第22話 騎士と公爵
ヴィランは、部屋に戻ってからは、ずっと紙に向かってペンを走らせていた。
だが、ある程度書くと、突然ペンを置き、その紙をくしゃくしゃに丸め、そばにあるゴミ箱に捨ててしまった。そして、再びペンを握り、何かを書くのにふけっていた。
そう言った状態が数時間続いていた。その様子を、何も言うことなく見ていたエレオノールだったが、数時間も続くと、さすがにヴィランの様子がおかしいと感じはじめていた。
「何かご懸念でもあるのですか、ヴィラン様」
だが、その言葉に反応はなかった。エレオノールは、ヴィランに近づくと、ヴィランのそばでもう一度同じ質問をした。
「ヴィラン様」
「ん、ああ。なんじゃエレオノール」
ヴィランは、椅子を横向け、エレオノールと正面で向かい合った。
「何か、ご懸念でもあるのですか、ヴィラン様」
「何故じゃ?」
「ヴィラン様のご様子がいつもと違っているように、感じられましたので。皇母様のことが気がかりなのですか?」
「……かも知れぬ。じゃが、今考えていたのは、皇母のことではない」
「どなたのことですか?」
「父だ。何故父が、今ごろになって、わたしと会おうとしたのか。
会ってどうするのか。
何を言うのか。
わたしをどうするつもりなのか。
そんなことをとりとめもなく考えておったのじゃ。
そのせいで、ほらこの通り、詩を書くのにも気が入らぬ」
ヴィランは、書き散らされた紙で埋もれている、ゴミ箱を指さした。
「ヴィラン様は、最近どうも沈みがちのように思われます。特に、アルベラからお戻りになられてから、より一層、そう感じられます」
「そうか……わたしにも分からぬ。何故こんな気分でいるのか」
「ヴィラン様は、もっと生き生きとしておいででした。誰も寄せつけない気迫があり、時には優雅に、時には荒々しく。ある意味で、リザルト=レイヴンの芸術の中心人物でいらしたのです。
しかし、今のヴィラン様は、光の無い天界。闇神ウォルの支配する、闇の国の人物のようです。何が、ヴィラン様をそうさせたのですか」
エレオノールは、心配そうな顔つきで言った。
「エレオノール」
「あ、失礼致しました。どうか、無礼のほどお許しを」
「いや、よい。エレオノール。おぬしはどう思う?」
「何がでございましょうか?」
「何故、父はわたしをサジの所によこしたのだと思う?」
「フィリッツグール公爵の監視から逃れるためではないでしょうか」
「果たしてそれだけであろうかの……」
「……と申されますと?」
「父は、もしかすると、わざとわたしをリザルト=レイヴンから遠ざけたのではないじゃろうか。
わたしをリザルト=レイヴンから遠ざけることで、何か別の思惑があっての事ではないじゃろうか」
「まさか。ヴィラン様をリザルト=レイヴンから遠ざけたのは、お父上様の、親心かと思います。
ヴィラン様の記憶にはないお父上様ですが、決して人道を踏み外すような方ではないでしょう」
「だとよいのじゃがな。私の考えすぎであれば……」
「ヴィラン様……」
「しかし、そんなわたしはいつもと違うか、エレオノール」
「違います」
「どう違うのじゃ?」
「言いたいことを言えずに、うっぷんが溜まって、だんだんイライラしてきているように思えます」
「うむ、ふさぎがちであるとは思っておったが、端から見てもそう思うか。しかし……うん? 誰か来たのか?」
ヴィランは、窓の方を見た。開け放たれている窓から、馬のいななきが聞こえてきた。それは、一頭だけのものではなく、数頭のものであった。
ヴィランとエレオノールは窓に近づくと、下を見やった。
下には馬から降りた男が三人いた。その内の一人は、先に降りた男に支えられながら馬から降りた。支えられて馬を降りた男の頭髪は、完全な白髪であった。
男達の服装は、白髪の男を除いて、軍服姿であった。
「あの者達、どこかで見たことがあるな。どこでだったかな……」
「スィークリト帝国の『無敵の騎士』の両名です。デス大騎将とカリュース中騎将です」
「ああ、イプソス草原大戦の英雄か。じゃが、後一人のあの白髪の男は誰じゃ?」
「私には分かりかねます」
「そうか。しかし軍人でもなさそうじゃな。杖をついておる。あの男、右足が動かないのではないか?」
「そのようです」
「エレオノール」
ヴィランは、微かにいじわるく微笑みながら、エレオノールに言った。
「あの者達は、どうやらこの館の主に用があるようじゃ。何故来たのか調べてくれるか」
エレオノールは、少し安心した表情をした。
「分かりましたヴィラン様」
そう言うとすぐに、部屋から出た。
エレオノールは、部屋の扉を開けたとき、廊下に誰か人がいたように感じた。だが、廊下には誰もいなかった。
不思議に思いながらも、来訪者達の目的を調べるため、小走りに廊下を通り抜けていった。
思索の糸を断ち切るように、避けられぬ現実が、館の門を叩こうとしていた。




