第36話 騎士と鼠
「よぅ、騎士さん」
明るい、軽薄そうな声が廊下に響いた。声をかけられたのは、指令官室を出て、部屋に戻っている途中のジャクメルだった。
「なんだ、お前か」
ジャクメルは、つめたく突き放すように、そっけなく言った。
「冷たいねぇ」
男は、その落ちつきのない目をジャクメルに向け、口元をにやりと歪めながら言った。
男は、傭兵の格好をしていた。だが、傭兵にしては小柄であり、やや曲がり気味の背中やきょろきょろと落ちつきのない目、細く薄い軽薄そうな唇、くちばしの様な鈎鼻、そのどれをとっても傭兵には見えなかった。
目もとは落ちつきなくあちこちを見回し、いかにも軽くて軽薄な、そんな印象を与える男である。男は、傭兵というよりは、どこかの《《こそどろ》》、と言った方がよっぽど似合っている様子だった。
ジャクメルは、男の顔を一瞥しただけで、そのまま男を無視して廊下を歩きだした。
男は、ジャクメルの横について歩いた。
「なぁ、これからどうするんだい。おれたちゃあ、このままここの傭兵達に混じってればいいのかよ、お偉い騎士さん」
男は、皮肉げにジャクメルに言った。ジャクメルは、きっと男を睨みつけると、
「そんな呼び方をするな!」
そう怒鳴りつけた。
「恐いねぇ」
男は、ジャクメルの言葉に微塵も動揺した様子を見せなかった。ジャクメルは、そんな男の様子にさらに機嫌を損ねた様だった。
だが、ジャクメルのそんな感情はよそに、男は言葉を続けた。
「小騎兵さんよ、冗談抜きでこれからどうするつもりだい。おれたちゃ、いつでもあんたの指示に従うぜ」
「指示に従うならば、黙って待ってればいいだろうが!」
ジャクメルは、不快感を露にしながら言い放った。男は、やれやれといった表情で言った。
「だったら、あんたの指示があるまで、寝て待つとすっかな」
男は、そう言うとその場から立ち去ろうとした。だが、くるりと振り向くと、付け足すように言った。
「そうだ。あんたが調べておけって言ってたミュアイの動静だが、奴さん達、ついに動きだしたようだぜ」
男はそれだけ言うと、そのまま立ち去っていった。
ジャクメルは、男の後ろ姿を一目だけ見ると、そのまま黙って自室に向かった。
(ミュアイ……)
ジャクメルは、心の中でこれからの行動をじっと考えながら、歩いていった。
夜の砦に鳴り響く、傭兵達の宴の声。だが、コッドの砦は、未だ経験したことのない陥落の日まで、着実に時を歩んでいるのだった。
宴の声は夜空に吸い込まれ、砦は静かに破滅へのカウントダウンを刻み始める──
EWIG 第二巻 完




