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EWIG(エーヴィッヒ)――帝国騎士と病床の白髪の友が織りなす、戦乱を生き抜く長編戦記【全99話完結】  作者: 黒わんこ
第二巻 第五章 『諜者』

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第33話 駒は動く

 「それについては心配はございません。ラムセス市に向かうのは、確かに最初は2万の軍ですが、実際にラムセス市を攻略する際には、5千ほどです。

 つまり、ミュアイ市を離れる時に2万で離れたと見せかけ、アラク海峡の手前で1万5千の軍は、そのままミュアイ市のそばにまで撤退いたします」

 「ラムセス市は、5千の軍で陥落させることが出来るでしょうか。

 あの都市にはかなりの軍隊が配備され、常にミュアイ市に対して睨《にら》みをきかせています。

 下手に攻めれば、逆に返り討ちにされるのではないでしょうか」

 「ミュアイ市は現在、政情が不安定な状態にあります。

 領主クルゴスに対して、市民の不満が蓄積され、この状態が続けば革命が起きる可能性があります」

 「その市民の怒りを利用するわけですか……」

 「悪く言えばそうなります。しかし、我々はクルゴス領主にとって変わるのではなく、市民を解放し保護するのですから、彼らも喜んで我々に協力することでしょう」

 「ラムセス市についてはそれでいいとして、ミュアイ市に向かうザッカート指令官の攻略軍はどうなさるおつもりですか?」

 「ザッカート指令官の軍がミュアイ市を攻略開始するよりも先に、我々はラムセス市を解放し、そのまま一気にメーマック市を占拠いたします。

 ザッカート指令官がメーマック市の軍隊を吸収して北上いたしますので、市の占拠は比較的簡単に行えます。


 ラムセス市を解放した頃には、すでにコッドの砦に向かっていたデス大騎将の軍勢は、コッドの砦を陥落させそのまま軍をミュアイに向かわせており、ミュアイ市のすぐそばにまで来ている頃になります。

 なおかつ、アラク海峡を越えなかった軍勢1万5千もまた、ミュアイ市に向かっています。


 二つの軍勢がミュアイ市に着く半日前ぐらいに、ザッカート指令官の攻略軍がミュアイ市を包囲していることでしょう」


 (挟撃《きょうげき》というわけか……)


 いままで、黙っていたリューベックは低く唸《うな》るように呟《つぶや》いた。

 ヴィランは、相変わらずリーディスの目を見ながら、その言葉の一言一句《いちごんいっく》聞き逃さないよう、全身で聞いていた。


 「そうです。ミュアイ市を包囲した攻略軍は、後ろからは、1万5千の軍勢が、前からはスィークリト軍5千──正確には、ミュアイ市の防衛にあたる陸軍5千と、デス大騎将の率いるスィークリト軍5千の1万の合軍になりますが──に同時に、攻めかかられることになるでしょう。


 ザッカート指令官の攻略軍が、たとえ陸1万、海5千で攻めたとしても、陸は前方の合軍1万と後方の1万5千によって、海はミュアイの強力な海軍5千によって迎撃されることになります。


 この様な状態であれば、ザッカート指令官を捕虜とすることは、十分に可能であると……」


 リーディスは、ここで言葉をつぐんだ。ヴィランは、リーディスの説明が終わったことを確認すると、つけ加えるように言った。


 「そして、ザッカートは撤退《てったい》を試みる。じゃが、メーマック市はブラームの軍によって占拠されており、コッドの砦も又、ルッカらによって陥落している。

 もはやザッカートはとるべき術《すべ》はないと……こう言いたいのじゃな」


 リーディスは、かるく微笑むことで、ヴィランの言葉に答えた。


 「見事じゃ。ザッカートを捕虜とし、それを利用することで姫君をアビスの手から引き離すわけか。

 引き離すための口実として、姫君と同等、あるいはそれ以上の地位にある者──を軟禁し、人質交換を行う。

 その軟禁されていることを証明する人物として、ザッカートをその役者に仕立てあげるというわけか。

 よし、分かった。わたしがその軟禁される者となろうではないか」


 ヴィランは、リーディスに向かってそう言った。それに対しエレオノールは、ヴィランを宥《なだ》めるように言った。


 「なりません、ヴィラン様。ヴィラン様は何故《なにゆえ》、御身《おんみ》に危害が及ぶようなことに、すすんで身を挺《てい》しなさるのですか」

 「ではお前は、この策は失敗すると言うのか?」

 「そういうことではありません!」

 「よいではないか、人助けになるのじゃぞ」


 ヴィランは、半分だだをこねるような言い方をした。


 「ヴィラン様!」

 「もうよい、エレオノール。これはわたしが決めたことだ、おぬしの口出しすることではない」


 ヴィランは、若干口調を強めて言った。

 その言葉に対しエレオノールは、もはやこれ以上自分の主人に対して進言することは、無駄であると感じとった。


 「……分かりました。ヴィラン様がそう仰《おっしゃ》られるのであれば、もはや私のような者が口出しすべきことはございません。最後までヴィラン様にお仕え申し上げるだけでございます」

 「すまぬな、エレオノール」

 「いえ……」

 「では軍師殿、わたしはまず何をすればよいのじゃ」

 「ヴィラン公はただ、ミュアイ市にいらっしゃるだけで結構でございます」

 「何? わたしはただじっとしておれと言うのか。

 何故《なにゆえ》、わたしだけ、のうのうとミュアイ市で待っておらねばならぬのじゃ」

 「しかし、ヴィラン公にしていただくことは、もう他には……」

 「あるじゃろう。ラムセス市解放がな」

 「しかし、それは……」

 「よい。わたしがラムセス市を解放する。どうせ、ザッカートを捕虜にするよりも先に、ラムセス市は陥落させねばならぬのじゃ。

 わたしがやっても問題はあるまい」

 「しかし……」

 「くどい! わたしがすると言ったことはするのじゃ。

 よいか、わたしがラムセス市に向かう。ミュアイからの解放軍は、カリュースが途中まで率いるのじゃ、よいな。

 エレオノールは先にラムセスに侵入し、クルゴスの信頼を得ておくのじゃ。

 リューベックは、ラムセスの市民軍の指揮を」


 ヴィランは手短に命令すると、すぐにでも出発すべく、席を立ち上がった。


 「お待ち下さい、ヴィラン公」


 リーディスは、ヴィランを呼び止めた。


 「なんじゃ、まだ不満があるというのか」


 ヴィランは、席に座りながら言った。


 「いえ、ヴィラン公のお考えに不満はございませんが、最後に整理だけはしておいた方がよろしいのではないかと」


 この作戦会議において初めて、カリュースは言葉らしい言葉を出した。


 「そうだな。誰がどこを担当するかをこの際ハッキリとしておいた方がいい」


 カリュースの言葉に続き、リーディスが説明を続けた。


 「まず、コッドの砦には、デス大騎将とルッカ中騎将が。

 ミュアイ市には、私とカリュース様が。

 ラムセスにはヴィラン公の一行が。


 この後は、カリュース様がラムセス市に向かうと同時に、コッドの砦の方でも行動を起こして下さい。

 連絡は、ウィフィツィ様のジプシー達を介したやり取りで行いますので、時間はかかりません。


 後は、そのつど指示を出しますので、それに従っていただければよろしいかと」

 「分かった。わしらはコッドの砦を落とせばいいんじゃな。

 あんな砦を落とすことなど、赤子でもできるわい。がははははは」


 デスは、気楽な様子で言った。策の解説を黙って聞いていたミックは、ルッカの袖をひっぱると小声でルッカに言った。


 (どうしてこんな面倒なことをするんだ?)

 (そうか、お前は軍議には初めて参加したのだったな。これはな、大きな戦《いくさ》をする時には、必ず必要なものなんだ。

 これがないと、軍隊はばらばらになってしまう。分かるか?)


 ルッカの言葉に対して、ミックは首を傾《かし》げるだけだった。

 それは、ジプシーの戦などは、数人対数人、あるいは十数人対十数人が常であり、数万の軍隊が動く戦などは経験したことない為であった。


 漠然《ばくぜん》としたことしか理解できなかったミックは、ただルッカの言うことを、そのまま受け入れることが限界で、それ以上の理解などはできようはずもなかった。


 「では、わしらはばば殿の所へ行って連絡を待つとするかのぉ。ルッカ行くぞ!」

 「あ、はい。ミック行くか」


 ルッカは、デスに返事をすると、そのままミックを連れ、デスと共に部屋を出た。


 「では、わたしはラムセス市に侵入するとするか。行くぞ、エレオノール、リューベック!」

 「はっ!」


 リューベック兄妹は、声を揃えてヴィランに返事をし、ヴィランと共に部屋を出て行った。


 「ふぅ……」


 リーディスは、ほっと一息ついた。


 「大丈夫か? ずいぶん無理をしていたようだが……」

 「大丈夫です、カリュース様。これからはもっと忙しくなります。

 こんな所でへばっていては、私は何のために今回の参謀役を引き受けたのか分かりません」


 リーディスは、軽く笑った。だがその笑いは、どこか疲労感と倦怠感《けんたいかん》を帯びたものであり、その顔には陰《かげ》りがあった。

 カリュースは、そんなリーディスの様子を気にかけながらも、これから起きる戦いに、胸の高鳴りを感じていた。


 静寂を取り戻した部屋で、若き主従は来るべき嵐の前の静けさを共有していた。

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