第31話 戦慄の軍略
コッドの砦は、ラヴァウインド共和国とヒスタリク王国にまたがる海峡に位置する、いわば緩衝地帯の要の砦である。
スィークリト・ヒスタリク・ラヴァウインドの三国を分けている自然国境は、バトリック山脈・紅蝶湖の2つである。東のバトリック山脈はヒスタリク領土であり、それを越えるとスィークリト帝国領内となる。
バトリック山脈の南方には、北西大陸を二分するように巨大な湖がある。それが紅蝶湖である。
紅蝶湖は、二つの塩湖がつながってできあがったもので、東側の湖をバラトプル海、西側の湖をイザハード海という。
そして、バラトプル海とイザハード海との接点の海峡をアラク海峡といい、イザハード海とアクレイア海との接点をレガヌ海峡という。
アラク海峡とレガヌ海峡は極端に狭くなっており、二つの湖は、ちょうど蝶が羽を広げたような形をしていた。その巨大な二つの湖は、夕刻のある時間帯になると湖面が真っ赤に染まることから、紅蝶湖と呼ばれていた。
紅蝶湖は、軍事的・商業的にも非常に重要であった。
蝶の左の羽根にあたるレガヌ海峡をおさえられれば、内陸の国はアクレイア海へ進出することはできなくなり、蝶の頭部にあたるアラク海峡をおさえれば、イザハード海には出ることは出来なくなる。
現在アラク海峡はブラーム公国領であり、ブラーム公国はスィークリトとの同盟国でもあった。
二つの重要点のうち一つをスィークリトによって抑えられたヒスタリクは、アクレイア海進出を阻まれぬようもう一つの出口であるレガヌ海峡を確保しておく必要があった。
そのような状況下で、レガヌ海峡の防御拠点とされているのがコッドの砦であった。
そんな理由から、スィークリトとヒスタリクとの戦いは絶えたことが無かった。イプソス草原大戦も、アラク海峡をおさえているブラーム公国を手に入れんがためにヒスタリクが派遣した軍を、同盟国たるスィークリトが撃破した戦いであった。
カリュースは、半ば呆然としていた。政治的にも軍事的にも重要地であるコッドの砦に、ハースランドを送り込むということは、スィークリトとヒスタリクとの全面戦争になりかねないからである。
「リーディス、お前は何を考えているのだ」
カリュースは、興奮した感情を抑えようとテーブルの上に置いてあった水を飲んだ。
「ランフォーレ姫を救出することです」
リーディスは、軽く言った。だが、それはカリュースに対しては何の答えにもならなかった。
「姫を助けるために、どうしてコッドの砦が関係あるのだ。姫はアビス侯爵の所にいるのではないのか!」
カリュースは声高に言った。
「お静かに、カリュース様」
「ん……ああ、すまん」
そう言うと、
「姫を助けるのに、どうしてコッドの砦が関係あるのだ」
同じ質問を繰り返した。
「カリュース様。アビス侯爵はサジ伯とは比べ物にならないほどの大貴族。
侯爵の所有する軍兵は4万はいます。そんな所から姫君をお助けするためには、中途半端な策では決して成功はしないでしょう」
「お前は何を考えているのだ?」
「アビス侯爵の所から姫君をお助けするのであれば、大芝居をうつ必要がございます。
その芝居は大芝居であればあるほど、私の策は生きてきます。
コッドの砦はその舞台として使用するのです」
「……ハースランドは何をしに行ったのだ」
「ハースランド中騎兵には、コッドの砦司令官ザッカートに近づいてもらっています。今は、ザッカートをコッドの砦から引き離すための下準備をしているところだと思います。
もうじき、中騎兵からの連絡があるでしょう。それを受け次第、我々も事を起こします」
「俺はどうすればいいのだ」
「カリュース様には、まずブラーム大公の所に向かってもらいます。詳しいことは、明後日の昼の会議でお話し致します。
今はとりあえず、ブラーム大公の所向かうことだけを考えていて下さい」
「コッドの砦はどうするのだ?」
「陥落させます」
「かっ、陥落だと!」
再び声を大きくしそうになったカリュースは、慌てて口をつぐんだ。
「陥落させて、どうするのだ。あそこを陥落させれば、それこそ両国間の対立は深まり、第二次イプソス草原大戦になるぞ」
カリュースの言葉に、リーディスは何の反応も示さなかった。ただ、苦しげにベッドに横たわると、そのまま目をつむってしまった。
「大丈夫か、リーディス。すまん、興奮させてしまった」
カリュースは、リーディスの体を気遣いながら、そばにあった薬をリーディスの口に含ませた。薬を飲んだリーディスは、少し落ちついた様子になったが、目を覚ますことはなかった。
「眠ってしまったか……しかし、一体リーディスはどんな大芝居をうつつもりなんだ……」
カリュースは、白髪の軍師をじっと見やると、静かにその部屋から出ていった。
この時カリュースは、その策の先に待つ運命の過酷さを、知る由もなかった。




