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EWIG(エーヴィッヒ)――帝国騎士と病床の白髪の友が織りなす、戦乱を生き抜く長編戦記【全99話完結】  作者: 黒わんこ
第二巻 第四章 『紫星』

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第19話 微笑と陰謀

 カリュース達が下準備の打ち合わせを終わらせ、帝都ラウェルを出発した同日、サジ伯爵の所にある人物が訪れていた。


 空は厚い雨雲に覆《おお》われ、その空からは、小雨が降り注いでいた。辺りは暗く、すでに日は落ちているようであった。雨の中を走り通してきた数体の馬が、伯爵邸の前に止まると、乗っていた人物達は馬から下りた。


 馬から下りた人物は三人いた。全員ローブを深々とかぶっており、ぱっと見ただけでは、どんな人物であるかは、分からなかった。

 だが、そのうち二人は、足元から剣の先が見えているため、騎士であろうことは、想像に難《かた》くなかった。


 三人の中で最も背の高い者が馬を連れ、伯爵邸の裏に向かった。残された二人は、伯爵邸の扉の前に立つと、扉を大きく叩いた。


 ドンドンと扉を叩く大きな音が辺りに響く。雨の音がより一層増したかと思えば、遠くから雷鳴が聞こえる。

 雷光が一瞬あたりを照らし、夜は真昼のように白く浮かび上がった。だが、一瞬の雷光の光は、辺りを照らすには不十分であった。再び辺りを闇が支配する。


 天を揺るがすかのような、雷鳴の轟音が辺りに鳴り響く。


 「うむ……だいぶ近いな」

 「そうですね」


 ローブの二人のうちの一人が、再び扉を叩いた。カチャリと扉の鍵を開ける音がすると、扉は館の内側に向かって開かれた。

 館の中は明るく照らされ、外の闇から見れば、あたかも天界ヘロンの光宮さながらであった。

 扉のそばには、小男が立っていた。訝しげにローブの二人を見上げると、低い声で言った。


 「どちら様ですかな……」


 ローブの二人は、かぶっていたローブの頭部を取り、素顔を見せた。二人とも女であった。

 一人は、長い漆黒の髪をローブの内側から背中にかけて垂らし、額には細いサークレットをつけていた。相手を見据えるようなきつい目つきは、いかにも普通の女性ではないことを物語っていた。


 一方、もう一人の女性は、そんな黒髪の女性とは違い、体には装飾品は一つも身につけていなかった。髪の毛を後ろでしっかりとくくり、ローブの足元からは、ブロードソードの先が見えている。

 黒髪の女は、女性にしては背が高く、隣の剣を帯びた女性よりは、十数センチは高い。


 小男は、二人の顔を、動くこともなくじっと見上げていた。


 「わたしは、ヴィランだ。ラーデンブルク公ヴィラン=ウィーグ=ナファイだ。邪魔をさせてもらうがよいか」


 黒髪の女は、ヴィランと名乗り、慣れた様子で小男に向かって言った。


 「ヴィラン公が、何故《なにゆえ》、今時分にここを訪れたのですかな」


 小男は相変わらず、抑揚《よくよう》のない低い声で言った。その表情はより一層訝《いぶか》しげな色を帯びていた。ヴィランは、そんな小男の態度にむっとしていた。

 そんなヴィランの心情を悟《さと》ってか、そばの女騎士は小男に向かって言った。


 「公爵様には深い理由がございます。サジ伯爵に取り次いでもらえませんか?」


 女騎士──エレオノールが、小男に丁寧にそう言うと、小男は、ゆっくりと頭を下げ、ヴィラン達を客間へと案内をしようとした。

 ヴィランは、小男の動作を見るとすぐにずぶ濡れになっているローブを脱ぎ、それをエレオノールに手渡し、小男の後についていった。


 ヴィランが通された客間は広く、天井には豪華なシャンデリアが垂れ、壁には、前教皇クレメンス六世の巨大な肖像画がかけられていた。

 ヴィランは、ソファーに腰をかけると、正面にある肖像画に目をやった。


 「教皇クレメンス六世か。大教皇と称されていたが、こうしてみればただの人じゃな」


 ヴィランは、誰に言うとでもなくそう呟《つぶや》いた。小男はすでに、主を呼びに行ったため、部屋には居らず、そこには、ヴィラン一人だった。

 じっと肖像画を見つめるヴィランの目には、不思議な色が宿っていた。

 窓は閉められ、赤いカーテンがかけられている。その窓は、ガタガタと揺れ、外は相当な風雨であることが推測できた。


 ヴィランは立ち上がると、窓のそばに行きカーテンを軽く開けた。

 雨が窓にたたきつけられるように降り、外にはただ、深い闇がひろがっているだけであった。

 時折、雷光が辺りを照らし、庭に置かれている像が、雨の中でひっそりと立っているのが見られた。雷光に一瞬照らされる石像群は、その影だけを見る者の目に映した。


 ヴィランが、しばらくそんな外の状況を見ていると、客間の扉が開いた。

 扉から入ってきたのは、さきほどの小男に加えて、この館の主である、サジ=ベルダント伯爵、その後ろからは、ローブを手にしたエレオノールと、厩《うまや》から戻ったリューベックであった。


 ヴィランは、窓のカーテンを閉め、ソファーに戻った。リューベック兄妹は、小男と一緒に扉のそばに立った。


 「これはこれは、ヴィラン公。こんな夜分に、我が館に何かご用ですかな」


 サジは、柔らかな微笑を浮かべながら、そう口を開いた。


 サジは老人と言える年の男である。中肉中背の男で、顔には深いしわが刻まれている。その目つきは、狼が獲物を狙うように鋭く、そして危険なものであった。

 今でも、顔には微笑こそ浮かべているが、決して目は笑ってはおらず、じっと相手の様子を見つめ、隙があらば食いかかるような──そんな様子であった。

 細く薄い唇は、言葉を選んでいるのであろうか、しきりに動いていた。


 「おぬしの所を訪れるのに、理由が必要なのか、伯」


 ヴィランは、サジの言葉にそう答えた。


 「いえいえ、ラーデンブルク公爵様が、わざわざ私のような、一介《いっかい》の小貴族の元を訪れていただいたのです。理由など、必要ございましょうか」


 サジは、深く頭を下げると、ヴィランの手をとり、軽く接吻《せっぷん》をした。


 「しかし突然のご来訪、何の用意もしておりませぬ故、その辺りのことは、お許しのほどを……」

 「かまわぬ。わたしが勝手に来ただけじゃ。かまわぬでもよい」

 「それは、もったいないお言葉でございます」


 サジは、小男に目で合図した。その合図を見た小男は、客間から音も立てず出て行った。


 「ひとまず、お部屋の方は至急用意させております故、しばらくここでお待ち願いますでしょうか」

 「うむ。手間をとらすな」

 「いえいえ、ごゆっくりと、心ゆくまで滞在していただければ、光栄のいたりでございます」

 「そうか」


 ヴィランは、顔に何の表情を出すこともなく、ただ、サジの言葉に軽く返事を返しているだけであった。

 先ほど出て行った小男が、今度は、手に極上のレーム酒とグラスを持って入ってきた。そして、それをテーブルの前に置くと、静かにグラスにレーム酒を注ぎ、再び後ろにさがった。


 「わたくしは、お部屋の準備をさせていただきます故、これにて失礼いたしますが、何かご用がございましたら、お呼び下されば、すぐにでもこちらに参ります。

 では、ごゆっくりとおくつろぎ下さいませ」


 サジは、深々と頭を下げ、小男を従えて廊下に出た。

 廊下に出たサジの表情には、すでに先ほどの微笑はなかった。


 「カリ。ヴィラン公にわしのことが気づかれぬよう、しっかりと手をまわすのだ。よいな」

 「はっ」


 小男は、低い声で返事した。こもるような声である。


 「あの公爵、何を思ってわしの所を訪れたかは分からぬが、あまり長居をされると、わしらのことに気づかれかねぬ。

 家宝の一つでもくれてやって、さっさと追い返さねばな……」


 サジは、そう独り言を言うと、音もなく広い廊下を歩いて行った。

 老獪な伯爵の背中は、闇に溶け込むように廊下の奥へと消えていった。


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