第18話 最初の一手
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第四章 『紫星』
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帝都ラウェルでは、ジェドラ伯爵の葬儀が行われてから、すでに十日余りが経過していた。そして、カリュースが皇帝の勅命を受けてから、数日が経過していた。
カリュースは、勅命を受けた夜、リーディスに事情を話した。リーディスは、この勅命の困難さを明確に表したが、決して不可能であるとは言わなかった。
姫が連れ去られた国が、ヒスタリク、ラヴァウインドのどちらかであると言うことは、以前の調査隊の調べで、すでに判明していた。
だが、いままで見つけることができなかったのは、その二つの国には、無数の諸侯領が存在し、また国王の直轄領もある。そんな領内に、他国の者がそう易々とは踏み入れることができないからであった。
リーディスは、そんな諸侯群を、やみくもに当たることは、時間と労力の無駄であることを指摘した上で、姫のいる可能性のある諸侯領を、十数件にまで絞り上げ、それをルッカとハースランドが二分して、ハースランドはヒスタリク王国へ、ルッカはラヴァウインド共和国へ、それぞれ探索の手を伸ばした。
その結果、ついにヒスタリク王国のアビス侯爵と、ラヴァウインド共和国のサジ伯爵の二人が、姫を拉致・軟禁しているだろう可能性の人物として名が挙がった。
「という調べがついたのだが、どうするカリュース?」
シャンデリアの光が部屋の中を照らす。
部屋の大きな丸テーブルには、四人の男がそばに腰をかけていた。
四人の内三人は、軍服姿で、後の一人は普通の服だった。軍服の男の一人は、立派な上に反った髭をのばした中年の男。
後の二人は、若かった。
普通の服の男は、頭髪は完全な白髪で、薄い黒い服の上には、青い上着を着ており、首からは銀色の細い首飾りを下げていた。その顔は白く、繊細である。
若い軍服の男の一人は、手に書類を持ち、それをたった今読み上げたばかりの様子であった。
「ということは、姫君のいるところは、サジ伯爵か、アビス侯爵の所だという訳か」
「そういうことだな」
「ここまで絞れたら、後は突撃あるのみじゃのぉ。がはははははは」
髭の男が大きな声で笑った。若い軍服の二人は、そんな男の冗談に軽い反応を示しただけで、再び彼らの話の中に入っていった。
「しかし、アビス侯と言えば、ヒスタリクの大諸侯じゃないか。それに、奴の要する軍隊は、ヒスタリク軍の二割にあたる兵力数だ。もしそんな所にいたとしたら、どうやって連れ出すのだ」
書類を持っていない方の男はそう言った。
「それは、なんとかなるでしょう。今は、どちらを先に調査するかということが大事です、カリュース様。私の考えでは、まずはラヴァウインドのサジ伯の所に向かった方がよろしいかと」
「そうだな、リーディス。圧倒的な軍事力を有する場所に忍び込むより、ただの伯爵の屋敷に忍び込む方がはるかに簡単だ。
しかし、そんな大して力を持っていない人物の所に、姫君を軟禁しておくかな」
「可能性としてはあります。サジ伯爵は、裏の話では、ヒスタリクとスィークリトとの連絡点をつとめる人物。
そして、そのことは両国の一部の者達だけが知っていること。私たちは、そのことをグリブロー大将軍から聞きました。
そうなると、姫を軟禁するのには、ヒスタリク国内であるよりも、ラヴァウインドという隠れみのを使用した方が、ヒスタリクにとっても、都合がいいと思います」
「しかし、それには引っかかるところがあるな。ヒスタリク側が連れ去ったとしたら、サジ伯の所に軟禁するのは確かに都合がいい。
しかし、サジ伯はスィークリトともつながっている。姫のことがスィークリトに伝わる恐れがないか、リーディス」
「問題はそこです。しかし、こういう仮説を立てれば、それも納得がいきます。
仮説とは、スィークリトの内部の者が、《《意図的に》》ヒスタリクに姫を拉致させたのだとしたら──だとしたら、両方の国の連絡点であるサジ伯爵は、うってつけの人物と言えるでしょう」
「なるほどな」
男は、髪の毛をかくと、腕を組み、目をつぶった。
「何にしてもじゃ。アビス侯よりは、サジ伯の方が力は弱い。じゃとしたら、先にサジ伯の所を調査した方が、効率が良いのは変わらんわい。違うかの。カリュース」
髭の男は、腕組をしている男に向かってそう言った。
腕組をしているのは、先日勅命を受けたカリュース。そして、髭の男は、その補助官として任命されたデス。書類を手にしているのは、ラヴァウインドに調査に行ったルッカ。白髪の男は、カリュースの軍師であるリーディス。彼らは、下調べの最後の話し合いをしているところだった。
丸テーブルの上には、レーム酒の入った大瓶に、グラスが数個。窓にはカーテンがかけられており、部屋の中は明るくはなかった。
「そうだな。まずは、サジ伯の所に向かうとして、誰が行くかが問題になるな。ところで、ハースランドはどうした? 何日か前から、ずっと姿を見かけないが?」
「ハースランド中騎兵には、ちょっとしたことをしてもらうために、今はヒスタリクに向かってもらっています」
リーディスは、カリュースの言葉にそう答えた。
「となると、動けるのはここの四人だけか」
「わしは、行くぞ。いい加減動かんと、肩がこるわい。がはははは」
「じゃあ、俺も行くか」
「いえ、ルッカ小騎将には、してもらいたいことがございますので、今回は、カリュース様と、デス大騎将、それに私が行きます」
「なんだって! リーディス、お前も行くのか!」
「そうですが、それが何か?」
「お前は、そんな体で満足に動けると思っているのか」
「今回は、戦いは起こりません。どちらかと言えば、相手の心の内を読み合うことが、重要となるでしょう。そうなれば、私が行けば多少のお役にたつと思いますが」
「それはそうだが、しかし……」
「まぁよいではないか、カリュース。今回リーディスを参謀にしたのは、こんな時の為ではないかの」
「うむ……仕方がない。では、俺とデスさん、そしてリーディスがサジ伯の所に向かう。で、ルッカには、何を頼むのだリーディス?」
「小騎将には、これを」
リーディスはそう言うと、手元に置いていた紙を、ルッカに手渡した。
ルッカは紙を受け取ると、さっとそれに目を通した。読み終わった後、ルッカの表情に、少し変化が起きた。
「なぁ、リーディス。本当に俺がこれをするのか?」
ルッカは、手渡された紙を指さしながら、リーディスに言った。その表情は、あまり気乗りしたものではなかった。
「そうです」
「これだったら、デス大騎将の方が、よくないか? おれは、ちょっとなぁ」
「今は、デス大騎将には、サジ伯の所に行ってもらわねばなりません。でも、なぜそんなことを言われるのですか? 別に大したことではないと思ったのですが……?」
「いや、この人物に会うのが……な」
「ぐすぐす言っとらんで、素直にやらんかい、ルッカ!」
「そうだぞ。今更、嫌だから下りる、なんてことを言われても困る。頼むから、やってくれないか」
「うーむ、仕方がないか。ではおれは、今からゲナブの森に行くか」
「それじゃあわしらは、サジ伯の所に向かうかの。がははははは」
デスは、ルッカの肩を叩くと、背伸びをして、扉から出て行った。カリュースとリーディスは、テーブルに広がっている書類を片づけると、すぐにデスと共に、ラヴァウインドを目指した。
帝都を離れる彼らの背中を、運命の風が静かに押し始めていた。




