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EWIG(エーヴィッヒ)――帝国騎士と病床の白髪の友が織りなす、戦乱を生き抜く長編戦記【全99話完結】  作者: 黒わんこ
第二巻 第五章 『諜者』

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第29話 仲間との再会

 夜は完全に明け、周りからは鳥の鳴き声が聞こえてきていた。気温も昼にかけて上昇し、温暖な地方特有の穏やかな気候へと変化してゆく。

 ラウェルまで、あと数百メーターという辺りにさしかかったとき、ラウェルから二騎の馬が、カリュース達に向かって駆《か》けてきていた。


 「あれはなんだ」


 ヴィランは、カリュースにそう尋ねた。カリュースは、じっと目を細め、馬に乗っている人物を識別した。

 一人は帝国の軍服を着ており、一人は黒い装束を身につけていた。二人とも男である。

 黒装束の男は、男というよりはまだ少年のようであった。


 「あれは、ルッカとジプシーの少年じゃないかな」


 カリュースは、ヴィランにそう答えた。

 だが、ヴィランには誰のことかは当然理解できるはずもなく、ただその言葉をそれとなしに聞き流しているだけであった。


 二体の馬はすぐにカリュース達の元にたどり着いた。カリュースがヴィランに答えたとおり、ルッカとジプシーの少年──ミックである。


 「カリュース! 今戻ったのか」

 「ああ。しかしなぜ俺達が戻ったと分かったのだ」

 「なに、おれもたった今ラウェルに戻ったばかりだ。例のあのばぁさんが、なかなかジプシー達を動かしてくれなくてな」

 「ようルッカ! 元気でやっとおったかのぉ。がははははは」


 (よく言うよ。あのばぁさんのことを一番知っているくせに)


 ルッカは、内心で文句を言いながらも、顔は愛想笑いをしていた。


 「で、ばば殿はどこじゃ、ルッカ」

 「ラウェルからそう遠くには離れていないところに、隠れて馬車を止めています。さすがに、ラウェルに馬車を止めるためには通行書がいりますからね。


 で、こんなことをやらせた白髪《はくはつ》の軍師殿はどこにいるんだ、カリュース」

 「リーディスなら、後ろにいる。たぶん、リューベックが手助けしながら馬に乗っているだろう」

 「リューベック?」


 ルッカは、馬の数が多いのにようやく気がついた。そして、そばにいたヴィランの姿を見ると、カリュースのそばで小声で尋ねた。


 (誰だ、この女性は……?)


 「ヴィラン公爵だ」

 「ヴ、ヴィラン公だと!」


 ルッカは思わず叫んでいた。カリュースとは違い、ルッカは他国の事情にも通じていた。

 そして、ラヴァウインドに向かった際に、当然ヴィランの所も、姫のいる可能性のある所として、探索の手をのばしていたのであった。


 「なんだって、ヴィラン公がお前と一緒にいるんだ」

 「いや、ちょっとしたことがあってな」

 「何をごちゃごちゃ言っておる。

 カリュース、この者達は一体何者じゃ」


 ヴィランは、カリュースがすぐにルッカ達のことを話さなかったことに、少し機嫌を損ね、ルッカのことを尋ねるその声も、若干低くなっていた。


 カリュースは、サジの館でヴィランの威圧感《いあつかん》を思い出すと、ヴィランを怒らすことはあまりしたくはなかった。

 それだけに、ヴィランの口調が不機嫌さを含んだものになると、すぐにヴィランにルッカ達のことを説明した。


 「この軍服の男は、ルッカ小騎将。まぁ俺達の同士だ」

 「ルッカ小騎将であります!」


 ルッカは、ヴィランに敬礼をした。ヴィランは、ルッカの堅物軍人の様子を見ると、もはやそれ以上はルッカについて聞こうとはしなかった。


 「で、リーディスに何か用なのか、ルッカ」

 「ああ、そうだ。いやなに、下準備の時に渡された紙があっただろ。あれに、ばばを連れてきたら報告して欲しいと書いてあったのでな」

 「そうか。とにかくリーディスは後ろにいる」

 「分かった」


 ルッカは、そのまま馬を返した。

 後ろでは、リーディスがリューベックに助けてもらいながら、不自由な足を懸命に動かし、なんとか馬に乗っていた。


 「軍師殿!」


 ルッカはリーディスにそう呼びかけた。リーディスは下げていた頭を上げ、ルッカの方を見やった。


 「ルッカ小騎将」


 リーディスの声は穏やかだった。声は小さかったのだが、よく通る濁《にご》りのない声だった。


 「ごくろうさまです。さぞかし苦労をなさったことかと思います」


 リーディスは、微笑みながら言った。


 「さすが、軍師殿。よく分かっていらっしゃる」


 ルッカは笑いながら、冗談混じりにそう言った。


 リーディスの笑みには不思議な魅力があった。彼の笑みを見る者は、自然と微笑んでしまうのである。


 穏やかな美しい声は心を落ちつかせ、また気品さえも感じられた。頭髪こそ白髪《はくはつ》であるが、その顔立ちは苦労に打ちひしがれた者とは、とうてい比べようがないほど整っている。

 若干病気がちなため、健康な肌とは言い難いが、白く抜けるような肌は美的感覚をくすぐるには十分であった。


 ルッカは、リーディスを非常に好ましく思っていた。それは、男に対して恋を語る、というものではなく、ただリーディスの人柄と美的な容貌《ようぼう》に対し、芸術作品を見るような感情を持っていた。

 そして彼の、リーディスの知性知略に対する感情は、崇拝《すうはい》と呼べるべき様子だった。


 「ばば殿はラウェルのそばにいるが、これからはどうするのだ」


 ルッカはリーディスに言った。リューベックはそばで、リーディスのことを気にかけながらゆっくりと馬を進めていた。


 「そうですね、今言ってもいいのですが、できればラウェルに戻ってからにしたいところですね」

 「何故だ? 今だとだめなのか?」

 「いえ、そう言う訳ではありません。ただ、今だとすこし早すぎるかも知れませんので」

 「まあ、考えがあるのだったら後でいいさ」


 ルッカは、リーディスにより一層近づくと、声をひそめて尋ねた。


 「ところで、ヴィラン公が付いてきているのはどういうことなんだ?」

 「それは、公に直接お聞きした方がよろしいでしょう」


 リーディスは目を細めながら、からかうように言った。


 「馬鹿言え。俺がヴィラン公の所にまで忍び込んだことを知っているくせに」


 ルッカは、リーディスの冗談に苦笑した。


 その会話のやり取りを、そばで聞いていたリューベックは、当然あまり良い顔はしていなかった。

 だが、ヴィランに直接被害が及んでいた訳ではなかったので、元来無口であるリューベックは、その場では特に声を発することはなかった。


 「これからどうするのだ。お前のことだ、また何か考えがあるのだろ」

 「ええ、無いわけでもありません」

 「とりあえず、ばば殿はラウェルのそばに待っていてもらっていいのだな」

 「そうですね。今の所はそれでよろしいかと」

 「例のジプシーのミックが俺と一緒に来ているのだが、あいつはどうする」

 「そうですね……」


 リーディスは、じっとミックを見つめ、


 「彼には私たちの話に加わってもらいましょうか」


 と言った。


 「分かった。じゃあ、とりあえずカリュースの家に集まるのだな。


 で、いつ俺達は行けばいいのだ?」

 「二日後の正午頃に来ていただけますか。その頃であれば、恐らく状況も変化していると思います」

 「分かった。二日後の正午だな。行くぞミック!」


 ミックはルッカの声を聞くとすぐに馬を駆《か》り、ラウェルとは正反対の方向に向かって走り出した。


 「じゃあな! はいやぁ!」


 ルッカもまた、馬の尻を叩き、ミックと共にカリュース達の一行から離れていった。


 再会の余韻はすぐに消え、彼らの表情は既に次なる戦いへと向いていた。


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