第21話 冷たい火花
サジが部屋に現れたのは、それからしばらくしてからであった。
細い体つきに、きつい目の老伯爵は、昨晩同様、顔には微笑をたたえ、ヴィランの来訪を心から歓迎している様子をつくろっていた。
「おはようございます、ヴィラン公爵様」
「うむ」
「今朝は、公爵様にぜひ献上したい品がございまして、参上させていただきました」
「献上したい品じゃと?」
ヴィランは、わざとらしく疑問の声を上げた。そんなヴィランの態度にも、全く態度を変えず、サジは穏やかな、老羊の様な態度で言葉を続けた。
「左様でございます。わが家に伝わる秘宝の一つで、皇藍玉の首飾りでございます。
ぜひ、公爵様がわが家を訪れた記念の品として、献上したいと思ったわけでございます」
「あの、大サファイヤの首飾りか。何代か前の教皇が所持していたと言う品ではないか。
何故、わたしに献上するのじゃ。皇母にでも献上すればよいではないか」
「今回は、公爵様のご訪問記念にと、そう考えているのです」
「ふむ。そこまで言うのであれば、よいじゃろう」
「ありがとうございます。では、今から宝物庫にご足労願えますか」
「分かった」
サジは、微かに目に陰謀を秘めた輝きを宿した。
だがそれは、取り繕った笑顔にすぐかき消され、そばにいる者は誰も気がつくことはなかった。
ヴィランは、サジに連れられ部屋を出た。
広い廊下には絨毯が敷き詰められ、壁には多数の絵画が飾られていた。
表の石像といい館内の絵画といい、ここはまるで美術館ではないか、ヴィランは内心でそう思っていた。
ヴィラン達の足音は、絨毯によって吸収され、辺りは、異常なまでの静けさであった。たとえ物音がなかったとしても、人が出入りをすれば、その熱気が幻聴に近い物音を感じさせるものである。
だが、この館にはそれすらなかった。
それは、小間使や館の者が数多くいるにも関わらず、彼らからは、活気や生気と言うものが感じられなかったからだ。
彼らの目は虚ろで、言われたことだけをする人形のような雰囲気であった。
その様子は、魔術による呪縛などではなく、ここの主に対する恐怖感や、畏怖感から生まれた、そんなものであった。
左手の廊下は、途中から階下が見えるようになっており、その先には、階段があった。二階からは、下で兵士が二人、地下に降りる階段の警備をしているのが見えた。
サジは、そのまま階段を降りると、兵士達にどくよう伝え地下へと姿を消した。ヴィランは、そばを一緒に歩いていた昨晩の小男に導かれながら、同じ階段を降りていった。
地下への階段は短く、降りたところのすぐ前には大きな扉があるだけであった。その扉の前にも兵士が二人、警備をしていた。
「鍵を開けろ」
サジは、警備の兵士にそう言った。兵士は、一瞬びくっとすると、すぐに腰に付けていた鍵を取り出し、扉の鍵をあけ、ゆっくりと扉を開いた。
中は、まさに宝物庫と呼ぶのにふさわしい様子であった。
金銀の様々な宝剣、腕輪、首飾りが壁にかけられ、正面中央の壁には、昨晩通された客間にかけられていた、教皇クレメンス六世の肖像画と同じものがかけられていた。
だが、まったく同じと言うわけではなかった。
宝物庫のものは、絵の具の代わりに金銀の粉が使用されていた。明るく照らされた肖像画は、その特殊な絵の具によって、きらびやかに輝いていた。
その様子は、まさしく、教皇という最高権力者の権力の絶大さを表していた。
「大したものだな、伯」
「恐れ入ります」
ヴィランは、元皇母つきの芸術家であっただけあって、芸術品に対しては非常に精通していた。そのヴィランが見ても、この宝物庫にある品々は、どれも一級品であった。
「じゃが、どうやってこれだけのものを集めたのじゃ」
「先代からの秘蔵の品にてございます」
「ほぅ。じゃが、ここにある物は、スィークリトの物や、ヒスタリクの物も混じっているようじゃがな」
ヴィランは、サジに少しかまをかけてみた。
サジは、ヴィランのその言葉を聞いた瞬間、その笑っている顔は、静かに、元の狐のような腹黒い、スィークリトとヒスタリクの両国に通じている、影の伯爵のものとなった。
だが、その顔は、半分頭を下げていたため、ヴィランに見ることはできなかった。サジが顔を上げたときには、その表情はなく、微笑をたたえた、先ほどまでの顔であった。
「公爵様もお人が悪いですなぁ。はっはっは」
サジは、わざとらしく笑い、いかにも困ったような動作をしてみせた。
(さすがに、簡単にはぼろは出さぬものじゃな)
ヴィランは、そんなサジの態度を軽く流し、何も気がつかなかったふりをした。
サジは、宝物庫にある箱の一つを開け、その中から直径二センチはあろう、巨大なサファイヤの付けられた首飾りを取り出した。
サファイヤは、光の角度によっては中央に星型の模様が見え、透き通った蒼色は、金と銀をおりまぜた鎖の部分にほど良く合っていた。
「これが、皇藍玉の首飾りでございます」
サジは、ヴィランにその首飾りを手渡した。白い布に乗せられた首飾りを、ヴィランは、直接触れぬように気をつけて受け取ると、じっと眺めた。
「まさしく、至宝じゃな。見事なものじゃ」
「恐れいります」
「これをわたしに献上したいと申すのか?」
「左様でございます」
「よいのか。わたしの様な者で」
「何をおっしゃられますか。公爵様は、六大卿のお一人、ラーデンブルク公爵ではございませぬか。
そのような身分のお方に、私のような者が口を聞くだけでも恐れ多いこと。なにとぞ、それをお納め下さるよう……」
サジは、再び頭を下げた。
「分かった。これは、わたしがここを去る時に持っていく。それまではここに置いておくのがよいじゃろう。わたしは部屋に戻る」
「分かりました。ごゆっくりと、心ゆくまでご滞在下さいませ……」
サジは、頭を下げたままそう言った。ヴィランは、首飾りをそばのテーブルに置くと、そのまま宝物庫を出ていった。
後に残されたサジは、頭を上げると、その首飾りを手にした。首飾りは、室内の光に照らされ、至宝の輝きを醸し出していた。
サジの顔がその宝石に映った。その目は細く開かれ、口元はぎゅっと結ばれていた。
(あの女、一体何を知っておるのだ。何故、この館を訪れたのだ。
気まぐれにしては、ずいぶんと用心深い。わしを探りに来たのか……
どんな理由があるにしろ、わしのことが公になる前に、追い返さねばならぬ。
新教と正教の両国が、裏でつながっているのが公になれば、大変なことに……)
煌びやかな宝物庫の扉は閉じられたが、疑念の扉は開かれたままだった──




