殿は、どのくらいここに滞在《たいざい》なさるおつもりなのですか?」


 タホスは、リューベックにそう尋《たず》ねた。


 「分からん。何も予定はないからな。一日かもしれないし、一年かもしれない」


 タホスは、グレーベと目を見合わせると、何か小声で話をし始めた。

 ガスクは、リューベックの体つきを見ながらしきりに首を捻《ひね》っていた。


 「なぁ、あんた。どうしてそんな細せぇ体で、俺を押さえることができるんだ」

 「別に大したことではないさ。

 力の使い方一つで、バラコアのような女性でも、お前のような大男を押さえることができるさ」

 「ははは。かかあは力の使い方なんか知らねぇでも、俺ぐらい一捻《ひとひね》りだよ」

 「何言ってんだい、あんたは」


 バラコアはそう言うと、ガスクの足を思いっきり踏みつけた。


 「痛ってぇ!!」

 「余計なことを言うからだよ」

 「本当のことを言っただけじゃねぇか」

 「それが余計なことって言うんだよ!」


 バラコアは、再びガスクの足を踏みつけた。

 ガスクは顔を真っ赤にして、踏まれた足の痛みに黙って耐えていた。


 「……リューベック殿」


 そんな夫婦漫才のような雰囲気とは全く逆の重々しい雰囲気で、タホスはリューベックに語りかけた。


 「どうかしたのか、タホス老」


 タホスは、椅子から立ち上がると、床に平伏した。そして、


 「どうか、我々をお助け下さい!」


 と言った。


 「立たれよ、タホス老。

 俺はあなたにそんなことをされるほどいい身分ではない」

 「いえ! こんなことを言うのはあなた様に迷惑がかかる。それを分かっていて、お願いをしようというのです。

 どうか、我々をお助け下さい!」


 タホスは、ただ額を床につけ、ひたすら「お助け下さい」を繰り返すだけであった。

 リューベックは少しの思考の後、言った。


 「俺のようなものでよければ、何でも手伝おう。だから、さぁ顔をあげてくれ」

 「本当でございますか!」


 タホスは、救われた表情でリューベックを見た。


 「ああ。だから、椅子に座ってくれ」


 そうリューベックに促《うなが》されたタホスは、椅子に座ると、テーブルの上に置かれたコップを持ち、中に入った熱いレーム酒を口に含めて一息ついた。


 グラスの底に揺らめく琥珀色は、来たるべき激動の予兆を映していた。

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