第29話 仲間との再会
夜は完全に明け、周りからは鳥の鳴き声が聞こえてきていた。気温も昼にかけて上昇し、温暖な地方特有の穏やかな気候へと変化してゆく。
ラウェルまで、あと数百メーターという辺りにさしかかったとき、ラウェルから二騎の馬が、カリュース達に向かって駆けてきていた。
「あれはなんだ」
ヴィランは、カリュースにそう尋ねた。カリュースは、じっと目を細め、馬に乗っている人物を識別した。
一人は帝国の軍服を着ており、一人は黒い装束を身につけていた。二人とも男である。
黒装束の男は、男というよりはまだ少年のようであった。
「あれは、ルッカとジプシーの少年じゃないかな」
カリュースは、ヴィランにそう答えた。
だが、ヴィランには誰のことかは当然理解できるはずもなく、ただその言葉をそれとなしに聞き流しているだけであった。
二体の馬はすぐにカリュース達の元にたどり着いた。カリュースがヴィランに答えたとおり、ルッカとジプシーの少年──ミックである。
「カリュース! 今戻ったのか」
「ああ。しかしなぜ俺達が戻ったと分かったのだ」
「なに、おれもたった今ラウェルに戻ったばかりだ。例のあのばぁさんが、なかなかジプシー達を動かしてくれなくてな」
「ようルッカ! 元気でやっとおったかのぉ。がははははは」
(よく言うよ。あのばぁさんのことを一番知っているくせに)
ルッカは、内心で文句を言いながらも、顔は愛想笑いをしていた。
「で、ばば殿はどこじゃ、ルッカ」
「ラウェルからそう遠くには離れていないところに、隠れて馬車を止めています。さすがに、ラウェルに馬車を止めるためには通行書がいりますからね。
で、こんなことをやらせた白髪の軍師殿はどこにいるんだ、カリュース」
「リーディスなら、後ろにいる。たぶん、リューベックが手助けしながら馬に乗っているだろう」
「リューベック?」
ルッカは、馬の数が多いのにようやく気がついた。そして、そばにいたヴィランの姿を見ると、カリュースのそばで小声で尋ねた。
(誰だ、この女性は……?)
「ヴィラン公爵だ」
「ヴ、ヴィラン公だと!」
ルッカは思わず叫んでいた。カリュースとは違い、ルッカは他国の事情にも通じていた。
そして、ラヴァウインドに向かった際に、当然ヴィランの所も、姫のいる可能性のある所として、探索の手をのばしていたのであった。
「なんだって、ヴィラン公がお前と一緒にいるんだ」
「いや、ちょっとしたことがあってな」
「何をごちゃごちゃ言っておる。
カリュース、この者達は一体何者じゃ」
ヴィランは、カリュースがすぐにルッカ達のことを話さなかったことに、少し機嫌を損ね、ルッカのことを尋ねるその声も、若干低くなっていた。
カリュースは、サジの館でヴィランの威圧感を思い出すと、ヴィランを怒らすことはあまりしたくはなかった。
それだけに、ヴィランの口調が不機嫌さを含んだものになると、すぐにヴィランにルッカ達のことを説明した。
「この軍服の男は、ルッカ小騎将。まぁ俺達の同士だ」
「ルッカ小騎将であります!」
ルッカは、ヴィランに敬礼をした。ヴィランは、ルッカの堅物軍人の様子を見ると、もはやそれ以上はルッカについて聞こうとはしなかった。
「で、リーディスに何か用なのか、ルッカ」
「ああ、そうだ。いやなに、下準備の時に渡された紙があっただろ。あれに、ばばを連れてきたら報告して欲しいと書いてあったのでな」
「そうか。とにかくリーディスは後ろにいる」
「分かった」
ルッカは、そのまま馬を返した。
後ろでは、リーディスがリューベックに助けてもらいながら、不自由な足を懸命に動かし、なんとか馬に乗っていた。
「軍師殿!」
ルッカはリーディスにそう呼びかけた。リーディスは下げていた頭を上げ、ルッカの方を見やった。
「ルッカ小騎将」
リーディスの声は穏やかだった。声は小さかったのだが、よく通る濁りのない声だった。
「ごくろうさまです。さぞかし苦労をなさったことかと思います」
リーディスは、微笑みながら言った。
「さすが、軍師殿。よく分かっていらっしゃる」
ルッカは笑いながら、冗談混じりにそう言った。
リーディスの笑みには不思議な魅力があった。彼の笑みを見る者は、自然と微笑んでしまうのである。
穏やかな美しい声は心を落ちつかせ、また気品さえも感じられた。頭髪こそ白髪であるが、その顔立ちは苦労に打ちひしがれた者とは、とうてい比べようがないほど整っている。
若干病気がちなため、健康な肌とは言い難いが、白く抜けるような肌は美的感覚をくすぐるには十分であった。
ルッカは、リーディスを非常に好ましく思っていた。それは、男に対して恋を語る、というものではなく、ただリーディスの人柄と美的な容貌に対し、芸術作品を見るような感情を持っていた。
そして彼の、リーディスの知性知略に対する感情は、崇拝と呼べるべき様子だった。
「ばば殿はラウェルのそばにいるが、これからはどうするのだ」
ルッカはリーディスに言った。リューベックはそばで、リーディスのことを気にかけながらゆっくりと馬を進めていた。
「そうですね、今言ってもいいのですが、できればラウェルに戻ってからにしたいところですね」
「何故だ? 今だとだめなのか?」
「いえ、そう言う訳ではありません。ただ、今だとすこし早すぎるかも知れませんので」
「まあ、考えがあるのだったら後でいいさ」
ルッカは、リーディスにより一層近づくと、声をひそめて尋ねた。
「ところで、ヴィラン公が付いてきているのはどういうことなんだ?」
「それは、公に直接お聞きした方がよろしいでしょう」
リーディスは目を細めながら、からかうように言った。
「馬鹿言え。俺がヴィラン公の所にまで忍び込んだことを知っているくせに」
ルッカは、リーディスの冗談に苦笑した。
その会話のやり取りを、そばで聞いていたリューベックは、当然あまり良い顔はしていなかった。
だが、ヴィランに直接被害が及んでいた訳ではなかったので、元来無口であるリューベックは、その場では特に声を発することはなかった。
「これからどうするのだ。お前のことだ、また何か考えがあるのだろ」
「ええ、無いわけでもありません」
「とりあえず、ばば殿はラウェルのそばに待っていてもらっていいのだな」
「そうですね。今の所はそれでよろしいかと」
「例のジプシーのミックが俺と一緒に来ているのだが、あいつはどうする」
「そうですね……」
リーディスは、じっとミックを見つめ、
「彼には私たちの話に加わってもらいましょうか」
と言った。
「分かった。じゃあ、とりあえずカリュースの家に集まるのだな。
で、いつ俺達は行けばいいのだ?」
「二日後の正午頃に来ていただけますか。その頃であれば、恐らく状況も変化していると思います」
「分かった。二日後の正午だな。行くぞミック!」
ミックはルッカの声を聞くとすぐに馬を駆り、ラウェルとは正反対の方向に向かって走り出した。
「じゃあな! はいやぁ!」
ルッカもまた、馬の尻を叩き、ミックと共にカリュース達の一行から離れていった。
再会の余韻はすぐに消え、彼らの表情は既に次なる戦いへと向いていた。




