第27話 星を詠むもの
「なぁ、ばば殿。まだ出発しないのか」
一人の騎士が、老婆に向かって言った。そこは、馬車の中であった。
薄暗い馬車の中には、騎士が一人と老婆が一人。後はジプシーの装束をした少年が一人。他には誰もいなかった。
「おれがここに来てから、もう三日以上たつ。これでは何のためにここに来たのか分からない」
腕組をした騎士の指先は、しきりに動いていた。相当いらいらしているのであろうことは、容易に推測できる様子だった。
しかし老婆は、そんな騎士の言葉には何の反応も示さず、ただ馬車の奥に奉られている、半人半鳥の像と対面して、じっと目を閉じて座っていた。
老婆の手には、棍棒の様に先が太くなった杖が握られ、その手首には水晶で作られた珠が、いくつもつなげられているものをかけていた。
「なぁ、そろそろ出発してくれないか、ばば殿」
騎士は、たまりかねて老婆のそばに行って、そう言った。
「うるさいわい!」
老婆の、乾いた大声が辺りに響くと、その手に握られていた杖は、そのまま騎士の頭に振り下ろされた。
鈍い音が響く。
「お前さんがぐちゃぐちゃ言うから、精神が集中できんじゃろうが!
少しは黙って待っとらんかい!」
老婆は、騎士に向かってそう怒鳴りつけた。騎士は、だまって頭をさすりながら、元の場所に戻った。
騎士は、スィークリト帝国の小騎将のルッカである。リーディスの要求で、ゲナブの森を訪れていた、ジプシーの頭領ウィフィツィのばばを呼びに来ているのであった。
だが、ルッカが訪れてから数日が過ぎ去っているにもかかわらず、ばばは一向に森を動こうとはせず、ずっとこの様に、彫像の前で目を閉じて座っているだけであった。
ルッカは、むすっとしながらばばの後ろ姿を眺めていた。
(だから、俺が来るよりデス大騎将に来てもらえばよかったんだ。このばぁさんは、俺の言うことなんか全然聞きやしない。
一体いつになったらここを動くつもりなんだ。このままでは、カリュース達が帝都に戻ってきてしまうではないか)
ルッカは、心の中でずっと文句を言っていた。声に出して文句を言うたびに例の杖で殴られるため、さすがに数日が過ぎれば、いやおうなしに無口になるのであった。
ルッカが最後に殴られてから、一時間ほどが経過したとき、突然、ばばの叫ぶような声が馬車の内部に響いた。
「おお! ついに紫星と天命の星が一つになった!
ミック、男どもに出発すると伝えておいで!
目的地は、帝都ラウェルだよ!
さぁ、ぐずぐずしてるんじゃないよ!」
ばばは、杖を振りかざすと、馬車にいたジプシーの少年にそう言った。少年は、すぐさま馬車から飛び降りると、夜の森の中を駆けていった。
「ばば殿、一体どうしたんだ」
「カリュースが紫星と共にラウェルに向かっておる。儂はこれを待っておったのじゃ。
お前さんの望み通り、儂らはこれからラウェルに向かうぞえ。
よう辛抱したのぅ、かっかっか」
ばばは、笑った。それに対して、ルッカは、ほっと安堵の表情を示した。
それと共に、このばばからやっと離れることができると思うと、内心喜ばずにはいられなかった。
ミックが帰ってくる頃には、辺りから馬のいななきが鳴り響いていた。複数の馬車が一斉に森から動きだしたのである。
「さあ、儂らは天命の星の運命に従うために、ラウェルに向かうのじゃ!」
ばばがそう馬車の中から外に向かって叫ぶと、ばば達を乗せている馬車は動きだした。
闇の森の中を駈ける馬車の群れ。黒い装束のジプシー達の様子は、闇に生きる獣が、獲物を求めて走り抜けているかのようであった。
動き出した馬車の列は、森の静寂を裂きながら、次なる局面へと踏み込んでいった。




