第37話 裏道の恩人
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第六章 『解放』
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ブロードソードを腰に帯び、ボロボロになったローブを身にまとった男が市街地を抜けていく。
男の通る後には、ただいつもと変わらぬ様子の街の人々が、せわしく歩き回っているだけである。
時折、興味深そうに男を眺める者もいた。それは、街を訪れる傭兵を雇っては、領主に高値で売りつける、といった、人身売買と変わらぬ商いを営む者達である。
彼らは、じっと品定めするように男を見ては、「はずれか」と舌打ちをし、すぐに自分の店の中に入っていった。
男の姿は、腰に帯びているブロードソード以外は、スラム街を寝ぐらとする乞食達と、なんら違いはないからであった。
その顔は、ボロボロになったローブを深々とかぶっているため、はたから見ただけでは、若いのか年老いているのかは判別できなかった。
だが、男であることは間違いなかった。その男はかなり背が高く、また、肩幅も女のそれではなかったからである。
彼は、商業街から少し外れた裏道に足を向けた。裏道には、人相の悪いごろつきや、貧民、妖しげな占い師に、娼婦……街の闇の部分に生きる者達の姿がすべてここにあった。
彼らは、男の姿をちらりと一瞥するだけの者もいれば、自分達の仲間であると感じるのであろうか、時折親しげに男に話しかける者もいた。
だが男は、そんな裏の連中をまったく無視し、裏道の奥へどんどん進んでいった。
彼に無視された裏世界の者達は、通り過ぎる彼の後ろ姿に罵倒の声を高らかに上げると、再び新たな獲物を探して辺りを彷徨うのだった。
男は、裏道の袋小路の手前で立ち止まった。そして、静かに路地の角から袋小路をのぞき込み、奥の様子を伺った。
袋小路では、一人の青年が数人の男に囲まれていた。
「やっ、やめてくれ! 俺が何をしたと言うのだ!」
「何をしただと……クックック」
青年の悲痛な叫びに、取り囲んでいる男の一人が低く嫌な笑い声を発した。
「お前が、領主様に逆らう馬鹿者共の仲間であることは理由にならねぇのかなぁ」
男はそう言うと、目の前の青年の腹を蹴りつけた。青年はぐふっと一言唸ると、そのまま崩れ落ちた。
男達は、そんな青年の姿を見ると、げらげらと大声で笑いながら、さらに青年を蹴りつけた。人間を蹴りつける鈍い音が辺りに響いている。
そんな様子を、上からニヤニヤと楽しげに見る者もいれば、青年を気の毒がって見る者、こんな世の中からの救いを求め、ラヴァに祈りを捧げる者……様々な者が、様々な思惑をもって見つめていた。
青年の呻き声が、袋小路に高らかに響いたかと思うと、その声は途絶えた。それと同時に、今度は、足蹴りをしていた男の中の一人が悲鳴を上げた。
「ぎゃゃゃゃあ!」
「誰だ!」
取り囲んでいた男の中でも、首領格と思われる男が叫んだ。そして辺りを見回した。
首領の男の目には、地面にうずくまった仲間の姿と共に、ボロボロのローブの男の姿が映った。
「何者だ!」
首領の男はさっと身構えると、腰に帯びている小剣を抜き放った。
だが、ローブの男は驚いた様子を見せるわけでもなく、ゆっくりと男達のそばへ近寄った。
「貴様……」
首領の男は怒りの表情を露にすると、ぎゅっと小剣を握りながら、じりじりとローブの男の方へ向かって言った。
「貴様、何者だ!」
ローブの男は、そんな首領の問いには答えず、ただゆっくりと地面に伏せている青年の傍へと近寄った。
そんなローブの男の態度に首領の男は怒りを爆発させた。
「貴様、答えぬつもりか!」
首領はそう叫ぶと同時に、小剣を振り上げながら、ローブの男に斬りかかった。ビュッという小剣が空を切る音が辺りに響き渡る。
だが、首領の男は、その勢いのあまり地面に転がり込んでいた。ローブの男が首領の小剣を、体を反らして避けたためである。
ローブの男は青年に近づくと、しゃがみ込んで青年の様子を見た。
「大丈夫か」
ローブの男は低い声で、そう青年に問いかけた。だが、青年は苦しそうに唸るだけであった。
地面に転がり込んだ首領の男は、大声で怒鳴りながら、仲間の男達に命令した。
「その男もろとも、ローブの奴も殺ってしまえ!」
そう指示された男達は、各々武器を手にすると、ローブの男を取り囲むように移動した。
ローブの男は、青年を抱きかかえると、そんな男達を一瞥した。
「しゃぁぁぁぁぁぁ!」
男達の中の一人が鬨の声をあげながら、ローブの男に斬りかかった。
ローブの男は、さっと身を屈め、そのまま突進してくる男に体当たりをし、崩れた包囲陣から一気に抜け出し、袋小路から路地へと走り出した。
「追え! 逃がすな!」
首領の男はそう叫ぶと、男達と共にローブの男を追いかけはじめた。
裏道に巣食う者達は、狭い裏道を駆け抜けるローブの男を追いかける男達の姿を見ると、さっと近くの扉の中に身を潜め、自分に被害が及ぶのを避けた。
だが、鶏などを飼う足の弱い老人などは、そんな男達の餌食にされた。
老人の飼う鶏の小さな籠は、男達によって蹴散らされ、突然解放された鶏が、辺り一面に羽を飛ばしながら逃げ去っていく。
裏道は大混乱となった。
ローブの男は、ただ無言で裏道を駆け抜けた。何回目かの曲がり角を曲がると、そこは、先ほどと同じようなな袋小路となっていた。
はぁはぁと息をきらせながら男達がローブの男に追いついた。
袋小路に追い詰められたローブの男の姿を見た首領の男は、にやりと口元に笑みを浮かべると、男達を散開させ、再びローブの男を包囲する格好をとった。
「へっへっ、これでゲームオーバーだな」
首領の男は、にやにやと笑いながら言った。ローブの男の表情は、ローブによって隠れているため分からない。だが、じっと男達の方を向いているその姿には、恐れなどは微塵も感じられなかった。
「これで、終わりだ!」
首領の男がそう叫ぶと同時に、男達は一気にローブの男に斬りかかった。その時である。
ガシャーン!
何か陶器が割れるような音が袋小路一面に鳴り響いた。それと同時に、首領の男は地面に倒れ込んだ。
「何やってんだい! 今のうちにさっさとやっておしまい!」
どこからか、威勢のいい女性の声が響いた。
ローブの男は、その声を聞くと同時──いやそれよりも早くに男達の中の一人に蹴りを入れ、気絶させていた。
「あんた、なかなか強いねぇ。もう少しがんばりな!」
そう女性の声が再び響くと同時に、ローブの男は、二人目のターゲットに向かって突進をした。
男達は、予想外の出来事に面をくらっていた。そのため、動きは鈍り、ローブの男の半分の機敏さも発揮していなかった。
そんな男達は、ローブの男の敵ではなかった。
二人、三人と仲間が次々と打ち倒されていく……そんな様子を、ただぼうっと男達は見ていた。
だが、残りの人数が三人ほどにまで減ると、さすがに男達も黙って打ち倒されてはいなかった。
三人は、背中合わせにかたまると、何か算段をし、ばっとローブの男を囲むように散らばった。ローブの男の足は止まった。
じりじりと剣を構え、男達はローブの男に近寄った。そんな男達の姿をローブの男は、じっと見つめながら、通路の横の扉に注意を払った。
「いけぇ!」
男の一人がそう叫ぶと、三人は同時にローブの男に躍りかかった。
カシーン!
剣と剣とが打ち合う甲高い音が響いた。
ローブの男が青年を右脇に抱えながら、左手で剣を抜いたのである。最初の一合目で男達の一人の剣は打ち払われていた。
それと同時ぐらいに、通路の横の扉が開き、例の威勢のいい声が響いた。
「こっちだよ! 早くしな!」
そう声の主が叫ぶと、ローブの男は後ずさりしながら、一気に扉の中に躍り込んだ。
「まて!」
三人の男達は、同じ様に扉に向かって殺到した。だが、扉は内側から鍵がかけられ、中に入ることはできなかった。
「ちくしょう! 打ち破ってしまえ!」
そう男の一人が叫ぶと、手にした剣を扉のノブに打ち当てはじめた。
「何しやがるんでい! 扉が潰れちまうだろ!」
そんな声が辺りに響くと、空からは、トマトや花瓶、やかんなどあらゆる物が男達めがけて降り注いだ。
男達は、そんな住民の抵抗にどうしようもないと判断すると、そのまま首領の男を連れてその場から逃げ去っていった。
「やったぜ! 領主の犬共を追い払ってやったぜ!」
喜びに満ちた歓声が、辺り一面を覆った。彼らの声は、何か久しぶりにすっきりとした快活さを取り戻した──そのような声であった。
そんな歓声は、いつまでも裏道の袋小路の中に鳴り響いていた。
だがその歓声は、やがて来る嵐を呼び寄せる序章に過ぎなかった。




